二章 第十話
「リュート様……」
流斗の様子を見に来たカタリナが路地裏に入ってくる。
「カタリナ、こっちに来ない方がいい」
「でも……」
カタリナは死体を発見してからの流斗の雰囲気の変化に戸惑っていた。
言いようのない不安を払拭するために流斗に声をかけたが、流斗は顔をカタリナに向けずにずっと正面の大男の死体を見つめている。
「ごめんなさい。大変な事件に巻き込んでしまって」
「どうして謝るのさ。カタリナが悪いわけじゃない」
「それでも、リュート様をこの街に呼んだのは私たちです。呼ばれなかったら、このような事件にも遭遇しなかったでしょうし。それに、ヤト様が呼ばれていなかったらリュート様に血なまぐさいことをさせていたかもしれないんです」
カタリナは石畳の地面を見つめながら流斗に謝罪をする。
流斗はいまだカタリナに背を向けたままだ。
「それは違うよ。別にこの世界に呼ばれなくても、俺の周りが血なまぐさいのは変わらないし」
「えっ……」
「確かに、最近はソレが嫌で逃げて『学校』を休んだりサボったりしていたけど。根本的なところは何も解決なんてしていなかった」
流斗の独白は続く。
これは一体、誰に向けてのものか。
「もしかして、夜刀から聞いていないかな……聞いていないならいいや。とにかく、俺は人の生き死にに関わるのが嫌になっていたんだ。あのヒトに育てられて、言われるままに動いて……俺はある意味、人形だった」
流斗は何かを思い出すかのように死体から視線を逸らし、雲の多い夜空を眺める。
そうだ、フリッカに助けられて寝ていたときに見た夢の中の夜もこんな感じだったな、と流斗は心の中で思い出した。
「『学校』に入ってからも、ここに召喚されてからも、俺はあのヒトの人形だ。俺に出来ることは一つしかないんだって思い知らされたよ。どうあっても、俺の周りには死がまとわりつくらしい」
彼女に会ったとき、あのヒトを思わせる匂いを感じた。
アレは周囲を狂わせる魔性の匂いだ。
自身の思惑とは別に争いが絶えず起こり、大勢の人間が血を流す。
彼女は本当にあのヒトを探して復讐をするのだろうか、だとすれば二人に惹かれてより多くの死者が出るだろう。
流斗はこの世界に来た理由がおぼろげながらも理解した。
「多分、あのヒトの方が先に召喚されて、俺はそれに引っ張られたんだろうな。だから、俺はあのヒトを止めなくちゃいけないんだと思う」
「リュート様。リュート様は一体、これから何をなさるおつもりなんですか」
「わからない。わからないけど、とりあえず彼女を探してみようと思う」
「彼女……あの賞金首の人のことですか。でも、何があったのかわからないですし。第一、どこにいるのかも」
流斗は、根拠はなかったが見つけ出すことが出来るという確かな予感を感じていた。
彼女の死体がないということは生きている彼女が欲しいということ。
彼女の賞金首になった理由は彼女の血によるものだということは既に聞いていた。
つまり、この惨状は賞金稼ぎの襲撃による可能性が高い。
「このまま、街の外に出るには夜とはいえ目立つ。何より、女の子を担いだまま移動するなんてリスキーすぎる。だから、何か隠すことができるもの。馬車とか、荷台がある乗り物を使うしかない」
「でも、既にその馬車で街の外に出てしまったのでは?」
「いくらなんでも早すぎる。そもそも、彼女らがカタリナたちから逃げ出してからそんなに時間が経っていないんだ。この男があっさり殺られたとも思えない。本当につい先程まで戦っていたんだと思う」
流斗はヨゼフの戦いの痕を見やった。
誘拐騒ぎからここまで逃げてきて賞金稼ぎと戦闘になったとして、どれほどの時間が過ぎただろうか。
流斗たちが事後処理からのここまで歩いてきた時間との差はヨゼフがどれだけ持ちこたえていたかにかかっていた。
ならば、流斗が取るべき行動は今すぐ彼女を追うことだった。
「結局、戦いからは逃げられないんだな」
流斗は死体を目撃してから静かに高ぶっている自身の感情に反吐が出そうだった。
そこまでして人を殺したいのかと七生に教え込まれた咎に流斗は拳を強く握る。
「リュート様。私も何かお手伝いを……」
「ありがとう。でも、大丈夫。カタリナはカタリナにしか出来ないことをしてくれ」
「私にしか、出来ないこと?」
流斗は背中を向けたまま、空を眺めていた顔だけを動かして彼女に薄く笑う。
しかし、彼女には流斗がどんな表情をしているか夜の闇のせいで見えなかった。
それが、彼女をひどく不安にさせた。
「カタリナは護衛の騎士さんと一緒にいな。俺は、彼女を追う」
流斗がフリッカを助けるのはヨゼフの意志を汲んだわけではない。
彼女が可哀想だとか情がわいたわけでもない。
彼女を一目見たときから、流斗の心は『彼女』に囚われてしまっていた。
今はその気持ちに素直になっただけである。
「とはいえ、殺しはしないぞ。彼女を助けだしたら速攻逃げて、あとは騎士団の皆さんにお任せするよ」
「……ええ、ええ! そうですね。フフ、私たち王国騎士団にお任せくださいませ。リュート様は是非ともあの人をお救いくださいませ。その方がリュート様らしいです」
カタリナは流斗の言葉を聞いて安堵する。
やはり、彼は優しいと。
流斗はそんな彼女の様子を悲しげな瞳で見ていた。
出会って一日。
彼女の人となりは何となく理解したし、好ましいと思えるものだ。
会ったばかりの人間によくそこまで心を開けるものだと関心さえしていた。
それだけに。
「自分とは相容れない存在だと思わされるよ」
「……何か言いましたか?」
「いや、何も。カタリナも気をつけてって言っただけ。もしかしたら、賞金稼ぎがそちらに表れるかもしれないし」
「そ、そうですね。騎士団の皆さんにも伝えておきます」
カタリナは気を引き締めて、両手で拳を作る。
その何気ない仕草に、流斗はこの世界に来て初めて心の底から穏やかな気持ちになった。
しかし、それは一瞬のうちに己の内なる欲望に塗りつぶされてしまった。
「それじゃ、行ってくるよ」
「はい、行ってらっしゃいませ」
この路地裏に入ってから最後まで、カタリナは流斗の表情を見ることはなかった。
そのことが、彼女の心残りだった。




