11-13
「貴様らの目的はなんだ。この学校に恨みでもあるのか? 隣のバカが何かしたなら謝らせる」
「それを言うなら佐助っしょ? あんたがなんかやったんでしょ?」
「何を言うか、それを言うなら」
「いやだから! ……とりあえず二人とも黙って?」
敵ながら、あの二人の喧嘩をいちいち仲裁するのは骨が折れるだろうな――
傍目に見ていた美咲がその労いの意を込めて合掌している傍ら、美川は固唾を飲んでリーダーの男を見守る。
水鉄砲と木刀、それぞれを地面に捨てた夢姫と佐助が睨むような視線を手向ける中、金嗣の首にナイフを宛がったままの男は半笑いのような表情で口を開いた。
「目的ねえ、あんまりはっきりしてないんだわ。とりあえず、岩ちゃんとつるんでそうな不良? を片っ端からボコったらそのどれかが目的かなって」
「……つまり、無差別に暴力を振舞いたいということか? 野蛮だな」
「お侍ちゃんは正義感がありそうだねえ? まあ、まずはお前を吊るしあげてから……隣の彼女ちゃんは俺専用の性処理機にでもしてやろう」
「顔が生理的にムリー!」
「拒否権なんかねえよ! この坊ちゃんの首が千切れても良いのかよ?」
「う」
先程、夢姫達が倒していった男たちは仕返しをするかのように一度は捨てた武器を拾い上げ二人の元へ詰め寄っていく。
心の奥では“反撃してやりたい”というただその一心であったが、多少は顔を知っている相手の生命が脅かされている今ではその気持ちは押し殺す他の術がなかった。
「ごめん、なさい……僕が、弱いばっかり、に……」
金嗣の瞳に涙が溢れ、大粒の滴は地面を濡らしていく。
流石に、今回ばかりは夢姫達の分が悪いと、美咲が反撃の手立てを考えるその一方で――
「弱さは罪じゃない。何故なら、君は神様から……強さと引き換えに“誰かの為に涙を流せる優しさ”を、その手に握っているのだからね」
――グラウンドには甘い声と風が舞い込んだのだった。
「はあああ!? くっせえ!? 誰だ今の臭い台詞は……」
「臭い? おかしいな、匂いには十分気を配っているつもりだったんだけどね!」
脚本の中でしか聞いた事が無いような耳馴染みのない台詞に戸惑った男は金嗣を掴む腕の力を奪われる。
その瞬間、男の背中には膝蹴りによる鋭い痛みと衝撃が走り、受け止める事が叶わなかった彼の体は人形のように地面に吸い寄せられた。
「金嗣君、怪我は無いかい?」
「だ、大丈夫、です……」
校庭の隅に隠れていたと思しき女生徒の歓声が佐助達の耳をつく。
まるで騎士が魅せる夢のように華麗な振る舞いで金嗣を救って見せたのは、その振舞いが許される数少ない美少年――刹那、その人であった。
「ちょっと待て、おい! ロン毛、貴様が何故ここに!?」
「え、なんでって美咲君が連絡してくれてたからね」
「あー! そう言えば結局言ってませんでしたね、久世君! その人が秘書の弟さんだったって話ですよ!」
美咲の声に押され佐助が金嗣を見やると、刹那の陰に隠れていた少年は顔を覗かせ、小刻みに何度も頭を下げる。
「……それで、伝達が早かったのか」
佐助は一度捨て置いた木刀を再び拾いあげる。
――そう、人質となっていた金嗣の身の安全が保障された今、もう遠慮は無いのだ。
「馬鹿女、何を呆けておる! 貴様もとっとと水でも補充してこい!」
「お、おっけー!」
夢姫の腕を掴んでいた男の手を木刀で叩き落とすと、佐助は声をあげる。
人質を奪われ調子が狂ってしまったとはいえ、その戦意は失われていないようで男たちはめげずに夢姫の行く手を阻む。
だが、もう遠慮するべき理由も無い佐助はむしろ先程のうっぷんを晴らすかの如く男達を薙ぎ払い道を切り開いていった。
「――あった! これでフルパワーよ!」
