11-12
「おうおう! やってくれたじゃねえか! ……だが、そこまでだ。こいつの命がどうなっても良いのか?」
――漫画などで良くある台詞が聞こえたかと思えば、戦意喪失していた男たちが道を譲るように夢姫達の傍から離れていく。
人の壁が取り払われた事により明瞭になった視界のその中心に見えたもの……それは、リーダー格と思しきいかつい男と、彼にしっかりと腕を掴まれた金嗣の姿があった。
「もやし!? 貴様、どういうことだ」
「佐助ぴょん、違うよ! これあれだ、いわゆる人質だってば!」
「ほー。カワイコちゃんの方は察しが良いじゃねえか。そうそうお前ら、動いたらこいつの……」
「佐助! 今聞いた!? あたし今可愛いって言われた!! 察しも良いって!!」
「気のせいだろう」
「はあ!? あんた耳もバカになっちゃったんじゃなーい?」
「馬鹿は貴様だ。今そんな話をしている場合じゃない!」
「うん、そうだよ、二人とも話聞いて」
夢姫達によるいつもの喧嘩に巻き込まれかけていた男が金嗣の腕を掴みあげると、“人質”の存在を改めて知らしめる。
金嗣の目は涙が溢れ、その顔には血の気が無く、血色の悪い唇は寒くも無いはずなのにカタカタと震えていた。
――言葉は無いがその姿からは、ただただ恐怖を訴えかける悲痛の叫びに満ち満ちていた。
「おい! こいつ、お前らんとこの生徒だろぉ? 預かってるガキに何かあったらヤバいよな? 俺たちの仲間を離せや」
男はおもむろに懐を探ると、着用している上着の内ポケットに忍ばせたナイフの刃を光らせる。
何を目的としているのか、その真意は未だに掴めないままであった。
だが、兎にも角にも目の前の子供を危険に巻き込むわけにはいかないと判断した教師達が手を離すと、捉えられていた男たちはようやく回復したらしい目でリーダー格の男を見据えると一斉に駆け戻っていった。
「次は……そこのお侍ちゃんとガンマンの嬢ちゃん! お前らも手に持ってる物騒なもんを置け!」
「おい馬鹿女……従うつもりか!?」
「だってどの道弾切れだもん……」
「……ちっ」
金嗣の首に鋭利な刃先を宛がったまま、男は佐助を睨む。
――傍目に事の成り行きを見守り続けていた美川は、無力な自分を噛みしめながらも心のどこかで夢姫と佐助に対して“期待”に似た感情を抱き始めていた事に気付いていた。
そう、規則に従わない彼らなら、何か状況を打開できる術を思いついて行動に移すことが出来るのではないか、と。
―――
「――なあ、状況を説明してもらえない?」
同じ頃、和輝は一路来た道を引き返す格好となっていた。
目の前ではこちらを気にするそぶりも無く、ただ慌てた様子の岩崎が走っている。
「さっきの奴らと良い、何か脅されてるとかじゃ」
「よお岩ちゃん! 学校に戻ろうったって、そうはさせねえよ!」
「……くそ!」
十字路に差し掛かった頃、前を走る岩崎の行く手を阻むように大柄な男が立ちはだかる。
クララほどではないが身長が高いその男はぜい肉を四肢にまとった丸々とした体で細い路地を塞いだ。
「岩ちゃん、ほら~みんなお前を心配してるんだよ? お前さんがチーム抜ける、なんて言うからさあ」
「……」
「どうしてもやめたきゃお金を払うしかないって言ったのに岩ちゃんが渋るからこうなっちゃったんでしょ?」
「払ってただろうが!」
「いや全然足りないから~!」
岩崎も決して小柄な方では無いのだが、立ちはだかる男はそれを遥かに上回る恰幅の良さと言えよう。
それでも果敢に殴りかかろうとしていた岩崎の両腕を掴みあげると、男は軽々と持ち上げて投げ飛ばしたのだった。
「何となく、見えてきた……そう言う理由なら、岩崎に加勢するよ」
岩崎を投げ飛ばした事により、背を向ける格好となっていた男の背中に和輝が蹴りを入れる。
柔らかい肉に阻まれ、ダメージはほぼ皆無だったようであるが痛みを伴わないその衝撃で男はようやく“岩崎以外にもう一人、部外者がいた”と言う事実に気付いたらしい。
「……なんだよてめえ、どこかで見た顔だな?」
「俺は身に覚えが無いんだけど……とにかく、風紀委員手伝いの身としては、見逃せないって言うか」
「ごちゃごちゃうるせえ! 邪魔を――」
「それは、こっちの台詞だ!」
打撃、斬撃ではその柔らかな肉塊にダメージを与えられないであろう。
また、夢姫や佐助のような対人間用の武器を持ち歩くような習慣も無く、“鬼”では無い以上道具も意味を成さない。
――とすれば和輝が取るべき方法は一つしかなかった。
和輝は拳を構えると、男の腹部目掛け間合いを詰める。当然、男は反射的に拳を片手に受け止めると先程の岩崎と同様に和輝の手首を掴みあげた。
「こうだっけ……!?」
掴まれた腕ごと体当たりするように懐に飛び込むと、男はバランスを崩してしまったようで片足を引き体勢を整えなおそうと後ずさった。
その瞬間を逃さず、和輝は空いたままのもう片方の手で少しだけ浮いた男の片足をすくい上げると――その大きな体は一本の脚だけで支える事も叶わず、呆気なくバランスを崩し、そのまま倒れてしまったのだった。
「――あんた、さっきもそうだったけど、一体何なんだよ。……随分喧嘩慣れしてんじゃん」
「喧嘩じゃないんだけど……」
投げ飛ばされていた岩崎は肩を打ちつけたようであるものの、大怪我とまではいかなかったらしく辛くも立ち上がると和輝の元へ歩み寄る。
“ま”を祓う為に日ごろから戦っている――などと言える筈も無く、代わりになりそうな答えを探しかけていた和輝だが、倒れた男が動く気配を察して口をつぐんだ。
和輝は兄と違って武道をしっかり学んだ訳ではない。今回はうまく隙をつけたが、そう何度も成功するはずがない事は分かっていたのだ。
「……ま、俺一人どうにかしたところでよ、どうにもならねえよ……! 今頃、明陽の学校には俺らの仲間と、“最強の盾”を持ったリーダーが集まってるからな……」
男が捨て台詞のような言葉を吐き捨てると同時に、辺りにはサイレンの甲高い音が響き始めた。
恐らく、通行人の誰かが争いの気配を察知し通報したのだろうと和輝は理解した。
……本来であれば駆け付けた警察に事情を説明せねばならないであろう。
「くそ……! おいお前! 明陽まで急ぐぞ!」
「え、あちょっと……警察に」
「そんなの後だ! お前もまだ学校に友達とか残ってんじゃねえのか!? そいつらが危ねえんだよ!!」
――だが、事実学園にまだ残っているであろう夢姫達を放っておく事など出来る筈も無く、和輝は先を走り始めていた岩崎を追いかけるとその場を後にしたのだった。




