13-7
「貴様……先程は“バイトがあるから”とか何とか言っておったであろう? どういう風の吹きまわしだ」
「……さっきソラくんが“みんなで行きたい”って言っただろう? 小さな子供一人のささやかな願いを壊してまでバイトに行く必要も無いと思っただけさ」
「小僧を口実に使うか。……そんな小手先の嘘では僕は騙せぬぞ」
差し出された手を取ろうとしていたソラを庇うように背中に隠すと、佐助は刹那の胸倉を掴み無理に立ち上がらせる。
“第四回戦はこっちか”と、ただ一人離れた場所で傍観していた桔子は、目が合った湊を安全な隅の方に誘導すると事の成り行きを見守ろうとしていた。
「けんかは……!」
「小僧下がれ。……大体、僕は前々から気に入らなかったんだ」
「“摩耶様”が勾玉の一件で構ってくれないからって、僕にやつあたりしないで欲しいね。愛は美しいものだけど、そのなれの果てにある憎しみは腐った果実より醜いよ?」
「違う! 誤魔化そうとするな……! 貴様は手のうちも見せないままでさも当たり前の如く“仲間面”している。それが僕は気に入らないと言っているんだ!」
桔子の元へ逃げ遅れていた燈也は、仲裁すべき険悪な空気を察しつつも迷いの果てに和輝の背中に隠れる。そんな燈也を気に掛けるでもなく和輝はただ、止める事も忘れて二人の言葉に耳を傾けていた。
「か、和輝ぃ……あの黒チビこえーぞ? と、止めた方が良いんじゃねえの?」
「あー……ああ、そう、だな」
――本心では、佐助と同じような感情を刹那に対して抱いていたのではないか。
心の中でわだかまっていた何かが解けるような、そして答えが本人の口から聞けるのではないか……。そんな期待にも似た感情が和輝を支配し、言葉と裏腹に身体は動かすことが出来なかったのだった。
「……信じられないなら、君もついてきて監視したらいいんじゃないかい? 佐助君」
「は……?」
だが、“答え”の代わりに刹那の口から紡ぎだされた言葉は少し意外な言葉であった。
佐助が茫然と目を見開き、言葉を失った傍ら……ここぞとばかりに夢姫と湊はそれぞれいた場所から駆け寄るとソラの背中を押しながら二人の間に割り入った。
「ほらー! ケンカしない! ソラくんが怖がっちゃうでしょ!?」
「あ、いやボクは……」
「いーからいーから! ソラぽん、珍しくわがまま言ったじゃん? そーいうのは大事にしないとね!」
「ゆ、夢姫さん……」
夢姫に背中を押されたソラが顔をあげると、視線を落としていた佐助と目が合う。
怯えたように少しだけ身体を震わせていたソラが八雲では無い“誰か”に似ている気がして、佐助は視線に耐えかねたように目を背けたのだった。
「…………あのロン毛野郎が不審な動きをしたら即座に海の底に沈める。その時は小僧、止めるな」
「は……はい……!」
――翌朝の待ち合わせ時間、つまり來葉堂への集合時間を決めた後、夢姫達は帰路に立つ。
和輝の部屋にとまる算段であった燈也を交え、すっかり静かになった來葉堂の店内ではクララが見守る中……結局姿を見せる事が無かった八雲が籠っている居室の扉を和輝が強引に押しあけた。
「――うわ!? え、なに? 今、無職から美少年に転生して闇落ちエルフを助け出して駆け落ちしてるとこなんだけど!?」
「いや駆け落ちしてないで現実帰ってきて下さい」
足の踏み場もないほどに床に散乱したゲームのパッケージを容赦なく踏み締めて割りながら、和輝は八雲の腕を引き部屋の外へ引きずり出す。
途中、八雲が装着していたバーチャルリアリティゲーム用のゴーグルが抜け落ち、嫌な音と共に転げ落ちたが――以前よりずっと強くなった和輝は後ろも振り向かなかった。
「――え、海? 何でまた急に」
ソラの代わりに和輝とクララがこの日の一部始終を伝え終えると、八雲は赤い瞳を細め怪訝そうに首を傾げる。宙を育て始めた頃から“ソラ”と一緒にいる八雲でさえも戸惑うほどにそのわがままは特異なものであったのだ。
困惑しきりと言った様子で傍らに腰かける小さな姿に目をやると、見つめ返したソラは少し寂しげに微笑んでいた。
「……八雲様が、日の光に弱いのは知ってます。でも、どうしてもごいっしょしたかったのです」
「うーん……そうだね、確かに。あんな日影が無いような場所に昼間っから行くのは厳しいね。悪いけど」
八雲の肌は直射日光に当たる事すらできないほどに弱い。
――それは、かつて若い日の八雲が犯した罪の代償のようなものだ。
例え日照量の少ない真冬であっても、太陽の元に素肌をさらせばたちまち火傷を負い、また代謝も上手くいかない故に爛れてしまう――
それは付き合いの長いソラも理解していたはずであった。
その上で“わがまま”を言ってみたのだろう……。
真意こそ見えないものの、その行為が何か重い理由を秘めている気がした八雲は言葉尻を言い淀ませるとソラを見つめていた。
「――では、八雲様。せめてものおねがいです。今日は八雲様のお部屋でねむらせてはいただけませんか?」
掛ける言葉を探していたクララ達をよそに、ソラは頭を下げる。一見すれば、それは年相応な願望と言っても差し支えないような“子供が親に甘える”と言うごく当たり前な行動である。
……だが、ソラは――彼の体こそ本当に八雲の子であるが、心は赤の他人。
二階の和輝と隣同士に並んだ一人部屋で過ごしているのが彼にとっての常であったが故にその願望はとても突飛な言葉であり、八雲は目を丸くしていた。
「……ソラ、最近何かあった? なんかさ」
「いえ。別に大したことじゃありません。……ただ、ちょっとボクのおへやの冷ぼうも、ききがわるくなってしまっているようなので……」
「んんん!? あらやだー! ちょっともう! ソラくんったらもっと早く言いなさい! また業者さんに予約入れないとじゃないっ! んもー!」
「ご、ごめんなさい……」




