13-3
「で、燈也。こんな遠いところまではるばる何しに来たの? まさかまた湊と喧嘩した、とか言わないよな?」
「はっはっはー! んなワケないじゃん! 湊とはガチでラブラブだし! 今日も」
「いやもういい。それ以上聞くと流石に俺のメンタル削られそう」
「そう?」
彼が巻き起こした一件でようやく長年のすれ違いに終止符を打ち、恋人同士へと昇格したもう一人の旧友――湊とはその後も上手く関係を築いているのだろう。
締める事を忘れたかのように緩み続ける燈也の口元を眺めると和輝は話を無理やり終わらせた。
その一方で、この騒々しさの中では流石に寝ていられなかったらしい……。
しばらく眠っていた刹那は体を起こし、眠たい目をこすりながら周囲を見渡していた。
「……ここなら、眠れると思ったのに」
「いや、寝床にしないでください、そもそも」
――テーブルに頬杖をついたまま、まどろみに身を任せている刹那と、それを睨む佐助、その不穏な空気に怯える燈也――三者三様の空気を追い払っていくかのようにクララがそれぞれにお茶とわらび餅を差し出し、どことなく嬉しそうに目じりを下げると、投げキッスを添えた。
(全員避けた)
「それにしても、燈也くん、久しぶりだぞ! 燈也くんとこの学校ももう夏休みなのだ?」
「ウィッス! そうなんスよ~今年は湊と二人で勉強も頑張れたから、珍しく追試も無くって!」
“珍しく”という事は、この男にとって追試や居残り授業があると言う状況の方が日常なのだろうか――
ようやく目が覚めてきた刹那は冷たいお茶で喉を潤すと同時に浮かんだ素朴な疑問をも飲み干す。言葉にしないだけで佐助も同じような事を考えていたのだろう。
小馬鹿にしたように鼻で笑った佐助を盗み見ると、刹那は苦笑いを浮かべたのだった。
「……あれ!? 刹那さんも居るじゃないッスか~! お久しぶりッス! ……あ、えっと、何の話だったっけ……ああそうだ。折角の休みだし、湊とどこか出かけようってなってとりあえずここに来た感じッス!」
睨むような視線を手向けたままの佐助に怯えていた燈也だが、その対極に座る見覚えのある顔――以前の騒動の際に言葉を交わしていた刹那の姿を見つけると子犬のように跳ね上がり両手をあげる。気もそぞろになったのか、雑にまとめられた経緯を懸命に拾い集めていた和輝はふいに店内を見渡すと燈也の肩を叩いた。
「……湊も一緒に来てるの? 姿が見えないけど」
「ん? ああ、そうだよ! 湊は多分今ごろお前さんの彼女と一緒にいるんでねえの?」
「…………彼女?」
然も当たり前かのように答えた燈也の顔を茫然と見つめ、和輝は首を傾げる。それは勿論“彼女”に該当する人物がいないからだ。
不思議そうな視線を受け取った燈也はびっくりしたように細い目を大きく見開くと、信じられないと言わんばかりに口をあんぐりと開けたのだった。
「進展、無いの? マジで?」
「進展って言われても……」
未知の生物を眺めるかのような驚きに満ちた燈也の視線に耐えられず、和輝が目をそらし逃げようとしたその時。和輝にとっては助け船のように絶妙なタイミングで入口のベルが来客を告げた。
ソラが帰ってきたか、あるいは別の客だろうか。
そのような事をぼんやり考えていた和輝だが――
「和輝! 海に行くわよ!」
――聞きなれた甲高い声……夢姫の言葉は思考を吹き飛ばし、その唐突すぎる要望は和輝の頭を混乱の沼へ引きずりこんだのだった。
―――
「――進展してないんですかあ!? 信じらんない……」
――夢姫の謎の発言がなされる少し前の事、來葉堂とはまるで別世界……いや、本来の喫茶店とはこういう空間であろうが。
ジャズの名曲が流れる落ち着いた雰囲気のとある喫茶店の店内には甲高い少女の声が響き渡っていた。
「こ、声が大きいですよ! 湊さん……」
「あ……桔子さん、ごめんなさい、つい」
どういう訳か“來葉堂ではいくらでも騒いで大丈夫”だと言う暗黙の了解を抱いていた桔子だが、一歩店の外に出たならば一般的な常識をわきまえた普通の女子である。
他のお客さんに配慮するように声を落とすと、目の前に座る華奢な美少女にコーヒーを勧めた。
「……まったく、和輝のヤツ。まさかここまでニブいとは! 女の子が話しかけてくれるのよ? それだけでも勇気がいることだってのに、どこまでか弱い女子の勇気を擦すり減らせるのかな」
コーヒーに角砂糖を幾つか放り込むと、小さく跳ねる音と共に茶色の滴がテーブルに散る。
銀色のスプーンでカップをかき混ぜると、少女――湊はまだ熱いコーヒーで口を潤した。
「いや、その……まあ、あの後色々あって、前のように話せるようになったのも、ここ最近ですから……」
――実は燈也の一件の後、湊と連絡先を交換していた桔子は、自身の事も全て事後報告の形で伝えていた。そもそも、既に内に秘めた感情をさらけ出した相手だ。本当の名前を告げる事など造作も無い。
湊の方もまた、生来の人懐こい性格や物怖じしない気質ゆえか――桔子の言葉を素直に受け入れ、今では事あるごとに連絡を取り合う関係となっていたのだった。
「んまー、色々あった、とは聞いたけど……はあ、仕方ないかあ。実は、そんな事もあろうかと、この黒崎 湊サマはちゃんと“作戦”を練っていたのですよ!」
「……作戦?」
「良いですかー? 和輝って、前にも話した気がするけど基本的に押しに弱いんです。つまり……押したモン勝ちって事です!」
人形のように丸い大きな瞳を細めると、湊は不敵な笑みを浮かべる。
桔子は息を飲み、“作戦”とやらの内容を訪ねようとした――その時。入口が開いたのだろうか、店員の声と共に賑々しい足音が二人の元へ舞い込んだ。
「――ごめーん! 遅くなっちゃった!」
「あ、夢姫さん! えへへ、お久しぶりです!」
桔子の隣に座ると、夢姫は挨拶もそこそこにメニュー表で顔を仰ぐ。この日、桔子と同様に湊と約束をしていた夢姫は見ての通り大遅刻であった。
一応待たせていると言う負い目はあったのだろう……走ってここまでやってきたらしい夢姫は乱れた呼吸を整えると、店員が差し出したお冷を一気に飲み干した。




