一章 第五話
「そう言えば、ガイウス。さっきから一言も喋っていないが、お前からも何かないか?」
この話し合いに出席しておきながら、いまだ口を開いていない男にレオが意見を求めた。
ガイウスは王国の軍隊の将軍である。無口な男で、めったに笑うことはないが、その筋骨隆々な見た目からは想像できないほどの読書家でもある。
「……」
目を瞑り、腕を組んだまま何の反応もしめさないガイウスに呆れたのか、レオはため息をつく。
戦うことにしか興味が湧かないのは知っていたが、ここまで国の行く末に関心がないとなると何故この場にいるのか疑問である。
「まぁ、いい。ガイウスには帝国との戦いにさえ力を注いでくれれば……さて、と。おい、お前。ええと、名前なんだったかな、コガリュートだったな」
カタリナが間違えて覚えたものがそのまま伝わってしまったらしい。
今更訂正するのも面倒臭いと思った流斗は何も言わなかった。
「待たせてすまなかったな。ご覧の通り、ジジイ二人のせいで面倒なことになった。俺は英雄が二人いても構わないんだが、言い伝えを大事にする連中も多い」
コーダのことをチラリと見やり、肩をすくめて見せる。
その堂に入った仕草に流斗は若干イラッとくるが、周りも同じ気持ちらしく顔をしかめていた。
「申し訳ないんだが、これからこちらの方で真の英雄を決めさせてもらう。いきなり召喚されて不快に思うだろうが、許してはくれないだろうか」
「別に俺としては異世界に呼ばれて嬉しいこと、この上ないんですが……英雄に選ばれなくても構わないです」
流斗の言葉にレオは目を丸くする。
不満の声を聞くと思っていたのだろう。それはレオに限らず、サイラスやコーダも驚いていた。
ただ一人、ガイウスだけは無反応だったが、この男はもしかして寝ているだけなのではないか。
「フ、フフ……いや、こちらとしてはありがたいが、もう少し不満を露にして何か要求した方がいいぞ。せっかく、英雄として召喚されたんだ。通るうちにわがままを言うのも世渡りには必要なスキルだぞ」
「やはり、私の召喚した人物こそ英雄に相応しい。見ろ、サイラス。この謙虚さを」
「ハッ、もっと剛毅な人物の方が箔もつくだろうに」
コーダの得意げな顔にサイラスは忌々《いまいま》しげに毒をつく。
一方、レオは流斗に興味を示したように瞳を怪しく光らせるが、まるで蛇に睨まれたカエルのように流斗は縮こまってしまう。
この言いようのないプレッシャーはどこかで感じたものに似ていた。
アレはどこだったか。流斗は思考を巡らせるが、靄のかかったように思い出せなかった。
「こちらの英雄候補様も納得したことだし、これより選択方法を考えようか。そうだな、ジジイどもに任せても時間の無駄だからオレが決めるとしよう……シンプルに、戦わせて勝った方を英雄ということでいいだろうか」
レオの発言に二人のジジイは頷く。
他国への牽制ということも考えると、実力が高い方がいいに越したことはない。
当然の選出方法ではあるのだが、これに反対するのが二人、流斗とカタリナである。
「ちょっと、待ってくれ。俺にそんな戦闘能力はないぞ。さっき、ジジイに尋ねても何かしらのスキルが身につくわけでもないみたいだし……ぶっちゃけ、あんたらの方が強いまであるぞ」
「私も反対です。せっかく、遠い場所よりお越し願えたのに、戦わせるだなんて……」
カタリナも反論してくれて、流斗は心強かった。
人間誰しも、自分に味方してくれる人はいるだけで救われる。
そのことを実感出来るだけでも、異世界に来た甲斐はあったと流斗は感動する。
「んー、そんなハズはないんだがな。過去に各国で召喚された英雄たちは皆特殊な能力を持っていたと聞く。この国に召喚された奴は地面を裂いたと言われているらしいが」
召喚の間で聞かされたことと同じことを再び聞くことになろうとは。
もしかして、自分では気づいていないだけで、何か能力を持っているのかもしれないと流斗は期待を持った。
「それじゃ、俺はどんな能力をもっているんだ?」
「それは知らんよ。なんせ、今初めて会ったばかりだしな」
レオが軽い口調で流斗の疑問を一蹴する。
そのまま、悪人面の宰相へと能力に関する質問をした。
「サイラスの方はどうだ? 何の能力を持っているとか聞いていないのか」
「いえ、まだそこまで話を聞いておりませんが」
「まぁ、昔話だしな。多少脚色しているところはあるかもしれん」
レオが仕方ないなという風に身も蓋もないことを言う。
司祭のコーダが何か言いたそうだったが、流石に場の雰囲気を汲み自重した。
「そうだな。実力に関しては戦わせてみて使えなさそうだったら、最悪象徴として突っ立っているだけでいい。戦いはコイツに任せればいい」
そう言って、レオはガイウスに視線を送る。
『白の王国』最大戦力、その鬼神の如き強さはたった一人で他国の中隊レベルならば全滅できるほどだ。
「ですが、もし他国も英雄召喚を行っていたら……」
コーダの心配をレオは問題ないとでも言うかのように一笑に付す。
「こちらの英雄が何の特殊技能も得ていないのなら、向こうも同じだろう。絶対とは言い切れないが、英雄召喚に関しては万国共通。どちらかが不利になるようなものではない」
過去に行われた英雄召喚は各国の元首が一堂に会して行ったと言われている。その時に使った召喚の儀式の方法をそれぞれの国に持ち帰り、現在に至る。
すなわち、どの国も召喚方法は同じ。違いがあるとすれば、引き当てた英雄の質くらいだろうか。
「とりあえず、コガリュート。戦闘に自信がないのならそれで構わない。まずは二人の英雄の優劣をつけるために戦ってくれまいか」
「あんま、気が乗らないな……相手の考えも気になるし」
「確かにな。オレも、もう一人の英雄が気になるし、会ってから決断してくれればいい。それと、そこの文官殿の意見だがな」
レオはカタリナの方に薄緑の瞳を向けた。
どうでもいいと言いたげな視線だが、流斗の手前、相手をしてやっている風にもとれる。
「今話したように、もう一人の英雄と会って決めてもらう。双方の合意が得られれば文句はないだろう?」
このような扱いには慣れているのだろう。
コーダはまだ彼女に敬意を払っていたが、サイラスやレオの視線は彼女を侮るものが混じっていた。
「……はい、分かりました。勇者様がそれでいいと言うのなら、私に文句はございません」
小さな女の子が何かに耐える姿というのは、なぜこうも愛おしいのだろうか。
涙目になっていないのは、彼女の精神力の高さを物語っている。
「よし、話はまとまった。では早速、サイラスの召喚したという英雄の元へ行くぞ」
レオが両手で乾いた音を奏で、皆の今後の方針を打ち立てる。
ここまで流れに身を任せていた流斗だが、これからのことに一抹の不安を感じた。
着々と向こうに都合の良い存在にされているが、もし、もう一人の英雄次第で戦うことになったらどうしようと悩む。
いざとなったら全力で断ればなんとかなるという考えもあるが、レオの言ったようにきちんと考えて交渉すべきだった。こういう行動の遅さが、後になって悔やむ原因を作る。
そして、今回もまた。彼は己の行動に後悔する。