11-10
「――なあ、何か事情があるんじゃないの? お金が必要な理由とか」
夕暮れ時の飲み屋街。この日の営業に向けた準備をしている業者のトラックがあちこちに止められ、ただでさえ細い路地を更に狭める。
まるで縫うように歩いてく岩崎の背中から“ま”の気配は無い。すなわち、“衝動的に”お金を欲している訳ではないのだという確信があった。
だが、早足で追いかける和輝が率直な言葉でぶつけてみても答えは帰ってこなかった。
「そんな理由聞いて楽しいか? 別にお前が金くれる訳でもな――」
ふと、岩崎が足を止める。
どうやら彼の携帯に着信が入ったようだ。俄かに賑わい始めた通りには微かに音楽が溶ける。
立ち止まりスマートフォンを握りしめていた岩崎の元に追いついた和輝が声を掛けようとした瞬間だった。
「――よお。支払いが滞ってるみたいじゃん?」
「カゼでも引いちゃったかな~お見舞いに行こうかな~って皆で話合ってたとこだったんだ~。でも元気そうじゃん?」
和輝の後ろから品の無い足音と共に数人の男たちの声が投げかけられる。
その声に振り向くと、笑顔、と言うよりはにやにやといやらしい表情と言える顔をした大学生くらいの男が六人程。
盗み見た岩崎の表情は見る見るうちに憎しみを込めた表情へと変わり、反射的に和輝もまた身構えたのだった。
「……風邪引いてたけど、さっき治った。支払いは今日やるつもりだったんだよ」
「ほお~? ああ、こいつが例の金ヅル君?」
「そんなとこ」
岩崎は軽く言葉を連ねる。口を吐いて出たその全てが嘘であろうと瞬時に判断できる程適当に並べられた言葉だ。
あえてその言葉に乗っかっているかのようににやついた男たちもまた聞いているのかも怪しい相槌を返すと和輝を取り囲み始める。
「これで分かっただろ? 俺がお金欲しがってたのはこういう事。この人たちに貸しがあってさ、支払ってんの」
「ごめんね~君みたいな暗そうな子を怖がらせたくは無いんだけど~? 岩ちゃんと関わっちゃった君の運が無かったって諦めて~」
男たちは和輝の全身を眺めると、肩にかけた鞄に手を掛ける。財布を取り出そうとしているのだろう。
――たとえ道具と“ま”の影響下になくとも、体が条件反射で動くのだろう……。
反射的にその手を振り払った和輝は教科書の入った鞄を手に取り男たちの一人、その頬へ振りかざす。
すると、予期せぬ攻撃に隙だらけであった男は容易く吹き飛び、穴のあいた包囲網の一画から飛び出した和輝は間合いを取り男たちと対峙したのだった。
「いってえ~! おい岩ちゃんよ、そいつ押さえといてよ~」
「あ、ああ……」
「させるか!」
あまり殺気立って見えない和輝の思わぬ反撃に驚いたのは岩崎も同じだったようだ。
暫し呆然としていた少年は我に返った様子で和輝の腕を掴む。
だが、もう反撃に転じると決めた和輝は迷いなくその腕を絡めるように掴み返すと足を掛けた。
「うわ、岩ちゃんまで何してんだよ!? お前、まさか元ヤンか!」
最初に倒れた男が起き上がる頃、介抱していた男たちは一斉に和輝を睨んだ。
一発目はまぐれあたりであろうと高をくくっていた男たちも目の前で岩崎が転ばされてはそう面白くないのだ。
喧嘩明け暮れている、等と言った事実は無いのだが、妙に喧嘩慣れして見える和輝の動きにはそう言った雰囲気が漂っているのだろう。“そう言えばどこかで見た顔だ”なんてありがちな言葉が男たちの間で飛び交った。
「とりあえず、話は事が済んでからで……水瀬を振り払ってきておいて本当に良かった。あいつなら喜んで首突っ込んでる」
――尻もちをついてしまっていた岩崎が立ち上がるよりも先に男たちはにやつかせていた口元を引き締めて全員一斉に拳を振り上げ飛びかかる。
背後に迫る電信柱に自身の背中を預けると、和輝はその場にしゃがみ込み男たちの攻撃を一旦かわし――一人目は足を払い、また一人は柔道の技に似た形で投げ飛ばし、六人の男たちを次々薙ぎ払って見せたのだった。
「……それ、柔道の類じゃないよな?」
「ああ、兄さんが昔習ってたのを見よう見まねだから……」
呆気に取られる岩崎を横目に、和輝は埃を払う。
兄のように優雅に振舞えない、荒々しい格好で投げ飛ばした男たちはそれぞれ打ちつけた背中や腰、肩を擦りながら助け合い立ち上がった。
「――岩ちゃん、こんなの聞いてないよ……! 金ヅル、とかいって俺たち油断させといて用心棒を雇ったわけっしょ?」
「……そう言う訳じゃ」
「あーあ! 友達に裏切られちゃって悲しいなあ~! そっちが約束破るんなら、こっちももう仕方ないよねえ!」
男たちの言葉に、何か思い当たる節でもあるようで岩崎はその表情を一変させる。
そして、状況が飲めないままである和輝を余所に岩崎はどこかへ向かい走りだしたのだった。




