二章 第十一話
「首を刺されても生きているとか、バケモノすぎるでしょう。結局、両腕を切り落とすまで粘り続けましたからね」
「ナメタ、バツ」
「いやいや、クライアントからの情報では身体能力が凄いだけで、特筆すべき要素はないって言ってたじゃないですか。なのに、何ですかアレ」
ハンスは周囲を警戒しながら、後ろをついてくる相棒のグスタフに愚痴を漏らす。
先ほどの戦いで、致命傷を与えても立ち上がり続けたヨゼフの強い眼差しを思い出し、ハンスは身を震わせる。
今、彼らはフリッカを捕らえることに成功し、街を抜けるために用意した馬車が置いてある区画に向かって急いるところだ。
夜も更けたとはいえ、いつ誰かに少女を誘拐している姿を見咎められないとは限らない。
素早く、かつ慎重に行動する必要があった。
「お姉さんの血の力が強いのか、それとも彼のお姉さんへの執念が強すぎるのか。ま、どうでもいいですけど。こちらとしては命をかけている以上、情報は正確に伝達されてほしいところです」
ハンスはため息をついて、グスタフに担がれているフリッカを見た。
騒がれると困るので気絶してもらっているが、彼女が静かなうちに目的地にたどり着きたい。
そう思うハンスだが、街全体に騎士が巡回をしており、思うように進まない。
「しかし、なんでこうも今夜は騎士が多いんですかね。何か騒ぎでもあったんでしょうか」
ハンスたちはフリッカを狙って街に潜入してからずっと彼女の観察を行っていたが、流斗のことが誘拐騒動に発展していたことまでは把握していなかった。
宿屋での騒ぎは、賞金首であることが王国にバレて騎士による捕縛から逃げたものだと思っていたのだ。
「この厳戒態勢具合は要人が関わっているレベルだと思うんですけど。グスタフさん、何か心当たりあります?」
「ズット、イッショ、ワカラ、ナイ」
「ですよねぇ、こんなことなら二手に別れて行動してれば良かったかな」
「ソレダト、カテナ、カッタ」
グスタフに単独ではヨゼフに勝てなかったことを指摘され、ハンスは痛いところを突かれたような表情を浮かべる。
確かに、グスタフの援護がなければ、今頃は首を吹き飛ばされた少年の死体が路地裏に転がっているところだ。
「まあまあ、僕もグスタフさんがいると思っての油断もあったでしょうし、過ぎたことをほじくり返すのはやめましょう」
ハンスは苦笑しながらグスタフに向き直って、己の窮地を救ってくれた相棒の頼もしさをアピールする。
調子のいいハンスにグスタフは呆れた顔をしたが、不意に空気の流れが変わったことに気づき周囲を見回す。
「ナンダ、ヘンナ、ケハイ」
「……そうですね。何かがこちらに近づいて来ているようです。どうしますか、このまま路地裏に隠れているか。多少強引に馬車のある所まで駆け抜けるか」
ハンスは回収した愛用の武器の残骸に手を伸ばした。
少年とはいえ、彼はプロである。現場に証拠となるモノは残してきていない。
ヨゼフに破壊されたが、まだ凶器としての価値は損なわれていない蛇腹剣の刃を構え、ハンスは辺りを警戒する。
「ココハ、マズイ、キシ、チカイ」
「確かに、下手すると挟み撃ちになってしまいますね。近づいている相手の力量はわかりませんが、騎士に見つかって仲間を呼ばれると数的不利になりますから、ここは路地裏の奥に引っ込んで近づいて来る方を迎撃しましょう」
二人は方針を定めると、すぐさま行動に移した。
フリッカを抱えているため自由に戦えないグスタフをかばうようにハンスは先行する。
まずは、迎撃ポイントの確保だ。
狭い路地裏の構造を活用できる所が望ましい。
「グスタフさん、後ろからの襲撃に気をつけて下さいよ」
「ハアク」
グスタフはフリッカを担ぎ直すために、ハンスから視線を切る。
