一章 第四話
「ここで少々お待ちください」
カタリナは豪華な扉の前で立ち止まると、流斗にお辞儀をして中に入っていった。
司祭のコーダも彼女に付き従っていくが、他の面々はいつの間にかいなくなっていた。
周囲を見回してみると煌びやかな内装のスゴさが目を引く。
召喚された部屋は祭壇を中心に落ち着いた内装だったが、今流斗がいる場所は危機に貧している国とは思えないほどの威光を放っていた。
「お? ここから外が見えるのか」
窓はないものの、廊下の意匠による採光用の隙間から外の景色が覗いている。
そこから見える景色は予想以上のものだった。
白亜の建物が並ぶ姿は美術の本に紹介されている外国の街並みのようだ。
荘厳で美しい建造物はこの国の建築技術の高さをうかがわせる。異世界ゆえに、先ほどの治癒魔法のような建築の魔法も存在しているのかもしれないが、それでもここまで立派なものは素直に素晴らしい。
「これは……すごいな。ここまでの規模だと、相当大きな国なんだろうな」
流斗がいるのは国王のいる宮殿なのだろう。そこから伸びる道には噴水や庭園が広がっており、かの王の権力の強さを感じさせる。
中央通りには人々の活気が満ちており、商業面も十分に潤って国民の生活水準も高そうだ。
現代社会のような高層の建物はないが、石造りの建物は細かな装飾が施されており剛健さと豪奢さを兼ね備えている。
白を基調とした国としての風格に流斗はただただ圧倒された。
「お待たせしました」
可愛らしい、それでいて意志の強さを感じさせる声が後ろから聞こえた。
振り返ってみると、カタリナがまるで営業スマイルのような笑顔を貼り付けていた。
「ここ、すごいね。建物も綺麗だし、人々も楽しそうに暮らしている」
「ありがとうございます。我が『白の王国』は周辺の国の中でも圧倒的な力を持つ国ですので」
「それなのに英雄が必要なのか?」
「……大国としての矜持がありますので」
歯切れの悪い口調でカタリナは表情を暗くする。なにか事情があるのだろうか、彼女にも深刻な問題がありそうだ。
しかし、流斗は大国というのが気になった。それほどまでに強大な力を持っているのなら、この国の勇者になるのは存外大変なことなのかもしれない。
「失礼しました。準備が整いましたので、こちらへ」
カタリナは開いた扉の前に立ち、流斗に入るよう促す。
一歩足を踏み入れただけで分かる高級感。ふかふかの床は高級絨毯を敷き詰めたかのよう。
煌やかではあるものの不快感をあたえない程度の黄金の彫刻。
全てがVIPを歓迎するために作られた造形であることを考えると、この場にいるのは不釣り合いと感じてしまい、身が強張る思いだ。
部屋にいるのは流斗とカタリナを除いて四人。
司祭のコーダと、悪巧みが得意そうな老人、全てを見下したような青年に実直そうだが無愛想な男と個性豊かな面子だ。
「ハッ、その貧弱そうな男が勇者だと? おい、コーダよ。本当に召喚の儀は成功したのだろうなぁ」
「黙れサイラス。貴様の方こそ、余計なことを。勝手に召喚の儀を行って許されると思わぬことだ!」
「じいさんたち。下らない争いするなら出て行けよ。これからのことを話す場で時代に取り残された遺物は邪魔なだけだぜ」
「……」
各々が険悪な雰囲気を出しており、流斗は今すぐこの場から抜け出したい気分になる。
だが、すぐ背後のカタリナから感じる無言の圧力によって金縛りにあったかのように動けなくなってしまう。
仕方なく流斗は四人の動向を見守ることにした。
コーダと直接争っている邪悪な顔立ちのジジイがサイラスのようだ。彼はこの国の宰相の職について国の政治を動かしているが、自分と同じ発言力を持つ司祭のコーダを目の敵にしていた。
「ワシはこの国の運営を任されておるのだ。英雄召喚も、ワシ主導で行うのが筋というもの」
「何をいう! 英雄を迎え入れるのは我ら『明けの女神』教団だ! 我らが召喚せずして、伝統を守れるか!」
「伝統? 今我らに必要なのは他国に国威発揚を行えるだけの人物だ! 国王の体調が思わしくない今、代わりに象徴となる人間が必要なのだ! 心の拠り所に過ぎない教団風情が国の行く末を語るな!」
