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歓迎するよ、勇者様  作者: 喜多逢太郎
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一章 第二話

「あー、つまりここは異世界ってことでおっけぃ?」


「異世界というものの定義がわからないですが、おそらくあなた様の考えで合っていると思います」


 偉そうなジジイの言葉で確信を得る。

 ここは異世界。現実世界に疲れた人々の理想郷。

 ここではない、どこかを夢想して早数年。本当にこんな場所にたどり着くとは思わなかった流斗は感激で身を震わせた。


「ハハ、やった! あのクソな日常とはオサラバだ! これでもう――!」


 最後の言葉は感極まった叫びで誰の耳にも入らなかった。

 だが、流斗を治療に来た彼女だけは、何やら不穏な単語を聞いた気がした。


「あの、それで。勇者様は我が国を救っていただけるのでしょうか」


 今度は流斗がエロオヤジと心のなかで命名したジジイが話しかけてきた。


「救うといっても何をすればいいんだ?」


 流斗は疑問を口にする。

 眠気と戦いながら聞いていた先ほどの話では国家間の争いと言っていた。

 流石に一人でどうこうなる話ではない気がするが、象徴的な役割なら受けてやらないでもない。

 この楽園に導いてくれたのだ。多少の苦労はいとわないつもりだ。


「それはもちろん、戦ってもらいます」


「ああ、やっぱり? そりゃ異世界召喚ともなればお約束ですよねー」


「ハハハ、ご理解が早くて助かります。その反応、期待してもよろしいのですね」


「ハハハハ」


「ハハハハハ」


「ハハハハハハ……いや、無理だろ」


 どう考えても一人で国家間の争いを収められるとは思えない。流斗は多少の技能を兼ね備えてはいるが、普通の人間である。国お抱えの軍隊と渡り合うにはハードルが高すぎる。

 流斗は荒唐無稽の展開に呆れていたが、まさかのアレか、と不意に天啓のごとく閃いた。

 異世界のお約束。そう、異能の力に目覚めるというアレだ。

 英雄として召喚されると、何かしらの能力を手に入れられるのだろう。

 それならばこの無理難題にも納得のいくというものだ。


「いや、なんのことを仰っているのかわかりませぬが、そんな付随効果は召喚の儀にありませんぞ」


「はぁん? それじゃ何のための召喚だよ!」


「ですから、救国のためのものでして……」


「疲れた現代人のためのものじゃないの!?」


「げんだ? いやいや、我々としても急に助けてくれとは図々しい願いだとは思っていますが、今はあなた様に縋るほかないのです!」


「そうは言っても、俺にできることなんて何にもないぞ?」


「ご謙遜を、あなた様は英雄召喚の儀によって選ばれた存在なのですぞ。ただのお人のわけがない!」


 盲目的な信仰に軽く目眩を感じる流斗だったが、彼らのためにも誤解は解かなければいけなかった。


「待ってくれ、俺はあんたらが思っているような力は持っていないぞ」


「何を言うのです。過去に召喚された英雄は武器をひと振りすれば地を裂き天を穿つらぬいたと言われていますぞ」


「神やん、それ」


 特別製の武器でなければ不可能な所業だった。まず間違いなく流斗には不可能な技である。

 そもそも、そんな奴を召喚してまで倒さなければいけなかった過去の怪物の存在は考えるだけでも恐ろしい。

 ひょっとして、自分よりも現地の人の方が強い可能性があるのでは、と流斗は思った。


「とにかく、俺は天を裂くことなんて出来ないし――」


「天を穿くですぞ!」


「やかましい! 申し訳ないけど、俺は期待に添えないよ」


「それでは、我々は誰に縋れば良いのですか! このままでは帝国の奴らに侵略されてしまい、滅亡の一途をたどることになってしまいます!」


「知らねぇよ。悪いが、俺にはどうすることも出来ない」


「私からもお願いします!」


 突如として、胸の豊かな少女が流斗に涙目で嘆願してきた。

 清楚な少女の嘆きは、誰もが心を動かさざるを得ない。それが悪鬼羅刹であろうとも例外ではない。

 流斗は彼女の大いなる実りに目を奪われる。

 それは今までの人生で見た中で、最もぶるんぶるんに動いていた。


「お、おう……」


 その圧倒されるボリュームに身を引きながらも、流斗は彼女に残酷な事実を告げなければいけなかった。

 それは身が引き裂かれそうな思いではあったが、彼女のためにも必要なことだった。


「まだ名も聞いていない清らかな君よ、申し訳ないが君に大事なことを告げなければならない」


「えっ……」


 流斗の真剣な眼差しに彼女はドキリとする。

 異性からの眼差しに身体に熱を帯びていくのが分かる。

 トクン。胸の高鳴りにこれから告げられるであろう言葉に自然と期待が集まっていく。

 悩ましげに眉を寄せて、胸の前に手を合わせる姿は女神像を思わせる神々しさを感じさせた。


「すまないが、俺はメガネっ娘に興味がないんだ」


「は……?」


「もう一度言おう、俺はメガネの着用には慎重派の意見に回らざるを得ないんだ。だから、君のボディには素晴らしいものがあるが、そこまで食指が動かないんだ」


「……」


「わかって、くれるかい?」


「何を言っているんじゃ、お主は」


 ジジイ三号が突っ込みを入れるが、ここまでスルーされていた奴の意見を聞く気はない。

 男にとって、女の子の趣味趣向は決して譲れないものだ。

 たとえ戦争になったとしても、譲れない戦いがそこにはある。

 それほど大切なものなのだ。この思いはきっと彼女にも伝わってくれるだろう。

 しかし、流斗の思いは予想だにしていなかった反応で打ち崩されることになる。


「わ、わたしって、そんなに、だめ……ですか?」


 静かな嗚咽おえつと共につむぎ出された言の葉は聞く者の胸を激しくかき乱した。理不尽な誹謗中傷に心を傷つけられた乙女の嘆きほど効果的なものはないだろう。珠のような涙を流しながら、それでも彼を叱責する文言を吐かずに自分を責める姿はとても悲痛だ。

 純粋な者の慎ましやかな叫びはやがて、その原因となった者を厳しく糾弾する。

 老人ズが明らかに敵意を剥きだした視線で流斗を責め立て始めたのだ。


「ちょっと、待ってくれ。これは予想外だ。もう一度チャンスをくれ。今度はもっとうまく断るから」


 その発言を聞いた無垢なる少女はついにさめざめと泣き始めてしまった。

 まるで悪役のような立場になってしまい、流斗はこれが異世界の洗礼かと恐怖した。

 自分を追い立てるオヤジたち、悲痛な泣き声を出している少女。まるでこの世の終わりのような混沌とした状況を打破したのはちんちくりんの少女の登場だった。

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