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ユメユメ~二年目~  作者: サトル
10.心有るべし
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10-5

 

 ――優菜が眠るように意識を手放した後、邸宅のある敷地全体をドーム状に包み込むかの如く張り巡らされていた“ま”の障壁は、主を失った兵隊達の如く霧散(ムサン)し跡かたも無く消え去っていた。


 降り注ぐ陽の光がまぶたを刺激する中、刹那は横たわる少女の背中と太ももに腕を差し入れるとそのまま持ち上げて自身の胸元で抱き上げる。


「警察に捕まったとしても僕の名前は出すなよ、ロンゲ」

「……抱えただけでその言われようは、流石にトゲが強すぎないかい佐助君」


 俗に言う、“お姫様だっこ”の形をとった刹那に冷ややかな視線を浴びせた佐助はため息を落とすと摩耶と共に門を開け立ち去っていく。

 それ以上言い返す言葉が出て来なかった様子で刹那は小さく息をつくと、護衛を引き受けたつもりになっている寛二朗を引き連れ一路來葉堂へと帰っていったのだった。



「――あの女の子(優菜)は、クララちゃん達が何とかしてくれるだろうね。……君達も、もう來葉堂に戻っても……」

「戻るわけないじゃないですか! 私達だって和輝さんの事心配ですし……ねえ夢姫」


 荒涼とした庭の端に残ったのは、桔子と八雲だ。

 薄雲が千切れた後の暖かい光が降り注いている庭の中央部では、罰を背負った色素のない身体に毒だったのだろう。

 八雲が日蔭を求めて建屋の壁に身を預けると、桔子もそれを追いかけた。


「……あれ、夢姫?」


 ふと、桔子は自らのそばにいたはずの親友の気配がなくなっていたことに気づくと、その名をつぶやいた。

 ――刹那たちを見送っていたときには、確かにそばにいたはずの夢姫の姿を探し、広い庭の殺風景な景色をスライドさせる。

 だが、そのどこにも夢姫の特徴的なツーテールヘアは見当たらず、桔子は首を傾げたのだった。

 


―――



「降参するなら早めに言ってもらう方が良いんだけど、そのつもりはない……?」


 一方その頃――和輝は刀身に光を宿すと、強く片足を踏み込み美咲の足元をすくう。

 運動神経はある方だ、と宣言しただけの事はあるようで、美咲はそれを難なく飛び跳ね避けると着地の反動を利用し和輝の刀を振り払った。


 刀を構えなおすと、どこか余裕さえ感じられる落ち着いた口調で、和輝は首を傾げる。

 その余裕の表れか……その手に光る道具“刀”はそれまでの戦いよりもずっと眩い光を携え、強さを誇示しているかのようであったのだ。


「ありませんねえ! まとえ、負けイベントだとしても引けない時ってあるんですよ、無理やり蘇生させられたりしてね!」

「……吾妻、ゲームとかの話が混ざって無い? 趣味なの?」


 まるでロールプレイングを終わらせるかのように一方的に口を閉ざすと、今度は美咲が間合いを詰めて小柄なナイフで弧を描く。

 大柄な刀の軌道では、むしろ懐に飛び込んでしまった方が致命傷を負わないと言う判断を下したらしい。その判断は正しく、和輝は小さく構えた刀身でナイフの切っ先を受け流す一方と相成り、自身の動き方を思案するばかりとなっていた。


「もう、引くに引けないじゃないですか! ……俺が許してしまったら、被害者が黙ってしまったら……事件はどんどん“過去”になっていくんです! 人々の記憶から消えて、当事者の……傷を負わせた加害者すらも罪を忘れて……!」


 ――ただ、普段“鬼”と対峙している時とは違い、和輝には冷静に判断するだけの余裕は残されている。

 一見不規則に振り回されているように見える銀色の切っ先も、よくよく見ていると一定のリズムの元で弧を描いているようだと和輝は察した。


「“疫病神”にとって大事なものを壊せば、その悔いは一生彼の中に、決して発芽しない“種子”のように居座り続けるじゃないですか! その大事なものが“贖罪の象徴”だったら、尚の事ですし!」


 定められた感覚を掴んでしまえば、隙を見つける事も容易い。

 どこか言い聞かせるかのように紡がれ続ける美咲の言葉をナイフの切っ先のように受け流すと……和輝は一瞬生まれた隙をついて間合いを取った。


「色々考えてるようで……悪いけど、俺は負けてやれない、から……!」


 美咲が間合いを詰めるよりも先に刀を横一文字に構えると、和輝は腰を落とし片足に重心を預ける。

 守りに入るべきだと悟った様子の美咲が心もとないナイフを胸の前で構えなおしたその時―― 


「和輝! 助けにきてあげたわよぉ!!」


 ――開け放された窓からは冷たい風にはためかせたミニスカートを翻す特徴的なツーテールヘアの少女の素っ頓狂な甲高い声が流れ込み、古びた廊下に反響する。

 ある意味予想を裏切らない人物の乱入に、和輝は足に預けた重心を緩めてしまったのだった。


「…………水瀬先輩、“ケーワイ(クウキヨメナイ)”って言われたことありませんか?」

「ほえ? 無いけど何それ」

「いやあるよ多分。少なくとも俺は今、そう言いたくて仕方がない」

「和輝まで何それ」


 ――夢姫が力ずくで開け放した窓の枠から飛び降りると、手入れのされていない廊下には埃が舞い上がる。

 ヒーローのようにポーズを決めて格好良く構えて見せた夢姫だが、そこに注がれる和輝達の視線はいたって冷静……いや、冷ややかともいえるほどのものであった。


「……まあ、むしろ好都合っぽいですかね、この場合の乱入は」


 前方の和輝と、背後で仁王立ちしている夢姫とに挟まれた格好の美咲であったが、窮地に陥ったと言うような感覚では無いらしく、どこか面倒そうにため息を落とす。


「――あ……! しまった馬鹿水瀬、離れ……!」

「何よ和輝まで馬鹿バカ言わな――」


 先に続くであろう美咲の言葉を察した和輝が刀を引き横に構えるや切りかかろうと一歩踏み出す。

 ……だが、それよりも幾分か動きが早かった美咲は微笑みを作ってみせると和輝から引きさがるように一歩後ろに下がり――

 “(道具)”を持たないままポーズを決めていた細い手首を片手に掴みあげると、もう片手に握られたままのナイフの切っ先を夢姫の首筋につきつけたのだった。


「はい、灯之崎先輩、動いちゃダメですよ? ……動いたら、まずは水瀬先輩を分割しちゃいますからね」



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