サイラスが拳を握り熱弁をふるう。
現国王のマルクス・アドラーは民から慕われる名君だったが、現在は周辺国との緊張からか体調を崩し表舞台には出ていなかった。
このことが公になっては他国に攻め入られる口実になってしまうため、これを危惧したサイラスが重鎮たちに箝口令を敷いた。
しかし、国の元首がいつまでも姿を現さないとあっては皆不審に思ってしまう。
さらに隣国の『黒の帝国』との関係悪化は急を要する事案のため、英雄を召喚して早めに手を打つ必要があった。
それらを解決するために国を守護する新たな象徴、昔の災いを払ったように外敵を討ち滅ぼす者の両存在を手に入れるための解決策が英雄召喚の儀式だった。
「もっとも、国王様が表舞台に立てないならば、代わりにルキウス様が皆をまとめてくだされば良いのじゃが……」
サイラスがこの場にいない王子の名前を出すと、コーダも頭を抱えて政敵の意見に渋々と同意する。
「それについては同意するが、行方がわからぬ以上、いないものとして話を進めるしかあるまいて」
「貴様に言われんでもわかっておる! 国王様もそのことを気にかけていたが、今は帝国を何とかするのが先決。国王様も藁をも縋るお気持ちなのだ。だからこそ、英雄召喚を行うことをお決めになられたというのに……全く」
サイラスが嘆息したのを見て再びコーダが何かを言おうとしたが、青年の言葉に阻まれる。
「サイラス、そのへんにしておけ。話が進まねぇ……とりあえず、現状を確認するぞ」
自分よりも年上の者を呼び捨てにしている青年はレオという。
元々はこの国の人間ではなかったが、その能力の高さから王国に迎えられた。
普段は何をしているか不明だが、国の緊急事態のときにどこからか姿を現し、解決に協力している。
深い色を湛えた髪に、全てを見通すかのような瞳。彫刻のように整った顔立ちが彼をヒトではない何かに感じさせる。
「まず、英雄召喚に関しては成功。ただし、ジジイどもが見栄を張ったせいで、二人の勇者様が誕生した、と。だがまぁ、別に勇者が二人いてもオレは別にかまわないと思うんだが」
「何を言うのです! 昔の言い伝えでは各国一人ずつ英雄を召喚したとあります。きちんとその慣習に則るべきです」
コーダがレオに反論するが、サイラスはそうは思はないようだ。
コーダは宗教団体に所属しているためか、教えに忠実な分融通がきかないようだ。
そんなコーダにサイラスは再び煽るように絡む。
「だが、貴様の召喚したというそやつがきちんと英雄たるか分からぬではないか」
「お前もだぞ、サイラス。オレはまだ貴様の召喚したという英雄を見ていないんだが? どうしてこの場にいない」
しかし、レオによってサイラスも批判の的になる。
「レオ殿の言うとおりですぞ。サイラス、貴様の召喚したという英雄はどこにいるのだ」
二人からの質問でもサイラスは動じることなく、自信のある態度を崩さない。
特徴的な鷲鼻を上に向けて、自分の能力が二人の考えているものより上であるかのようにアピールをする。
「ワシの召喚した英雄ならば、部屋で休んでおられるところだ。召喚酔いがあったらしくてな、治癒の呪文をかけてもらっておる」
「ふんっ、なんだ。貴様のとこのは召喚されただけでダウンか。うちのは何ともなかったぞ」
コーダが勝ち誇ったように、顔をニヤリと歪ませる。
ここまでぼんやりと眺めていた流斗だが、ジジイたちの会話でおっぱいの大きな少女とのやり取りを思い出していた。
「そう言えばパレスって言ったかな。あの子とはまた会えるだろうか」
「この話し合いが終わりましたら、呼びましょうか?」
そばに控えていたカタリナが気を遣ってくれたが、流斗はその申し出を断った。
「いや、いいよ。わざわざ呼んでもらうのもなんだか悪いし」
「そうですか」
特に気を悪くした様子もなく、カタリナはすぐに引き下がった。
小さいなりに相手を気遣えているようだが、この国を動かす老人たちがあの様では色々と疲れるだろう。
彼女が見た目以上に大人びている原因の一つはあのジジイたちのせいだと流斗は確信した。