10-11
「――おーい! 保護者っぽい人が迎えに来てるぜ?」
ようやく夢姫達が落ちつき始めた頃。
外に追い出されたままとなっていた寛二朗が騒々しく扉のベルを鳴らすと、皆の視線を一斉に集める。
「……寛二朗さん、主語がぬけています。あの、えっと優菜さん、お家の方……お手伝いさん、って方がおむかえにいらしてて、外に車をつけてありますよ」
声も体も人並み以上に大きい寛二朗の後ろにすっかり隠れてしまっていたが、その半分以下の背丈のソラは開け放された扉の隙間から懸命に背を伸ばすと、足りない語彙を埋める。
後ろからは車のエンジン音が聞こえていた。
「お迎え……?」
「ああ、俺が呼んでおいたんですよ。……ご両親、特にお父様が心配していらっしゃいましたから、すぐに迎えをよこすって」
「……美咲さん」
來葉堂へと戻る道中、美咲は賑々しくしている夢姫達を余所にどこかへ電話をかけている様子であった。
後から思い返すと、それは優菜の両親への説明、連絡であったのだと皆は合点していた。
自身の記憶は部分的に欠けている様子の優菜だがそれほど驚いた様子は無く、美咲の言葉に素直に頷く。
二人の関係性を完全に把握している訳ではない和輝達であったが、優菜が道具に心を奪われてしまうよりも以前からの知り合いであることは事実なのだろう――
――言葉を交わさずとも認識に違いは無いのだろうと、和輝達は視線を重ねるとお互いの考えを確認しあっていた。
「分かりました。すみません……まだ、全部は思い出せないのですが一度家に帰ってから自分の状況をしっかり把握してまいります。ご迷惑をおかけしました。……御礼は、また後日改めてさせて下さい」
美咲と言葉を少し交わすと、優菜は店内で見守っていた皆の顔を一人一人見つめ、丁寧なお辞儀をする。
つい先程まで対峙していた時の獣のような粗暴さは一切残さず、寧ろ上品で優雅とも言える人間らしい振舞いからは、もう道具の影響、“ま”の気配は微塵も感じない。
「いいよいいよ! 落ちついたら、また遊びにおいで!」
「いやここ水瀬の家じゃないから。俺の家だから」
「あいた!」
ようやく緊張の糸を解いた夢姫がいつもの調子で優菜に駆け寄ると、その髪を引っ張り和輝が止める。
二人にとってのいつものやり取りである。だが、初めて目の当たりにする優菜にとっては漫才を見ているかのような感覚だった。少女は小さな声で笑みをこぼすと、もう一度お辞儀をして立ち去っていったのだった。
「――優菜は、俺と同じ児童養護施設にいたんです。……と言っても、ほんの数カ月程度でしたが」
――優菜を乗せた車のエンジンをふかす音は徐々に遠ざかる。
手綱で操られる馬のような扱いに不服を訴えようと夢姫が和輝を睨んでいた最中、美咲はカウンター席に腰かけるとぽつりとつぶやいた。
「……吾妻君は火災の後、孤児として養護施設に入所したんだね」
八雲が確認するかのように尋ねると美咲は言葉を交わさないまま頷いた。
二人の距離は遠いし、目を合わせようとすらしないままではある。
だが、八雲の問いかけに耳を貸し、応える……ほんの数ミリ程度であろうが、“歩み寄ろう”と言う意思を見せた気がして、夢姫は美咲に飛びつき――そして桔子に手綱よろしく髪の毛を引っぱられ制された。
「知っての通り、俺はあの一件で唯一の身よりを喪いましたから……ずっと施設で暮らしています。施設には、俺以外にも親の都合で預けられた子や事故、事件なんかで身寄りをなくした子が入っていますが……そんな中で優菜とは知り合ったんです」
――彼女が預けられていた期間は数ヶ月だったでしょうか。わずかな期間だったと記憶しています。
何らかの事情で片親しかおらず、施設に預けられたと聞いていますが……くわしくは知りません。
片方だけであった親が再婚をしたことで、ある程度の条件をクリアしたことで親元に帰ったというのが実情でしょう。
「……親の再婚相手って言うのが、優菜の“鬼”化の元凶ってこと?」
クララが設えていたお茶うけのもなかを一つつまむと、美咲は息をつく。
どこか他人事に思えなかった和輝がそう尋ねると、もう一つお菓子を片手にした美咲は首を横に振った。
「別にみんながみんな、和輝パイセンみたいに親にトラウマ抱えて生きてる訳じゃないですよ」
「だ、誰もそんな事言ってない……って言うか急に呼び方崩してきたな?」
「だって友達になるんでしょう?」
「……そう、そうだけど。……まあ良いか。で、つまり違うって言いたい訳?」
距離感の掴み方に戸惑ってしまうのは、和輝由来の性格ゆえか、はたまた美咲のせいなのか……
答えを考えるだけ不毛であると考え至った和輝が言葉を飲みこむと、今度は美咲の口が“イエス”を表わす。
「むしろ、再婚相手の方は相当な人格者として評判の若手議員……“神崎”って苗字の時点でお察し頂けませんか?」
「ギーン?」
「議員ね。選挙によって選び出されて、国や町の法律を取り決めたりしている……よくテレビで見るあれよ」
首を傾げる夢姫の背中に手を添え、詠巳が静かに補足する。
――神崎氏、それは詠巳達のような未成年であってもテレビの中で名前を見聞きしたことのある、若手のリーダーとしてもてはやされている国会議員の名前であった。
「そう言う“人格者”に限って裏では……って筋書きも良くある話ではあるけど、そうではないんだね」
「ええ。実はお忍びで施設にも何度か来てるので、俺もお会いした事ありますけど。正直、“同じ世界の住人じゃないな”って思いました。本当に子供が好きなのが伝わる人でしたし……優菜だけでは無く、俺たちのような施設の子供にも同じような施しをくれるんです」
長い手指で口元を隠したまま、訝しげな視線を手向ける刹那にそう返すと、美咲はちょうど良い温度になっていたお茶で喉を潤した。
「きっと、優菜は幸せになるだろう。俺たちは“むしろ羨ましい”とさえ思いながら彼女を送りだしたんです。ですが、彼女には心残りがあったようで」
「……あ! それが“ライタくん”だ!!」
夢姫が勢いよく立ちあがったせいで腰かけていた椅子は倒れ、一瞬の轟音に一同の心音は跳ね上がる。
一同が発する怒りの視線をもろともせず美咲の隣に座り直すと、夢姫は目を輝かせて次の言葉を待っていた。
「……くわしくは聞けませんでしたが、恐らく。施設に入る少し前に、彼女は犬を飼っていたと聞きます。生活に困窮した親は優菜を施設に預け、同時に飼い犬は友人に託したと聞いていますが――」
「それだ! ライアンは死んじゃったんだよ。それで優菜は寂しくって、そんな時に“道具”と出会っちゃったんじゃない?」
――自身が“見た”光景を思い返すと、夢姫は声をあげる。
優菜のものと思しき記憶の中で“ライアン”と呼ばれていた少女の友達や母と思われる女性の言葉……その全てが一本の道へと繋がっていったような気がしたのだ。
その答えを確かめるだけの情報を持っていないのだろう。美咲は“恐らく”とだけ残し言葉を濁すと、また一つお茶菓子に手を伸ばした。




