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歓迎するよ、勇者様  作者: 喜多逢太郎
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三章 第一話

作中、前の話から少し時間が経っています。

あと、この話から数話ほど主人公が出てきません。

 砂漠の国、褐色の商国は人の交易の多い国である。

 疲れ知らずの爬虫種の動物を用いてキャラバンを組み、調度品や貴金属などのやりとりを行う。

 しかし、純粋な商いを目的とするものだけでなく、一儲けするために博打を打つ者、人の気持ちに巧みに入り込み詐欺を働く者などありとあらゆる無頼漢の聖地でもあった。

 この国を治めているのはメルモーズ王子だが、彼もまた遊び人の側面が強すぎて、もっぱら宰相のクロードが政治を執り行っている。


「おい、聞いたか? とうとう白の王国と黒の帝国が正面からぶつかったらしいぞ」


「それよりも光彩の鏡国で謀反があったらしいぞ。そっちの方がヤバくないか」


「いたるところで戦いたぁ、物騒な世の中になったもんだぜ。ま、俺らはあくまで中立。どっちにも商品届けてりゃ、巻き込まれることはなかろうて」


 様々な人間が行き交うため世界中の情報が集う。

 それを目当てにしている各国の間者もいるが、ここでは政治的な要素を含む争いは御法度だ。

 わざわざ目立つまねをする愚か者はいない。


「やぁやぁ、諸君。今日も一生懸命商売しているかな?」


 井戸端会議を開いているオヤジどもの間に割って入る煌びやかな衣装の青年。

 緩みきった頬に人の良さそうな笑顔だが、彼らの表情はむしろ固くなっていしまったようだ。


「こ、これは王子。かようなところにいかがなさいましたか」


 立派なヒゲを蓄えたハゲ頭のオヤジが恭しく腰を曲げて挨拶をする。

 どうやら、この青年がこの国の主のようだ。


「そんな畏まるなよ、俺たちは同じ商人。良きライバルではあっても、そこに上下関係はいらないだろ?」


 馴れ馴れしく肩を組んでくる王子にオヤジの顔が蒼白になる。

 他のオヤジ共も慌てたように、低い腰をさらに低くする。


「おやめください! そんな、恐れ多いこと。クロード様に見つかりでもしたらことですぞ!」


「そうですとも、前もそうやって下々の者とつるんでいるところをクロード様が見咎められて大事になったではございませぬか!」


「……なんだよなんだよ。みんなしてクロードクロードって。俺はアイツのガキじゃァないんだ。自分のことは自分で始末つけるさ。それとも、まさか俺を疎んじているとか。そういう話じゃないだろうな?」


 笑顔は崩さずに、しかし、冷たい笑いをしてこの放蕩な王子は場を凍らせる。

 彼の存在に気づかない周囲の喧騒は変わらず、そこだけが極寒の地であるかのような肝の冷え方だった。


「なんてな。ま、冗談はさておき、何かネタになりそうな面白い話はないか?」


 重く伸し掛っていた重圧が消え、メルモーズはオヤジらから軽く距離をとって、彼らに人心地つかせた。


「はぁ……そう言われましても、ここんところ戦いばかりで商売はそこそこなんですが、面白いかどうかと言われると」


「おい、アレはどうだ?」


 浅黒い肌の、若い頃は筋骨隆々だったであろう男がハゲオヤジの方に話を持ちかける。


「アレ?」


 話を振られた方は何のことか検討もつかず、ヒゲを弄ぶばかりで首をひねるばかりだ。


「ほら、最近話題の。なんか徒党を組んで色々荒らしているって噂の奴らがいただろ」


「ああ、いたなそんな奴ら。ここ最近、うちらの国に出没したんだって?」


 黙って聞いていたターバンを巻いたオヤジも思い出したかのように手を打つ。


「それはフェンリル盗賊団ではないのか? 奴らならば、国の警戒を強めねばなるまいが」


 メルモーズは険しい顔をして、自分が名前を上げた盗賊団の所業に身震いをした。


「いや、違いますぜ。奴ら確か今は青銅の国の近くにある森を根城にしていたはずでさぁ。話題になっているのはまだ名前も知られていない新興の集団で」


「そうなのか。流石は『駒鳥のアシル』、情報が早いな」


「いやぁ、へへへ」


 メルモーズに褒められた筋肉質の男は照れたように頭をかく。

 見た目にそぐわない二つ名を持っているが、この男。手広く情報を集めており、その筋では有名人である。


「しかし、大国同士の争いが始まってしまったというのに、盗賊団のような下々の者に直接被害を与えるような輩まで台頭してくるとは……いやはや、難儀な世の中よなぁ。俺のように遊びで物事を解決できたのなら、どれほど平和なことか」


「ははは、違いありませんとも」


 ハゲ頭が同意を示し、和やかな空気が流れ始めた。

 始めは王子という立場からオヤジ達の間に緊張が走ったが、この人懐っこい雰囲気に次第に彼らにも馴れが生じ始めていた。


「アシルよ。せっかくだから、その新興の集団についてわかっていることが他にもあるのなら話してみろ」


「そうですな……話題になり始めたのは白の王国近辺でしたかな。そこから南へ、徐々に活動の場所を移動していったようでしたな」


「白の王国……もしかしたら、王国出身の者かもしれないな。何かあったら、かの国をつついてみよう」


「おやめください王子。藪をつついて、こちらにも目を付けられでもしたら事です」


「ハハ、わかっている。しかし、そいつらは具体的に何をしてきているんだ?」


「そこまでは……しかし、奴らが通った後には金目の物がごっそりなくなっているって噂です。しかも、死人まで出しているとあっちゃあ、そのうち手配書が作られるのも時間の問題かと」


