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ユメユメ~二年目~  作者: サトル
10.心有るべし
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10-10

 

「ライ太くん……」


 ――夢姫達が來葉堂へと引き返し始めた頃、優菜はつかの間の眠りから目を覚ましていた。

 唐突な夢の終わりを追い掛けるかのように、少女は天井に向かって伸ばす。


「……クララさん! 起きたみたいよ、お茶か何かを――」


 異国の青年ルーカスはコーヒーを飲み終えると店を後にした。

 そして繊細な少女が眠る空間において“害となるだろう”という全会一致の判断が行われた結果……寛二朗はマリンの面倒を見る、と言う名目のソラに連れられて外に出されていた。


 少女の傍らで皆の帰りを待っていた詠巳は、その微かな声に気付くやカウンター奥に入っていたクララの元へと駆けて行く。


「ここは、どこ?」


 摩耶の言った通り、目が覚めた様子の少女はそれまでの禍々しい程の狂気を一切感じさせない。記憶が残っていないと言った風でまだ半分しか空いていないまぶたをこすっていた。


「……ここは來葉堂という名前のお店だよ。自分の名前とか思い出せるかい?」

「はい……名前は神埼(カンザキ)優菜、と申します。……ですが、どうもここに至るまでの記憶はあいまいなのです。……えっと貴方が助けて下さったのですか?」

「まあ、そんなところだね……。記憶か……無理に思い出そうとしなくて良いと思うよ。全ては君の心の隙間に蔓延った悪意が見せた夢だから」


 隣に座っていた刹那がそう言葉を紡いでいる間に夢うつつであった意識が現実に返ってきたのだろう。

 少女はか細くもはっきりとした口調で答えると、微かに残る記憶を手繰り寄せるようにこめかみを細い指先で押さえていた。


「いいえ、楽しい夢でした。……小さい頃に事故で死んでしまった友達……犬と遊ぶ夢。……でも、“もうお別れしないといけない”って言われ、気が付いたらここに」


 どこか品の良ささえ感じる少女の受け答える姿は、それまで対峙していた獣のような出で立ちとは正反対である。

 僅かな戸惑いを胸に潜ませた刹那は、“これが本来の姿なのだろう”と納得させると静かに頷いて見せた。


「……失礼ですが、お名前お伺いしてもよろしいですか?」

「え? ……ああ、僕は逢坂 刹那。刹那で良いよ」


 ふと、刹那は厨房に消えた二人が中々戻ってこない事を思い出すと視線を手向けた。

 厨房からは詠巳の声と思しき静かな声が微かに漏れ、文脈を読み取るには至らないものの返答している風の野太い声を耳に、“お茶を淹れる為のお湯が準備出来ていない”のであろうと察した。


 “曲がりなりにも飲食店なのだから、お湯くらい準備しておこうよ”

 ――刹那は心の中でそうツッコミを入れて溜飲を下げたのだった。


「刹那さん……貴方は優しい人なんですね。助けて下さって、ありがとうございました」


 密やかに悪態づいていた刹那は、その心の内をも知らない少女の無垢な声に我を取り戻すと、頭を下げていた優菜の肩に手を添える。

 そう言えばここのところ純粋に他者から褒められた事が無かったな、と自嘲的に思い返す一方で、無垢な言葉が照れくさく思えたのだ。


「そ、そんな僕は何もしていないよ。……それに、優しくも無い。君の笑顔を受け止められるような人間じゃないんだ」

「いいえ、優しいと思います。だって刹那さんが触れる手は優しいですし……それに良い香りがします」

「……香り?」

「はい。……香水とも違いますよね?」

「……それは」

「夢の中で、“ライタくん”と遊んでいた時……この香りがした気がするんです」


 ――照れくささとはまた違う、焦りにも似た感情が刹那の心に過る。

 少女が好きだと笑う“香り”の正体に心当たりがあったのだ。


「優菜ちゃん、君はどこまで覚えて――」

「たっだいまー!」


 刹那が口を開きかけた時だった。

 声を遮るようにけたたましく扉が悲鳴をあげ、同時に賑やかな声が刹那の声を遮ったのだった。


「……ツナっち、あたしが言うのもなんだけど、流石に犯罪じゃない……?」


 夢姫の目に飛び込んだ光景――それはソファに横並びに座り、肩に手を添えたままの大学生・刹那と、拒む事も無く首を傾げている中学生程の少女・優菜の姿だった。


「逢坂さん……ちょっと守備範囲広すぎやしません?」

「……待って、和輝君まで! 違うよ、何か誤解が生まれていないかい!?」

「いや、誤解もなにも……俺たちが口出す事じゃないんだけど、ただ振り幅が広すぎると言うか」

「いやいや! 待って、やっぱり誤解が生じてるじゃないか!」


 夢姫に続いて來葉堂の扉をくぐっていた和輝が怪訝な表情を忍ばせて苦笑いを浮かべると、桔子や八雲もまた怪訝な眼差しを美少年に注ぐ。


「優菜、上っ面だけの男に騙されちゃ駄目ですよ?」

「桔子ちゃんまで」

「上っ面……?」


 そのやり取りの意味が一人理解できていなかったらしい優菜は目をまん丸くしたまま、慌てる刹那を見つめていたのだった。



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