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ユメユメ~二年目~  作者: サトル
12.此許女の睦びむには
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12-4

 

 消しゴム、ボールペンの雨はまるで大きな雪崩の前兆であったと言わんばかりに、間髪を入れず今度はノート、教科書が落ちてくる。

 小さな文房具程度であればさほど痛みも無いが、本の類になると流石に“身体()”に傷が出来るかもしれない。

 ソラが咄嗟に頭を庇い、俯いたまま体を守っているうちに文房具の雪崩は収束したようで――辺りには再びの静寂が訪れたのだった。


「ごごご、ごめんなさいごめんなさい! け、怪我してない!? どうしよう警察、いや救急車……!」


 突如振りかかった文房具の雨、それが悪意の所業では無さそうだと、動揺を隠しきれない少年の声が物語っている。

 冷静さを失った様子でうろうろと目の前を往復する少年の足元に、手を滑らせたのだろうか……最新型のスマホが滑り落ちた。


「あ、あのボクは大丈夫です!」


 元来より“感覚”と呼ばれる事象に疎い体質であるソラは自身の頭部に触れ、そして体を目で確かめると顔をあげる。タンコブやアザ、そして出血の気配も無いと目視で判断したのだ。


「……ほ、本当に?」


 完全に冷静さを失っていた少年は、ソラの声でようやく我に返ったらしい。

 せわしなく歩きまわっていた動きを止めると、早足でソラの目の前にしゃがみ込んだのだった。


「ご、ごめんなさい、僕……いつもこうなんです。グズで、すぐに人に迷惑かけちゃって……」


 震える声を絞り出してため息を落とすそそっかしい声の主――少年の顔を、ソラはようやく見る事が出来た。

 その声の主は、佐助と美咲の同級生、金剛寺 金嗣(カネツグ)であった。通う学部が違う小学生のソラにとってはこの時が初対面であった。


「――あ、れ……?」


 ――その時。

 ふいにソラが本来持ち合わせていないはずの“感覚”が――まるで胸を強く叩かれたかのような衝撃が小さな体を駆け巡る。


 ソラ自身、十年程の記憶を遡ってみても全く覚えのない、初めて見る顔であるはず。

 だが、何故か親近感さえ覚えるかのような――“懐かしい”とさえ思える、不思議な感情が頭を支配したのだ。


「……き、君、なんだか顔色が悪い、みたい……だ、大丈夫……?」


 少年の顔を見つめたまま、言葉を無くしてしまっていたソラに金嗣が不安げに声を絞り出す。

 “懐かしい”と言う感覚は二人の共通認識では無かったらしく、金嗣にとっては“見知らぬ子供が不思議な顔で自分を見つめてくる”と言う妙な状況となっていた。


「え……あ、ああすみません……大丈夫、です……」


 “心”の奥底で芽生えた確信のような感情を押しこむと、ソラは微笑む。

 散らばったままとなった金嗣の文房具を拾い集めて手渡すと、ソラは逃げるようにして図書館を後にしたのだった。



 ―――



「――あの子、本当に大丈夫かな……」


 ソラの手により集められた文房具を手さげ鞄にしまいながら、金嗣は静けさを取り戻した図書館の中でぽつりと呟く。


 走り去ってしまったソラの姿はもう見えない。だが、去り際の様子が気がかりであった金嗣は不安を胸に残したまま自動ドアを見つめていると、ふと扉が開き、華やかな香りと上品な女の声が館内に舞い込んだ。


「……あ、伊月さん。えっと、用事は済んだのですか?」


 ――フリースペース内で居眠りをしていた壮年の男性や勉強中の浪人生、館内の男と言う男が思わず見惚れ、舐めるように視線を手向けている。

 視線を意にも介さずに金嗣の元へ歩み寄った美しい女――沙羅は優しく微笑むと小さく頷いたのだった。


「ええ。とても有意義な時間を過ごせましたわ。……金嗣様、用事がお済みでしたら、そろそろ会社へ帰りましょう」

「そうですか。それは良かった。僕も用事は済んだのですが、ちょっとまたドジしちゃって……ちょっと待ってて下さい……」


 手を差し伸べる沙羅を横目に、金嗣はどこか慣れた様子で辺りを見渡す。

 先程散らばせてしまった文房具を残らず回収出来たか、慌てて忘れ物をしてしまうのではないか……。

 良くドジを踏んでしまう性質だと、自分で理解できているがゆえに人以上に慎重になってしまうのだ。


「あら、また何か落としてしまったのですね? ……これで全部かしら、こちらにも落ちていましたよ」


 そして沙羅もまた、そんな彼の事を良く知っているようでクスクスと笑うとごく自然に手伝い、辺りを見渡し、数本のペンを回収すると金嗣の手の平に返した。


「あれ? ……これ、僕のじゃない、です」


 ――だが、金嗣はすぐに違和感に気付き声をあげる。高校生である金嗣にしては幼いデザインのプラスチックキャップが付いた鉛筆が混ざり込んでいたからだ。


「え? ……まあ、本当ですわね。名前が書いてあります……“はるみや そら”……春宮?」


 キャップに貼られた名前シールには女性が書いたような丸い平仮名で名前が書かれている。細い指でなぞると、沙羅が首を傾げた。

 一方で、先程の出来事を思い出していた金嗣は、それが先程邂逅した子供――ソラのものであるとすぐに気付き沙羅を見つめたのだった。


「さ、さっきの子だ……」

「さっきの子?」

「は、はい……さっき、小学生くらいの男の子がペンケースを落として、拾ってた時に、僕も落としちゃったので……多分、その時に混ざったんだと……」

「小学生……なるほど。春宮さんのお子さん、ね……」


 事のあらましを聞いた沙羅が妖艶な笑みで鉛筆を眺める。


「……沙羅さん? どうかしましたか? ぼ、僕またご迷惑を……」

「いいえ。……むしろ、とても良い“情報”を手に入れたみたいですわ。……さあ、お父様がお待ちでいらっしゃいますわ、帰りましょうか……金嗣様」


 美しく微笑むと、沙羅は自然な振舞いで金嗣の手を取り歩き出す。

 さり気なく鉛筆を金嗣の指先から抜き取り鞄にしまいこむと、夕日に染まる赤の街に消えていったのだった。



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