13-4
「……夢姫さんも揃った事だし、そろそろ計画を発表しちゃいます」
「なになに? なんかイベントなの!?」
「ええ。……今年の夏休み、みんなで海に行きませんか?」
「海……?」
――夢姫が注文したオレンジジュースが薄暗いテーブルに明るい色を添える。
店員が立ち去っていく後姿を見送ると、爛々と瞳を輝かせた湊はそう告げる。
珍しく夢姫と桔子の声が揃った瞬間、目の前に座る美少女は屈託のない笑顔を返した。
「はい! ……とーやと地元ではデートするんですけど、二人も知っての通り私達の地元って何もないんですよ! 商業施設かカラオケくらいしかないから、デートの度に毎回同級生とはちあわせ!」
「それは気まずい」
湊の地元――つまり、和輝の実家である建設会社がある街には年末の騒動の際に夢姫達も訪れた事があった。
そこは人間の数よりも鳩の方が多いのではないかと言うほどに閑散とした地方都市。街の風景を思い出していた夢姫達は、未だ恋の情熱冷めやらぬ頃であろう恋人達に同情心さえ抱いていた。
「……で、折角の夏休みだし、思い出に残るような場所に行きたいなってとーやとも話してて。こっちには私達の親も良く知ってる和輝がいるから、巻き込めばお泊りの許可も下りるかなーって」
「でも、あの一件で結ばれたお二人と巻き込まれた和輝さん、その三人だけでお出かけは……」
湊の立てた“計画”――つまり、大人を介さずに地元を離れたこの場所でお泊まりをしようというその全容を聞き終えた桔子はふいに浮かんだ和輝の苦々しい表情を思い出す。
――この湊と言う少女は和輝がかつて想いを寄せていた幼馴染だ。
時間が解決する、なんて便利な言葉は確かに存在するだろうが、だからと言っても好意を寄せていた少女が恋人と仲睦まじくしている光景など好んで見たいものではないだろう。
ましてや、“外泊の口実”に利用されるのだ。いくら不平不満を訴えない和輝であっても流石に酷であると桔子は慮っていたのだ。
「あはは、分かってますよ~。私だって、何も和輝に“いやがらせしたい”なんて思ってません。……だから、桔子さん達も含めて、みんなで行きませんかってことなんです!」
「私達、も……」
桔子と目が合った湊は愛らしくウインクしてみせる。
――そう、きっとこれこそが“計画”の真意を指し示しているのだろうと桔子は瞬時に察した。
先程、幼馴染のこの少女は“押したモン勝ち”などと言っていた。つまり“押すための場”を準備した、と言う事なのだろう――
「わっほーい、良いじゃん海! アレでしょ? 肝試ししたり、海を一望できる小高い丘で将来の事語り合ったり、水着でナンパされちゃって“俺のツレに手を出すな”って!」
計画などという陰謀めいた裏側を全く知る由も無いはずの夢姫だが、“みんなで遊びに行く”と言う非日常感に胸が騒いだらしく、静かな店内で声を弾ませた。
“二次元でしか聞いたこと無いイベントが途中から混ざり込んでいる”――
桔子はあえてそのツッコミを内に抑え込むのだった。
―――
「水瀬、ちょっと何言ってるか分からない」
「いや分かってよ」
漫才コンビのようにテンポの良いやり取りを交わすと、夢姫はもう一度同じ言葉を繰り返す。
そう――この時すでに彼女の心は“海”に向かって一直線だったのだ。
「あら~海、良いわねえ! 夏だものね、青春なのだ!」
和輝と反対の反応を見せたのはクララ。
“可愛い水着とか着てみたい”などと言った悪夢めいた発言が頭上から降ってきていたが、和輝は聞かなかった事にすると夢姫と向き合った。
「急にそんな事言われても、嫌だよ。この暑い中、暑いところに何しに行くんだよ」
「肝試しとナンパされに?」
「俺に何のメリットもないじゃん」
「……あたしを守る仕事が出来ます?」
「なにそのブラックな仕事」
呆れたように和輝がため息を落としていると、ちょうど夢姫を追いかけてきた湊と桔子が來葉堂の扉を押し開ける。
愛しい恋人の姿を見つけた燈也が和輝を押しのけ駆け寄っていく……が、それをかわした湊は舞い踊るように軽やかなステップで店内へ進み、夢姫の細い腕に自身の両腕を絡めた。
「……湊?」
「折角の夏休みなんだよ? 私はまだあと一年のんびり出来るけど、二年生の和輝やとーやは来年の今頃はもう進学とかで忙しくなるじゃん」
「あ、ああまあ……」
夢姫にも言えることだが……湊もまた人との距離感を考えない、悪く言えば馴れ馴れしい性質の少女である。
人懐こく夢姫に寄り添ったかと思えば、そのまま片方の手を伸ばし和輝の腕を掴み詰め寄る。
「だったら! "何のために行くのか"とか小難しいこと言ってないで、何をするのかとかそういうのを考えよーよ!」
「え、ええ……」
――夢姫との違いがあるとすれば、それは和輝の態度であろうか。
例の一件が決着し、ようやく正常な関係を築けるようになったとしても根幹は変わらないのだろう。
「わ、分かったよ……海ね、準備します」
「うん! あ、言っとくけどジャージもスウェットも禁止よ。こんな可愛い女の子たちと並んで歩くんだから、オシャレしないとダメなんだから!」
言い返すこともせず、降参したように両手を挙げた和輝を開放すると、湊は勝ち誇った様子で満面の笑顔を返したのだった。




