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ユメユメ~二年目~  作者: サトル
14.女の手は福よかに滑かなる
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14-3

 

「――ねー、きいちゃんまだ~? みなとちゃん、もう行っちゃったんだけど~!」


 その頃――海の家の中に備えられた更衣室の一画では夢姫が落ちつかない様子で飛び跳ねていた。


「も、もう少し待って……!」


 ――外で待つ夢姫は既に水着に着替えているのだろう。桔子はその姿を直接見てはいないが、同じ店で一緒に買っていたのでその柄は想像が出来ていた。


「あ、あの日と同じ……私は……私には、あの日からずっと、この扉を開ける勇気が持てないでいる……!」


 全身が映る姿見の鏡を前に、桔子は震えが止まらない体を抱きしめ――運命が捻じ曲げられた“あの日”を思い出していた。


 ――小旅行のような浮ついた気持ちに背中を押された桔子は、それまでの彼女が選択肢にも加えないような露出の激しい、ビキニタイプの水着を購入していた。


 だが実際に着用してみると、身を守るものが何もないような……まるで自分が自分でなくなるような。

 “梗耶”の姿となったあの日と似た言い知れぬ不安が、露出した肌にまとわりついてしまい、更衣室から出られずにいたのだった。


「もー! 置いてっちゃうからね!」

「ゆ、夢姫、待って……一人にしないで……!」


 扉の向こうから聞こえていた親友の声が遠ざかっていく。

 あの日、炎に飲まれ灰になった姉……“梗耶”と親友の声が重なったような錯覚に囚われた桔子は慌てて扉を開け放つ。


 ――だが、時すでに遅し。桔子が浜辺を見渡すと、近くに夢姫の姿は無い。

 遠く離れた場所にあるトイレで恋人を待つ湊と、そこに駆け寄っていく夢姫の後ろ姿が小さく見えた。


「うう……夢姫、犬飼さん……助けて……」


 お腹周りが気になる様子で腕を組んで隠しているが、桔子は決して太ってはいない。

 むしろ、謎の自信に満ち溢れる夢姫や湊より女性らしい丸みのある――いわゆる男ウケの良い体と言えよう。


「って言うか、犬飼さんどこに行ったの……犬飼さん……詠巳さん…………」


 ――そう言えば更衣室についた辺りから詠巳の姿が見えない、と桔子はふと思い出す。

 詠巳と言えば普段から一切肌を見せない、黒いローブを纏った姿だ。

 “もしかすると彼女もまた自分と同じような状況で、水着に慣れずに物陰に潜んでいるのかもしれない”――

 そんな淡い期待を胸に抱き少しだけ背筋が伸びた桔子が辺りを見渡していると、ふと男の骨ばった手が無防備な背中に触れた。


「へへへ、君、可愛いねえ」

「友達と待ち合わせ? 何人? 俺ら男だけで来たからさ〜寂しくって! 友達も一緒で良いから俺らと遊ばない?」

「花火いっぱい買ってるから一緒にやろー!」


 驚いた桔子が飛び跳ねると、その行く手を一人の男が阻む。

 ちょうど前後を見知らぬ男二人に挟まれた格好だ。

 ――そう。夢姫の言う所の“イベント”であり、燈也が焦がれた展開……“ナンパ”である。


「へ……ええ、あ、いや大丈夫(否定の意味で)です、間に合ってます!」


 このベタな展開、非日常的なイベントが大好きな夢姫であれば喜んでいたであろう。

 話を盛り上げた上で厄介な言い争いに発展させ、そして嬉々として助けを求めるかもしれない。


 だが、常識人の桔子にとっては喜ぶどころか恐怖すら覚える迷惑な“イベント”である。

 まさか自分が巻き込まれるとは思わず、驚きのあまり考える事を止めかけた頭を無理やり回転させて声を捻り出した。


「あ、大丈夫(肯定の意味で)? じゃあ行こう! お友達に連絡しないとだよね~」


 ――だが、とっさに発した言葉があいまいなものであったせいで意図はまるで男達に伝わらなかったようだ。肯定的に解釈した男たちは桔子の言葉を待たずに話を進め、半ば強引に背中を押し始めていた。


「や、そうじゃなくて……」

「――あの、その人……その人から離れてもらって良いですか」


 困り果てた桔子の背中に触れていた手の感触が不意に消えたかと思えば、消えそうなほど小さな低い声が男たちの行く手を阻んだ。


「ん? なんだよお前。……俺たち、別に何も悪い事してないじゃん? この子が一人で退屈そうだったから話してただけだぜ」

「そうそう。それとも何? もしかして“正義のヒーローごっこ”でもやってんの?」


 男たちからの怪訝な視線を受け止めたまま、和輝は呆気に取られた桔子の手を引き背中に隠す。

 ――燈也や湊は構うだけ無駄であろうと判断し、放っておいていた和輝はまだ姿を見かけていなかった佐助達を探して歩いていたのだった。


「そうじゃなくて……その、お、“俺のツレ”なので勝手に連れて行かれると困るんです」

「……ちっ……そんな睨むなよ……」


 とっさに口をついて出た“嘘”――先程交わした燈也とのやりとりに感化されてしまっていた自分自身に気付いた和輝は、背中に刺さる視線について考える事を止めて男達を睨んでいた。


 “可愛いのにもったいねえ”

 “俺らの方が絶対良いよな”

 男達は捨て台詞を吐き捨てつつも追及することはせず、その場を足早に立ち去っていく。

 ――“ま”の影響がある訳でもないただの軟派な男たちにとって、面倒なトラブルを引き起こしてまで一人の女に固執する理由も無いということだろう。


「……勿体ない、ね。分かってるよ、そんな事」


 舌の根も乾かない内に、男たちは別の女性たちに話しかけ始めたようだ。

 遠くで和気(ワキ)藹々(アイアイ)と話を弾ませている男たちを眺めたまま、和輝は小さくため息をおとしたのだった。



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