14-1
“助けて、――くん……お腹の中に知らない子がいるんだ……! ほら、また動いた、気持ち悪い!”
うごいてしまいました、ごめんなさい。ごめいわくおかけします。
“こんな私、汚れきった私には夢も何もないんだ”
さしだせるものはすべてさしだしますから。
それこそ、ボクの命も、かんせいしかけているからだでもなんでもこわしてもらってかまいませんから、どうか――
“さようなら”
――死なないでください……
おかあさん
――明朝。霊媒猫・マリンの体を借りていたソラは猫用に据えられた小さな扉を通り抜け八雲の部屋に戻る。眠り続けるだけの体――“宙”の為に敷布団を並べた床の隅にはパソコン用ゲームが塔のように積み上げられていた。
「マリン。今日までありがとう」
マリンの体を離れ、宙の体に戻ったソラは猫の小さな額を指先で撫でると八雲を起こさないように声を潜める。
「八雲様……今まで楽しかったです。どうか御達者で」
静かに頭を下げると、そのままゆっくりと扉に向かっていくソラの足元には何かを察した様子のマリンがいつまでも体をすりよせながら寄り添っていた。
―――
いよいよ“その日”はやってきた。
そう――夢姫の言葉を引用するとすれば、“夢を語り合ったり、ナンパされちゃったりする海イベント”の日だ。
「海よー! ほらほら! 海!」
長く揺られた電車の扉が開くと、蒸し暑さをまとった穏やかな潮風が駅のホームに舞い込む。
一番乗りで飛び出した夢姫が両手を広げて全身で風を浴びていると、後ろから和輝達も呆れたようにホームへと降り立った。
「言われずとも分かっておるわ愚か者」
「何よー! いちいちうるっさいわね、馬鹿佐助」
海水浴場があるこの町は、和輝達が住む地域からは電車で一時間程だ。
直線距離ではさほど離れていないのだが……交通手段が乏しいがゆえに電車を乗り継いでここまで来る必要があったのだ。
「とーや! ちょっと、私の荷物大事に扱ってよ!? 日焼け止めとか炭酸ジュースとか入ってるんだからね!」
「お、おう……任せとけい!」
「いや、そもそも持たせるなよ」
待ちきれない、と言わんばかりに走りだした夢姫を追いかけるように湊も、そして燈也も駆けていく。
だが、燈也の背中には二人分の荷物――恋人である湊の荷物をごく当たり前のように背負ったまま生まれたての動物のように覚束ない足を懸命に前へと動かし改札へ向かっていく幼馴染の背中を眺め、和輝はため息を落としていた。
「――ところで、桔子ちゃん、和輝君。……その、本人を前に言いづらいんだけど」
和輝に引き続き、桔子、そして刹那がホームに降り立つ。刹那が何やら言いにくそうに声を潜めて二人に歩み寄ったその時――
電車の中から豪快な笑い声が聞こえ、それと同時に和輝の目の前にいたはずの美少年は一瞬で視界の外へ追い出されていった。
「おう! 誘ってくれてありがとよ! 和輝! おっしゃあツナ坊! 今日は童心に返って遊ぼうな!」
「……寛二朗さん、その……童心に返る前に逢坂さんが土に返ってしまうわ……」
「うお!?」
静かに姿を露わしたのは犬飼 詠巳――夢姫と桔子の友人だ。
初夏の海に不釣り合いな黒のロングワンピース、大きな麦わら帽子をかぶった少女と並び立っていたのはその恋人――豪快すぎる大柄な男、猿喰 寛二朗であった。
「お、逢坂さん大丈夫ですか……?」
「……桔子ちゃんがいるということは、良かった、僕はまだこの世にいるんだね」
豪快に背中を叩かれた拍子に、刹那は向かい側のホーム下まで転落していた。
幸い電車が迫っていなかった為、事なきを得た刹那が身のこなしも軽くホームに上がると、呆れたように寛二朗を睨んでいた。
「いやー悪い悪い! まさかツナ坊がそんなに軽く吹っ飛ぶとは思わなくってさ!」
「一歩間違っていたら流石の僕でも粉々だからね!? ……ったく、どうしてこの人まで誘ったかな……」
「ご、ごめんなさい。……その、夢姫が犬飼さんを誘ったから――」
――どうせなら気心の知れたみんなで遊びたい、と桔子や湊の思惑など知る由も無い夢姫は数人に声を掛けていた。夏休みに入っていた事もあり、級友の幾人かとは連絡が取れない事もあったが――そんな中、詠巳は“行きたい”と名乗り出ていたのだ。
「みんなで海、楽しそうじゃない? ……まあ、寛二朗さんもああ見えて、灯之崎君や逢坂さんのこと気に入ってるみたいなのよ。構ってあげて」
詠巳は桔子の背後に隠れるようにしてその背中を押す。
――“楽しそう”という言葉には別の意味を含んでいる気がしていた桔子は、後ろを振り向けないまま苦笑いを浮かべたのだった。
「……どうせ誘うなら、もっと他に良い人がいたんじゃないかい? ほら、優菜ちゃんとか」
「ああ。私も折角だから、と思って美咲さんと優菜さんにも連絡はしたんですけど、日程が合わなかったみたいですよ。優菜さんは特に来たがってたみたいなんですけど……」
「うん?」
「……優菜は、あの一件の……“鬼”になっていた期間、ろくに勉強もしていなかったので……ちょっとテストの結果が」
「あー」
「――ちょっと! みんな何やってるの~!」
プラットホームで話しこむ格好となっていた和輝達に改札の向こう側で待っていた夢姫が呼ぶ。
弾む心が押さえきれないでいる、まるで子供のような夢姫達の姿に苦笑を浮かべると、寛二朗先頭に改札に向かい歩き始めた。
「……ソラ? どうかした?」
ふと、和輝は自身の傍らにずっと立っていたソラの頭を撫でる。
まるで“心ここにあらず”とでも表現できそうな程動じず、その視線は遠く青空を見上げているようだ。
「ソラ?」
「……え、ああ、申し訳ありません。なんですか?」
幾度も呼びかけた末にようやくソラは笑顔を返した。
――だが、その笑顔もいつもの優しいものとは少し異なるどこか作りもののような笑顔で、和輝は形容しがたい不安を胸に閉じ込めたのだった。