彼女の重みなど大したものではないが、いざというとき邪魔にならないよう利き腕がすぐに動かせるようにする必要があった。
ハンスの忠告通り、後ろにも気を配る。
ギョロっとした目をせわしなく動かして辺りの地形を確認。
王国特有の白亜の建物の裏は現代のように室外機やゴミが散乱してるわけでもなく、石畳が綺麗に敷き詰められている。
障害物となるようなものもないため、建物の意匠によるレリーフを除けばあまり隠れる場所もない。
挟み撃ちにさえ気を付けていれば、練達の二人。
負ける要素はない。
グスタフは準備が整い、ハンスにいつでも行けることを伝えようと口を開いた。
「見っけ」
言葉は上から降ってきた。
瞬間、二人は真上を仰ぎ見ると同時に臨戦態勢に移る。
「まずはフリッカを返してもらうぜ」
既に流斗はグスタフの懐に潜り込んでいた。
襲撃者の予想を上回る速さに賞金稼ぎの二人は驚き、対応の一歩を踏み出すのが遅れる。
しかし、その一歩は常人からしてみれば一瞬。
グスタフは流斗に暗器を仕込んだ右手を突き出していた。
「……まずまずの速さ。でも」
流斗はグスタフの一撃を左に避けると、右手をカウンター気味にがら空きの腹部に叩き込んだ。
くぐもった金属のぶつかる音が響く。
「やっぱり、仕込んでいたか」
グスタフの体には鎖が巻き付けてあり、簡易な防具になっていた。
素手で殴れば傷を負うのは自分だが、流斗は道ばたの石を掌に握っており、インパクトの瞬間に掌底で相手に石を押し付けていた。
「キカ、ナ――ッ」
流斗はグスタフに密着した状態で足を払いながら、左に傾いた相手の脇腹に左手に持つナイフの柄をめり込ませる。
固いナイフの柄と自重で巻いた鎖が痩せた体に食い込む。
悶絶の声がグスタフから漏れ、思わずフリッカを落としてしまう。
「そう簡単に渡さないよ」
ハンスが流斗の背後に刃を突き立てようと襲いかかるが、流斗は後ろを確認もせずに身をかわす。
「いきなり来て、お兄さん何者?」
流斗は興奮と困惑が入り交じった表情をし、ハンスに笑いかける。
「何者、か……それは、俺が聞きたいよ。とにかく今は、囚われのお姫様を助けに来た勇者様とでも名乗っておこうか」
「……お兄さん。ないよ、それは。いい歳して、恥ずかしくないの?」
「あれ? この世界ってファンタジー要素ないの? お約束だと思ったんだけど」
「お兄さんが何を言っているのかわからないけど、アレだね。ようは、あの大男と同じくお姉さんにご執心ってことはわかったよ」
ハンスは今回の仕事のイレギュラーの多さに辟易としていた。
この男の情報はない。
しかし、グスタフに迫ったあの身のこなし。素人ではない。
ならば、油断せずにいつも通り意地汚く、任務を遂行するのみ。
ハンスは頭の中で感情を整理すると、グスタフの様子を盗み見た。
「ア……グ……」
思った以上にダメージは深刻なようだ。
いまだにうずくまっているグスタフにハンスは呆れた。
「いつまでそうしているんです? いい加減、起き上がって加勢してくださいよ。鎖が食い込むくらい、どうってことないでしょう」
「……チガウ、アイツ、サシタ」
「え?」
ハンスがグスタフの言葉の意味を理解するのに意識をとられた瞬間、ハンスの視界がぐるりと宙を舞う。
「んなっ」
「余所見をするとは、さすが異世界。温いなぁ」
流斗はハンスの側頭部に回し蹴りを食らわし、左手を地面に着けて体勢を水平にすると、そのまま両足を相手に突き出した。
流れるような動きに、必ず相手に二撃加えるのは師匠である七生の指導の賜物か。
「俺のいた世界だと、君ら生きていけないよ?」
流斗はそう言って、初撃に使用した石の代わりに右手に持ち直した血濡れのナイフをちらつかせた。




