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もしそうなのであれば、答えは一つしかないと美咲は思考を巡らせる。
……そう、“ひとまずこの場をやり過ごして、素行の悪い生徒の脅威が無くなった後で金嗣自身に事情を聞き出す”のが最善の手であろうと。
やみくもに騒ぎ立てたところでそれは自分たちの身も危ない。
答えを導き出した美咲が赤髪の男子生徒の後ろ姿を見送りかけていたその時だった。
「――貴様、その“金ヅル”とやらに何をするつもりであった」
美咲のすぐ後ろから聞きなれた声が刺さる。
「く、久世君!? ちょっとそう言う正義感今はいらな」
「答えろピエロ頭!」
「ピエロ、だと……?」
“そう言うディスりあだ名センスも今はいらないから”――
美咲が半ば現実逃避気味に脳内でツッコミを入れた頃にはもう時すでに遅しである。
――赤髪の男子と佐助は睨みあいの様相と相成ってしまったのだった。
―――
「佐助馬鹿じゃん」
「ええまあ」
金嗣が震える体を縮めたまま言葉を絞り出して大きな息を吐くと、状況を理解した和輝は一笑に伏していた。
あっけらかんと右に同じく頷き返していた美咲と和輝を交互に見比べると、金嗣は呆然と口を開けていた。
「……そ、そんなもの? お、お友達、ですよね、もっと心配したり……ぼ、僕を怒ったり、しないの?」
「金剛寺、だっけ。あんたは何もやってないじゃん。……まあ、佐助の事だし、最初からあんたが素直に事情を話していたとしても同じように喧嘩売りに行ってたと思うから気に病む事はないよ」
「で、でも――」
腑に落ちない、と言った感情が先行していた様子で金嗣は困ったように和輝を見上げる。
――ちょうどその時だった。
「一年の金剛寺君って君だね? 言わなくても分かるよ。僕、美川健二は全校生徒の顔と名前を把握しているからね!!」
「は……」
緊張した空気を打ち砕くような癖のある喋り口調の声が廊下に響き渡る。
迷いを持たないまっすぐで平凡な声の主――美川は一気に一同の視線をさらうと何故かずれていた眼鏡を得意げに押し上げた。
美川の腕には腕章に印刷された“風紀委員”の文字がキラキラと光る。
もしや、先程の騒動をどこかから見ていたのではなかろうか。
そして、騒ぎの発端とも言える金嗣に対し何らかの罰を下そうと言う事ではなかろうか――
表情を変えないままの美咲と和輝は瞬時に辿りついてしまった悪い展開を脳裏にしまいこむとさりげなく金嗣を背中に隠す。
……だが、自身で公言した通り美川は本当に全校生徒の顔と名前を覚えているのだろうか……。確信を持ったまっすぐな視線を手向けると、もう一度眼鏡を押し上げていた。
「灯之崎和輝君、一体何をしているんだい? 僕は金剛寺君に用があるんだけど」
「あ、いやその……この子は巻き込まれ」
「金剛寺君! 正門の前で君を待っている人がいるから、呼びに来たよ! 例え誰であろうとも美少年だろうと校内に部外者を入れる訳にはいかないからね!」
「……あ?」
得意げに眼鏡を指で押し上げ、仁王立ちで腕を組んでいる美川の言葉で何か思い当たったのか、和輝の後ろで金嗣の小さな声が跳ね返る。
「秘書さんの弟さん、かも」
「ああ。代理の……ってその話はマジだったんですねえ?」
――そう言えば、金嗣が元々お願いしていたのは“初対面の代理人の男性との二人きりが緊張する”と言う理由であったと美咲は手を打った。
「じゃあ、第三者を待たせる訳にも行きませんね。久世君は放っておいて俺たちで行きましょうか」
「う……でも」
「……あ、佐助の事が気がかりなら俺が残って待っておくよ。どうせ水瀬の居残りも終わってないし」
渋る金嗣の背中を和輝が押す。
金嗣の気持ちも分からなくはなかったものの、何も知らない見ず知らずの第三者を待たせる方が申し訳ないと和輝は考え至ったのだ。
その意図を汲み取ってはいたのだろう。金嗣は反論する事もないまま申し訳なさそうに深く頭を下げると消えそうな小さな声で“すみません”と謝り――そして美川が案内するその後ろを追従して行ったのだった。
―――
「――なんだ。貴様、まだ残っておったのか。暇な奴め」
佐助が解放されたのは金嗣が帰路に立った数十分後の事。
玄関から見て同じ方向にある生徒指導室には佐助と揉めた男子生徒がまだ残っているはずだが、そちらはまだ出てくる気配は無い。話がこじれているのか、はたまた佐助らがもう一度遭遇してしまわないようにという教職員らの取り計らいなのかは和輝には知る由も無い。
下駄箱の前でしゃがみ込み待っていた和輝を見つけるや否や佐助は口を尖らせ、わざとらしいため息を落とした。
「佐助こそ、放課後居残りしてまで教職員の皆さんと懇談だろ。熱心な事で」
「ふん。……それより、片目と“もやし”はどこへ行った?」
不機嫌そうに眉をしかめたまま、佐助は下駄箱をきょろきょろと見渡している。
部活動に勤しむ者以外の生徒はとっくに帰宅している時間であるがゆえ、辺りには和輝達しかいない。
“片目”と言う呼び方にはある程度馴染み始めていた和輝だが、“もやし”は初耳であった。
「……それについては説明するけど、とりあえず佐助は人を名前で呼ぶことから始めない?」
初耳ながら、文脈からそれが誰を指し示す言葉なのかはおおよそ検討が付いたらしい。ため息を落とすと和輝は一部始終を説明したのだった。
「なあ佐助。今回に関してはお前が間違っているとは言わないけど、もうちょっと他にやり方があると思うんだ」
「うるさい。別に僕はもやしの為にやったんじゃない。あのピエロ頭が気に入らないだけだ」
「ピエロ……ああ、あのなんかいかつい」
「――岩崎 弘海。私達と同じ二年ですが、あまり学校に来ていません。……まあ見た目の通り、いわゆる“不良”と言われる人間ですね」
赤みがかったオレンジ色の髪の毛に更に赤いメッシュを入れた派手でいかつい印象の男子生徒――
――和輝が記憶を辿っていると、ふと背後から聞きなれた少女の声が階段を下りてきた。




