13-2
「ねえ、ここだと眠れないだろうし……刹那くんを和輝くんのお部屋に連れてってあげたらどうかしらっ」
「……は?」
ピラミッドのように積まれたわらび餅の一つに楊枝を刺そうとした和輝の肩に触れると、クララは囁き声で耳打ちをする。
クララ自身は生来の性格と称すべき心配りのつもりで告げた言葉であろうが……和輝にとっては青天の霹靂、予想しえない提案だったようだ。
「いや、そこまでする必要ある?」
「あらやだ! 冷たい子ね~? 和輝くんがいつぞや倒れた時、ここまで運んできてくれたのは刹那くんだぞ!」
「そ、そうだけど」
クララが毅然とした態度で腕をまくりあげる。あの強烈なデコピンが飛んでくるのではないか――
脳天を突き抜ける鋭い痛みを思い出してしまった和輝が思わずおでこを守り後ずさる。すると、クララは腕を下ろして代わりにため息をついた。
「困ったとき、きつい時は助け合わなきゃダメだぞ? 刹那くんは和輝くんのお友達でしょ?」
大人らしい迷いのない言葉で兄が紡ぐ言葉――
――和輝はとっさに言い返す言葉が見つからず……まっすぐ見つめてくるから目をそらし、わらび餅を食べ続けていた佐助に視線を落とした。
「俺にとって佐助は友達かな、って思ってるけど……逢坂さんは……友達、なのかが分からない」
――桔子の道具によって和輝が心の世界に閉じ込められた時も、優菜が暴走した時も……道具の持ち主でもある刹那はその都度協力してくれている。それは和輝も理解していた。ありがたい事だと感謝もしていた。
……だが、それはあくまで“道具の持ち主であるから、“夢姫の友達だから”協力してくれているだけではないかと感じているのだ。
「待て。僕も別に灯之崎の友達になった覚えはないぞ、うぬぼれるな愚か者め」
「はいはい、言うと思ったよ。……佐助は分かりやすいんだけどな」
「おい聞き流すな!」
口を開けば罵詈雑言しか出てこない佐助だが、幾度となく交わした言葉の数々から彼の性格が何となく分かるようになってきていた和輝は適当に聞き流すと、改めて店内の端に視線を手向ける。
テーブルに顔を埋めて静かな寝息を立てる少年は年齢もそう違いはないはずなのに、どこか遠くに心があるような気がしたのかもしれない。
無視された事で立腹した佐助が木刀を構える傍ら、和輝はおぼろげに辿りついた答えを誰にも言えずにいたのだった。
――遠慮にも似た感情から動き出せずにいた和輝を慮った兄、クララが私物のブランケットを持ち寄ると眠る刹那の背中に掛ける。
「刹那くん、バイトがあるって言ってたけど何時に起こしたらいいかしら……」
「白妖怪、構うな。人の店で勝手に寝る厚顔無恥なロン毛など気遣ってやる必要ないぞ」
「まるで“佐助の店”みたいな言い方。あと“厚顔無恥”はそのままお返ししたいくらいなんだけど」
クララの趣味と思しきファンシーなキャラクターが前面にあしらわれたピンク色のブランケットを睨むと、佐助は残ったわらび餅を取り皿に載せて指定席に戻る。
――ふと、その時……またも入口のベルがせわしなく鳴り響き、にわかに店内をにぎわせたのだった。
「おいーっす! よう、和輝! お兄さん! 久しぶり~!」
「え? ……ああ、燈也?」
「あら、燈也くんなのだ!」
勢いよく押しあけられた扉が招き入れたのは、懐かしい声。
――そう、和輝の幼馴染である相島 燈也であった。
和輝の故郷で今も暮らしている燈也の姿を見るや、クララは声を弾ませる。
自身の振舞いを棚に上げていると言う事に気づいていない佐助は“うるさいのが自分の縄張りに入ってきた”という認識なのだろう。不機嫌そうに燈也を睨むと、指定席を立った。
「……ふん。いつぞやの“暴走鳥頭”か」
「鳥……あ、オレ!? な、何だよこいつ、野暮から棒に! 和輝のダチ!?」
「“藪から棒”な。佐助とは初対面だっけ? ……あ、そうかあの時は――」
失礼極まりないあだ名の洗礼を受けた燈也は、驚いた様子で細い目を見開くと佐助の全身を凝視して呟く。
助けを求めるような旧友の視線を預かりつつ、和輝は半年以上も前の出来事を思い返していた。
――ある事件の前まで故郷で親しくしていた幼馴染、燈也が今日のように來葉堂を訪れたのは一年次の冬の事である。
様々な思惑が交差した結果、“ま”に取りつかれて“鬼”となった燈也と佐助はすれ違う程度……わずかに邂逅していたのだ。
燈也自身は“鬼”になっていた間の記憶は残っている。だが、直接言葉を交わした訳では無く、一方的に佐助がその姿を見ただけであったが故に燈也との認知の差があったようだ。
「あ、あの時ってどの時だよぉ……」
「いや、何でもないよ。……こいつは佐助、目つきは悪いけど、取って食いはしないからほっといて良いよ」
「殴るぞ貴様」
佐助が木刀を構えると、燈也は間の抜けた悲鳴を上げて和輝の背中に隠れる。
――旧友のその姿からはかつてのような狂気をはらんだ危うさは感じられない。和輝はその平和なやり取りに安堵のため息を落とすと、佐助を宥めたのだった。