佐助にその場を任せた夢姫は、先程まで使用していた水鉄砲を美咲達のいる場所へ向けて放り投げる。
“水を汲んでこい”という無言の意思表示であろうと判断した美咲が近くの水飲み場まで汲みに走る傍ら。
再び武器を失った夢姫は放ったままであった自分の鞄をあさると、鞄いっぱいに詰め込んでいた大きな水鉄砲を取り出したのだった。
いわゆるライフル型と呼ばれる本格的な水鉄砲を肩に担いだ夢姫は、水の補充を終え戻ってきていた美咲の肩を叩く。
何故かハードボイルド気取りに親指を立てて微笑むと、夢姫はそのまま佐助の元へ走り去ってしまったのだった。
「大きい水鉄砲は、小回りが利かないの! みさ吉はそこらへんで援護しといて!」
「みさ吉て! 援護て……もー! 俺は一般人なのにー!」
――美咲が夢姫の元へ向かったことで一人になった美川は、“先程までと同様、いやそれ以上にも増して問題児二人の息が合っている”と感じ息を飲んでいた。
「く、くそ……! この野郎どもめ……! おい! こうなったらこの際誰でも良い! 隅っこに隠れてやがる弱そうなやつ捕まえて連れてこい!!」
「……そうはさせない!」
リーダーの男が声をあげる。少し取り乱しているのか、その言葉は要領を得ないものであったが、恐らく“夢姫や佐助に構わないで弱そうな人質を捕まえろ”と言う事であろう。
仲間に指示を出すと同時に、自身も辺りを見渡す。
グラウンドに残っていた運動部生徒の中でも体が小さな者は既に教員や体格に恵まれた生徒の陰に身を潜めている。
金嗣の傍には守るようにして拳を構える刹那が男達を冷たく見つめており、“抵抗できなさそうな弱い存在”と呼べそうな者は唯一人――分厚い眼鏡を指先で押し上げていた美川だけであった。
リーダーもまた、その存在を認知するや否や戸惑う美川の元へ走りだす。
――だがすぐにその動きは背後に迫っていた静かで低い声と共に腕を掴まれ、捻りあげられると背中に止められてしまった。
「ひ、灯之崎和輝君!?」
「岩崎、こいつがリーダーか?」
「あ、ああ……」
リーダー格の男の手には未だ鈍色の刃が光る。だが、駆け付けた和輝が身動きを封じている間に岩崎がナイフを盗む。
その背後にはいつの間にか誰かが呼んでいたのだろう――パトカーのサイレンがけたたましく鳴り響いていたのだった。
「――思い出した! こいつの顔、どこかで見た事があると思ったら……! “ホワイトデビル”だ……!」
佐助や刹那、和輝と美咲、そして教員達により押さえられた男たちは駆け付けた警察官の手に引き渡され、次々とパトカーに乗せられていく。
ふと、その中の一人が声をあげると波紋のように男達の中に駆け巡り、その視線は和輝に向けて注がれた。
「ホワイトデビル!? ……き、聞いたことがある。俺たちが徒党を組む前、かつてこの辺り一帯を取り仕切っていた伝説のチームを、たった数分で壊滅させた者がいると……! その顔は真っ白で、男とか、女とかそういった次元を超越した、まさに“悪魔”であった、と!」
「そうか、見たことがある顔だと思ったら! 白くないだけで、良く似ている!!」
「…………あ?」
――“白い”と言うたったひとつの単語だけで察しがついてしまった和輝は思わず頭を抱え、傍らで耳を傾けていた夢姫は堪え切れずに大声で笑い始める。
「……それ、俺じゃなくて兄です。って言うか、大分噂に尾ヒレが付いてる」
「そ、そうなのか!? ああ、まあ良く考えたらそんな白い顔した人間がそこらへんにいるわけ」
「いやそれは噂通りなんだけど……ああもう嫌だ。身内が嫌だ」
「和輝、どんまい」
――そうして男たちは警察に連れられ、放課後の校庭にはようやく平穏が訪れたのだった。




