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歓迎するよ、勇者様  作者: 喜多逢太郎
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一章 第三話

「失礼します! 司祭様はおられるでしょうか!」


 声を張り上げて入ってきたのは、ゆるふわな髪型が愛らしい小柄な少女だった。子供とはいえ、ハキハキした言葉は彼女の知性の高さを感じさせた。さらに、メッセンジャーにしては華美な服装をしている。もしかしたら位は上の方なのかもしれない。


「おお、カタリナ様。一体どうしたのです? 英雄召喚でしたら、無事成功しましたぞ」


 偉そうなジジイが相好を崩して話しかける。

 流斗を睨んでいたくせに素早い切り替えだった。泣いていた少女も、目尻に溜まった涙をぬぐって姿勢を正した。

 国難を切り抜けるための当てが出来たとばかりに喜ぶ老人ズとは裏腹に、カタリナと呼ばれた少女は流斗の姿を見て浮かない表情を見せた。

 流斗の姿を遠慮がちに眺めていたと思うと、何かを考える素振りをする。


「どうかしましたかな?」


「ええと……すみません、そちらの方が、その……」


 伏し目がちに流斗をうかがいみる姿はなんと庇護欲がそそることだろう。

 こんな娘に「お兄ちゃん……」と呼ばれたら色々なものが絶頂してしまうことに違いない。

 自分を見つめていることに気づいた流斗は小柄な少女に手を振るが、少女はビクッと肩を震わせて一歩後ろに下がってしまった。


「ええ、こちらのお方こそ我々の国を救ってくださる勇者様ですぞ。多少性格に難があるかもしれませんが、まぁ英雄というものはそういうものなのでしょう」


「はぁ……それで、お名前は? なんとお呼びすればよろしいのでしょうか」


「それはですな……おや、私としたことが。そう言えば、まだお名前をお聞きしておりませんでしたな。改めまして、私はコーダと申します。後ろの二人、あなた様に現状を説明したのがブラック、もう一人がゼンメルです。治癒に来て、あなた様に泣かされたのがパレスといいます」


 最後にトゲを感じたが、偉そうなジジイ、コーダは丁寧に紹介をしてくれた。

 一方、パレスはカタリナの前で泣かされたことを明かされ、恥ずかしさでモジモジしている。

 その姿に流斗はボディはいいんだけどなぁ、と失礼なことを考えていた。


「で、俺の名前だな。俺は古賀流斗こがりゅうと、親しみを込めてコガっち、コガリンと呼んでくれてもいいぜ」


「コガ、リュート……様ですね。コガリュート様」


 名前を覚えるように反芻しているが、何やら別キャラのような名前になってしまっている気がする。

 しかも、流斗の渾身の寒いギャグを華麗にスルーしているため、彼のちっぽけな自尊心は傷つけられてしまった。


「司祭様、少しよろしいでしょうか」


 カタリナが困った顔をして、コーダを離れた場所に招いた。

 何か流斗に聞かれたらマズイ話でもあるのだろうか。


「まさか、変な名前ですね。プークスクスってことじゃあるまいな」


 流斗がいらぬ心配をするが、残された面子はどう接していいものかわからず微妙な表情をして愛想笑いをしている。

 仕方ないので流斗はカタリナたちの方を見やるが、話はなかなか深刻そうな雰囲気だ。


「なんと! そんなことが……ううむ、一体どうするのです……確かにそうするしかなさそうですが。しかし、サイラスの奴も余計なことをしてくれたものです」


 コーダが何やら大声をあげて驚いているが、流斗には皆目見当もつかなかった。

 しかし、二人してこちらをチラチラ見ていることから推察するに、自分のことなんだろうな、ということは理解できていた。

 ある程度話がまとまったのか、二人が流斗のもとに戻ってくる。

 その表情は浮かないものだったが、流斗に気取けどられないように取り繕っているようでもある。


「申し訳ありません、コガリュート様。どうやらこちらで手違いが起こってしまったようでして……ここで話すのも場違いでしょう。どうぞ、こちらに。これからのことを貴賓室でお話したいと思います」


 カタリナが小さいにも関わらず、しっかりと役目を果たそうとしている姿に流斗は感心する。

 残念なことに名前はコガリュートで固定されてしまったようだが、そんなこともあるかと早々に諦めた。

 今まで生きていた世界とは違い、こっちでは国民一人一人登記され監視されることもないだろう。

 名前の差異など微々たる問題と流斗は自分を納得させた。


「足元にお気をつけください」


 他者をいたわるカタリナの気遣いに流斗は涙を流しそうになる。

 ここまできちんとした人の扱いを受けるのは初めてのことだった。

 親の顔も知らず、気がついたときには鬼のようなお姉さんに育てられていた流斗の人生は過酷なものだった。

 言われたことができなければ折檻を受け、何度も血で顔を濡らした。

 必要最低限の生活をさせられ、精神が擦り切れそうなほど摩耗しても彼は鬼の元を離れるということはしなかった。

 親戚と名乗る人間が流斗を引き取ると言ってくれたが、幼い頃の彼は何故かその申し出を拒否していた。

 大きくなって『学校』に入学しても苦しい生活は続いた。

 休みたくて、過去に自分を助けようとした親戚の名前をありがたく忌引き休暇に使ったが、心が痛むことはなかった。

 鬼に育てられて彼の心はどこか壊れてしまったのだろうか。

 もし、そうだとしても。現実世界のしがらみから解放された流斗は晴れやかな気分になるのを感じながら、カタリナの小ぶりなお尻を眺めながら後をついていった。


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