「ふぅむ。ならば俺にできることは、せいぜいこの国で悪さが出来ないように祈りながらサイコロを振ることしかないな」


 どこまでも人任せな王子にオヤジ達から苦笑いが漏れる。

 外は太陽が容赦なく光と熱を飛ばしている。それでも、街の人間は苦しい顔一つ見せずに明るく声を張り上げている。

 それも、国の象徴たる王子の陽気な人柄もあってのものだろう。


「いや、面白い話をありがとう。お礼に今度、宮殿で晩餐会を開いたときに聞いた他国の市場の話でも聞かせよう」


「おお、それはありがたい」


「それならば、青銅の国の話をお願いしますぞ。あそこは他よりも排他的でなかなか話が出回らないもので苦労しますのじゃ」


 ハゲ頭のオヤジはここぞとばかりにうまい儲け話にこぎ着くための注文をつける。


「わかった。アシル、お前はどうする? お前ほどならば、今更市場の話など興味もないだろうに」


 アシルは四角い顎を撫でながら思案する。

 自分は他二人のように物を売り買いしているわけではない。

 欲しいのは誰も知らないような情報。それこそ、今話してみせたように王族でも知らないような情報が。


「そうですな。もし、王子がよろしければ、今私が話した奴らのことを国に広めていただきたい」


 意図のわからないお願いにメルモーズは首を傾げた。


「別にかまわないが、いいのか? お前が手に入れた情報だろうに、それを俺が話しても」


「構いません。むしろ、広めてもらって、奴らの行動をもっと日の当たるところまで持っていきたいのです。今はあまりにも情報が少なく、誰も気にも止めていません。その状態では情報自体も闇に埋もれてしまうのです」


「なるほど。そういうことならば俺が責任を持って情報を広めようではないか。だが、やはりお前の言うとおり情報が少ないのが困るな。せめて、名前がわかればいいんだが」


「確かにそうですなぁ……ああ、そう言えば。奴らのかしらはあまり見かけない黒髪の男だそうで」


「黒髪ならば確かに珍しいが、別段誰かと特定できるものじゃあないだろう」


「いえいえ、それがかなり黒々としているそうです。何というか、この地域にはいないような目立つほどの黒さだったらしいです」


 黒髪。

 メルモーズの頭には、つい先日英雄として呼び出した別の世界の人間の姿が浮かび上がっていた。

 あの少年もこの世界にはない艶やかな黒だった。もしかしたら同郷だろうか。

 もし、アシルの望みをそのまま聞き届けて、彼にまで迷惑が掛かってしまうのは忍びない。


「他に情報がわかったのなら伝えよう。それまでは、そういう盗賊団が発足され注意が必要だという告知でいいな?」


「まぁ、確かに不明瞭な情報を流してあらぬ心配をさせても大変ですからな」


 アシルは納得して素直に引き下がった。

 この男は情報屋として、純粋に新たな情報を知るきっかけが欲しかっただけのようだ。

 メルモーズはそんな男に手を差し出す。


「お前だけ褒美と言えるような物をあげられなくてすまないな。何か代わりとなるものが見つかるまで、ここは俺の顔に免じて待っていてくれないか」


「そんな、もったいないお言葉。王子に気をかけられてもらえただけでも果報者でございます」


 差し出された手を両手でしっかりと握り頭を下げる。

 その姿はまるで、忠義を誓う家臣のようであった。


い」


 メルモーズはそれに満足したように笑みを浮かべ、他のオヤジ達にも頷いて見せた。


「また何かあったらよろしく頼むぞ。なんだったら宮殿に遊びに来てみてはどうだ?」


 茶目っ気たっぷりにメルモーズは言うが、オヤジ達にとっては恐れ多すぎて勘弁して欲しかったようだ。

 しかし、ここまでの彼らのやり取りが最初の時とは違う笑いを与えていた。


「ハハハ、ご冗談を。クロード様に見つかりでもしたら我々と一緒に王子も怒られてしまいますぞ」


「怒られるだけならばいいが。もしかしたら、幼子のように尻を叩かれるやもしれん」


 軽口を叩けるようになり、最早王族に対する畏怖はなくなったかのようだ。

 ほんのわずかな時間。彼らが過ごした一時はのち大事おおごとにつながるのだが、今はそのことに気づいた者はいない。


「それじゃ、邪魔したな。これからもせいぜい励んでくれよ」


 王子はそう言って、来た時と同じように何の前ぶりもなくサッと雑踏の中へと消えていった。

 背の高い王子だが、人の流れの速さもあり、あっという間に視界に映らなくなる。


「……ふぅ、最初は肝を冷やしたが噂通りの人だったな」


「ああ、奔放というか何というか。普通、王族相手に顔を合わせることなんてないものなぁ。これが他の国だったら手打ちもんだぞ」


 ハゲ頭と情報屋は胸をなでおろしながら、お互いに王子の自由気ままな行動に苦笑してみせた。


「お前もそう思うだろ? 『樫木の』」


 アシルは王子が来てから口数の減ったターバンを巻いた男の二つ名を呼んだ。

 しかし、その呼びかけに応じる声は聞こえてこない。


「あれ? アイツどこへ行った?」


「おかしいな。さっきまでいたはずなのに……王子が帰ったから、それに合わせて帰ったんじゃないのか?」


「それだったら、何か一言残していくだろうよ」


 アシルは厳つい顔にさらにシワを寄せて、ここ最近仲良くなった行商人の行方を訝しんだ。

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