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「……おい、吾妻。何故僕の後ろに隠れる」
「いやいやいやだって、あんなヤバそうな連中、目があったら何されるか分からないじゃないですかあ」
「…………小学生を人質に取り、中学生使って暴れた奴の言うセリフとは思えぬな」
窓のすぐ下に身を潜め、校庭を伺い見ていた佐助が小さくため息を落とす。
だが、美咲の言い分はごもっともな状況であった。
――窓の外、普段は運動部が汗を流すグラウンドには、我が物顔で校舎へ向かい足を進めている無数の男たち。
学園指定のものではない、くたびれたジャージやスウェット姿の男たちの手には本来の使用用途ではなさそうなバット等の鈍器が光る。
「しかも、また“ま”に憑かれかけておるものばかり、どうしてこの学校ばかり集まってくるのか……」
水蒸気のような黒い靄を頭に立ち昇らせた男たちは、まるで誰かを探しているかのように辺りを見回しているのであった。
「誰か警察は呼んでるでしょうけど……久世君、良いですか、あんな大群勝ち目なんかないですからね、一騎当千とか考えちゃ駄目で――」
「き、君達! 一体何の用だい!! 用件があるのなら、この僕が……明陽学園高等部風紀委員副委員長美川健二が取り継ごう!!」
鉄砲玉のように厄介事に真っ先に突っ込んで行く問題児二人……夢姫と佐助の顔を見上げて美咲が釘を刺す。
――だが、二人が言葉を発するよりも先に、窓の外では威勢の良い声と早口で長ったらしい肩書きがグラウンドいっぱいに響き渡っていたのだった。
「あー! あいつだ……えっと、誰だっけ、あいつ、すっごい眼鏡がずれるやつ……!」
「なんだそれ。貴様の知り合いか? 知り合いなら名前くらい覚えろ馬鹿女」
「それ、久世君が言います?」
男たちの行く手を阻もうとしているのはたった一人の少年――眼鏡を指先で押し上げると美川は“風紀委員”の腕章を夕日に光らせた。
「この学園を愛していらっしゃるのですねえ。凄い正義感」
「だが無謀だ」
校庭に居合わせた部活生たちは、状況を見定める為か皆口を閉ざし身を寄せ合っている。
目立たないようにと努めて静観している生徒達の中で、いつにもまして美川の姿は目立っていたのだ。
「ねえねえ佐助、あいつもしかして“ま”が見えていないんじゃないの?」
「……もしかせずとも、見えて無かろうな。今回はかなり微々たる量のようだし」
夢姫達三人以外、男たちから微かに立ち上る“ま”には気づいている者はいないのであろう。
窓の向こうにはまるで葬式のような、独特な緊張感に包みこまれているようであった。
「ちょ、ちょっと聞いているのかい!? 誰かを探しているのであれば、僕が取次ぎ――」
「ごちゃごちゃうっせえな!!」
「ひえっ……!」
凶器を手にした男を前に無謀と言えようが、美川が怯まず立ちはだかった瞬間。行く手を阻まれた男の一人が手にしていたバットを振り上げる。
金属製のバットをそのまま振りおろされてしまえば、怪我どころでは済まない。ようやく自身に差し迫った脅威に気付いた様子の美川は咄嗟の反応が出来ず、もつれた足に阻害されそのまま尻もちをついてしまった。
「ヤバい……! って、あれ、水瀬先ぱ――」
「ほあー!! せいばーい!」
――誰もが、美川の身を案じ目を逸らしたその時、緊張感に欠ける掛け声と共に水を噴射するかのような勢いの良い音が美咲達の耳に届く。
佐助の横にいたはずの夢姫の姿は既になく、まるで抜け殻のように開けっぱなしのカバンが転がっているだけであった。
「みみみみ、水瀬夢姫君……!? 君、それ……」
「水鉄砲よ! 今日は持ち物検査無かったから、運が良かったわね!」
「ええ……」
美川が恐る恐る目を開けると、そこには両手に水鉄砲を構えた夢姫と、脳天にヒットしたのだろう――目に水が入った様子で顔を乱暴に拭いている男が立ちつくしている。
呆気にとられる美川をよそに、夢姫は何故か得意げに校則違反の水鉄砲を掲げ、その銃口に西部劇のガンマンよろしく息を吹きかけていた。
「くっそ、何しやがるクソ女!」
「ふふん! どーよ、タバスコ入り水鉄砲……水瀬ライフルの威力は! 世紀の大悪党美少女も悪くないと思ったけど、やっぱり美少女戦士の方がカッコイイわ!」
「いや意味分かんない!! どうして……」
ずり落ちた眼鏡を掛け直した美川の鮮明な視界の端に、ふと木材の端が映る。
そう、逃げようのない美川のすぐ横に――凶器を持った男たちが夢姫を取り囲んだのだ。
「うひい!?」
「――全く、どうしていつも火に油を注ぐようなことばかりするのかこのバカ女は!」
万事窮す、今度こそ痛い目に遭う事を覚悟した美川の目前に迫った木材を払いのけたのは佐助だ。
さも当たり前のように構えた校則違反の木刀で差し迫った男を押しのけると、武士のように腰を落とした。
「違うもん。“水”を注いだんだもん」
「黙れ馬鹿」
「久世佐助君まで、どうして……!?」
「なんだ、まだいたのか丸眼鏡」
「あの、何だっけ名前……まあいいや、とりあえず下がってなさい! ここは美少女戦士ゆーきちゃんに任せて!」
茫然とへたりこんだままの美川を置き去りに、“馬鹿”だ“うるさい”だと子供のような悪口の応酬を繰り広げながら夢姫と佐助は各々の武器を構える。
佐助が凶器を叩き落とした隙に夢姫は圧の強い水鉄砲で顔面を濡らし戦意を奪っていった。
――やっている事は子供の喧嘩そのものであるが、何故か二人の息は合っているようで頼もしさすら覚えるほどになっていた。
「美川先輩! あの二人の近くにいたらついでに殴られますよ!」
「ひい!?」
美川達を取り囲むようにして出来た輪の中心部にどさくさにまぎれて駆けつけたのは美咲だ。
腰が抜けたままで言う事を聞かなくなってしまっていた美川に肩を貸し強引に立ちあがらせると、夢姫の放つ流れ弾……もとい水しぶきに視界を奪われた男らの脇をかいくぐり輪の外へ逃げ出した。
「……た、助けてくれてありがとう。……君、あの久世佐助君と仲良くしている子、だよね? 一つ、教えてほしいんだが」
「仲良いかは微妙ですけどねえ。どうしたんですか?」
「久世佐助君も、そして水瀬夢姫君も……今、僕を助けようとしてくれたように見えたんだが、本当にそんな事あり得る?」
「……あー。人を困らせたり、すぐに喧嘩吹っ掛けたりしますもんねえ……確かにそう見えるかもしれませんね。でも、あの人達は――」
“ま”の影響は元々ごくわずかであった事も幸いしたのだろう。佐助と夢姫に倒された男たちは武器を捨ててふらふらと立ちつくしている。
佐助たちの大立ち回りで騒動に気付いたらしい教師達は、沈静化に乗り出そうと防犯用の道具を持ちより男たちの身柄を確保し始めた為、事態は収束に向かい始める。
「……あれ!?」
……そのはずであったが美咲は先の言葉を紡ぎかけて黙り込んでしまったのだった。




