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「――確かに俺は……優菜や風見先輩のように“感情に任せた暴走”みたいなのは出来ません。力も人並みでしょう。……でも、逆に俺のような意思が固まった人間って、感情の粗も無くって“説得する余地も残っていない”……そう考えられませんか?」
先に返したのは美咲の方である。
明りが灯ることも無い、朽ちた間接照明を見上げると――息を吐き埃を宙に舞いあがらせた。
その目に宿るのは“絶望”とも“失望”とも違う。“虚無”と称するのも違和感を覚える……まるで全てを悟り達観したかのような眼差しであった。
「復讐目指すキャラって、大体皆“そんな事してもお母さんは喜ばない”とか“復讐は復讐しか呼ばない……”って言われるんですよ。主人公に。でも実は心のどこかに迷いがあって、“本当は誰かに止めて欲しかった……!” なんて心の隙をつかれて失敗に終わると思うんですよ」
創作物の中で聞いたことがあるような安い台詞を紡ぎながら、美咲は鈍色の切っ先を規則的に振り回す。
「今までだって、俺の境遇を知った人達はみんな同じような文言並べて説得しようとしてきたんです。……でも、誰かの言葉で思いとどまるほど、安い感情じゃない……俺にとって、母の命はそれほどまでに重いものなんです。誰かに止められるようなものではありません!」
まるでありふれた言葉達ばかりではあったが、それらは彼が実際に受け取ってきていた言葉の数々――いわゆる“建前”であったのだろう……実際にその光景を見た訳ではない和輝だが、退屈そうな美咲の乾いた笑みを前にそう感じとっていた。
「……気持ちは分かるし、実際、師匠がやった事は許される事ではないのも分かるよ? ……でもさ、テンプレ的な安い言葉だろうけど……復讐をやっても良い、と言う事にならないのは事実だよ」
「……」
「確かに、母親を目の前で失う……命を救えない歯がゆさなんてそうそう経験することではないし、あんたと同じ立場の意見なんて言えないけど。きっと、想像する事は出来るんだ。だから……あんたの周りの人だって、きっと吾妻に前を向いて生きてほしいと願って……」
「それが余計なお世話ってもんなのですよ。別に俺の気持ちを分かれ、なんて思いません。ただ、“清く明るく美しく生きる”だけが正しいか? って話です。ひねくれたって、闇抱えてたって人間は生きていけます!」
「それは……」
言葉を失いかけた和輝の僅かな隙をつくように、美咲は大きく足を踏み込むと手にしていたナイフを振り上げる。
切っ先の射程範囲内に入ってしまった自身の顔を庇い、刀を構えなおした和輝であったが……手の甲からは鮮やかな赤が花弁のように舞い散った。
慌てて距離を開けると、和輝は片方のパーカーの袖で傷を覆い隠した。
「け……結局みんな、誰しもが他人事なんですよ! “可哀相”って思える自分が可愛いだけなんです! 関係が無いから優しいふりが出来る。野良猫にえさをあげて偽善者ぶるだけのお手軽ボランティアと一緒ですよ。俺は俺なりに考えて選んだ道なのに、“テンプレ”にそぐわないってだけで決めつける……!」
鋭い痛みを堪えて眉をしかめる和輝を前に美咲は少しだけ躊躇した様子を見せたが、すぐに気を持ち直すとナイフの柄を両手で握りしめた。
「……何度だって言います。“こんな事したって母親は喜ばない”? 復讐なんて死んだ人の為にやるものじゃない、だって死人に口はないのですから……所詮は残された人間の自己満足ですよ。“復讐は復讐しか呼ばない”のなら、復讐に来れば良い。その時は俺もまたその復讐をします。とことんまで共に堕ち往くだけ、余計な考えもいらないでしょう!」
少年が握る小柄な得物は、その切っ先を微かに震わせる。
まだどこかに迷いがあるのかもしれない――和輝は“ま”の影響を受けない……冷静なままの心でそう判断は出来たが、同時に“説得を試みるだけ時間の無駄だ”とも考え至っていた。
「――だったら、俺はその復讐を止める。でも、別に本来断罪されるべき師匠の為じゃなくて……勿論、偽善でも無い。そうだな……あんた佐助の同級生なんだろう? あいつ友達いないから、俺が勝ったら復讐なんて諦めて、あいつの友達にでもなってやってよ」
和輝の手に握られた刀にはそれまで以上の暖かな光が宿る。
それは彼自身の心そのもののようで、迷いを持たない純粋な光であった。
目の前で声に耳を傾けていた美咲は一瞬だけ目を見開くと、“本人が聞いたら顔真っ赤にして怒り狂いそうですねえ”とため息を落としたのだった。
「ま、そういうユルい理由でも、戦ってくれるならそれで良いですよ。……俺から“ま”が出ないのであれば、今って先輩も“シラフ”みたいなもんなんですよね? だったら……シラフ同士、当人の純粋な身体能力だけなら俺でも勝ち目はあると思うんで!」




