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歓迎するよ、勇者様  作者: 喜多逢太郎
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二章 第八話

「……!」


 路地裏に鈍い金属のぶつかる音が響く。

 ヨゼフが間一髪、フリッカに迫る白刃を手甲で弾き返したのだ。


「へぇ、よく防いだね。妖血のフレデリカ、君の護衛は相当腕利きのようだ」


 暗闇から現れたのはフリッカと同じくらいの背丈のロングコートを着た子供だった。

 短髪であどけない表情をしているが、その瞳はひどく冷め切っている。


「ガキがなんのよう? て、聞くだけ野暮か」


 フリッカは若干焦りを含んだ声を漏らす。

 相手の挙動に注意して、どうにかこの場を切り抜ける方法を模索する。


「ああ、無駄ですよ。この辺りに邪魔者はもういません」


 少年はにこりと微笑む。

 それは、とても歪で不気味な笑みだった。

 そして、フリッカは先程まで聞こえていた、自身を追ってきた騎士たちの連絡の声が途絶えていることに気づく。


「まさか……」


「そのまさかです。あなたを捕まえるために邪魔な人たちはあらかた消しておきました」


 人の生き死にを何ともないように答える姿にフリッカは戦慄すると同時に身体の内側から熱が迸るのを感じた。

 これは怒りだ。コイツはあの女と同じように人を人とすら思っていない。

 フリッカの怒りがヨゼフにも伝播する。

 騎士団と争ったときは手加減をしていたが、ヨゼフは相手を叩きのめすつもりで拳に力をこめる。


「いいよ。やっちゃいな、この子供に教育をしてやれ!」


「……!」


 フリッカの言葉にヨゼフの身体が躍動する。

 彼女の血で強化された身体が常人には不可能な瞬発力を見せる。


「……へぇ!」


 ヨゼフの弾丸のように突き出された拳は紙一重で躱されてしまった。

 そして、少年はそのままヨゼフから距離を取るべく、後ろに下がろうとする。


「逃がすな、そのまま畳み掛けろ!」


 フリッカの指示にヨゼフは頷きながら、左脚に力を入れる。

 石畳の舗装を砕く勢いで少年に肉薄する――しかし。


「相手の得物がわからないのに近づくのって勇気がありますね。ハハ、まるで人形のようだ」


「……!」


「ヨゼフ!」


 フリッカの悲鳴が路地裏に響き渡る。

 ヨゼフが砕いた石畳に彼の血が染み渡っていく。


「流石。あの距離で躱されたのは初めてですよ」


 そう言って少年はワイヤーに繋がれた刃を意のままに操ってみせた。

 鞭のようなしなやかな動きを見せるその武器はあまり馴染みのないものだった。

 蛇腹剣とも呼ばれる武器は刃が数珠状に繋がれており、それらを繋いでいるワイヤーが緩んでいる状態では鞭のように扱い、引けばノコギリのように対象を引き裂くことが出来る。また、ワイヤーを巻き上げればひと振りの剣として使うことも可能である。


「自己紹介が遅れました。僕の名前はハンス。もう察しがついているとは思いますが、妖血のフレデリカ、あなたを捕まえるために現れた賞金稼ぎの一人ですよ」


「ハッ、こんな子供が賞金稼ぎとは世も末だな」


「何とでも。僕は自分の今の仕事がとても気に入っているんでね。むしろ、あなたの方が気の毒でなりませんよ。誰かを殺したわけでもないのに……ああ、いや、最初の傭兵さんたちはそこの大きなお兄さんが殺したんでしたっけ」


「……」


「気をつけろ、安い挑発だ」


「嫌だなぁ、別に挑発なんてしてないですよ。だって……する必要がないじゃないですか!」


 ハンスの姿が霞んだ瞬間、煌く刃がフリッカの首を狙って伸びてきた。その様はまるで蛇が獲物に襲いかからんと牙を立てているようだ。

 思わず目を瞑るフリッカだったが、いつまでも痛みは襲って来なかった。

 恐る恐る目を開けて見れば、そこにはいつだかのヨゼフの背中があった。


「どうして……?」


「それはそうでしょう、彼はあなたを助けるためなら何でもするんでしょう? だったら、あなたの身を守る盾に喜んでなるに違いない。僕はそれを見越して剣を振るうだけですが」


 嗜虐的な笑いをしてハンスは鞭を振るうように何度もヨゼフの身体に叩きつける。

 その度、ヨゼフの身体は切り裂かれ、何度も血が噴き出していく。


「ヤメろ!」


「ヤメろと言われてヤメる賞金稼ぎはいないと思うんですが……そうですねぇ、おとなしく捕まるんなら考えてもいいですよ」


「……」


「でも……」


 ヨゼフが力強く身体を震わせる。

 自分を心配するフリッカを安心させるように、今まで数々の追っ手を退けたように、今回も彼女から貰った力を振るうだけだ。


「わかった。信じるよ……なら、さっさとそいつを倒してくれ!」


 フリッカの言葉に背中を押され、ヨゼフが再びハンスとの距離を詰める。


「何度来ても無駄だと思うんだけど」


 ハンスは蛇腹剣を器用に操り、自身の周囲に無数の刃が連なる結界を作り出す。

 しかし、それを見てもヨゼフの動きは止まらない。

 逆に加速をし、中央にいるハンスの元へ真っ直ぐに突き進む。

 刃が身体を切り裂こうとも、己の筋肉を強ばらせ致命傷を防ぎながら前へ。

 脚の肉が削がれ、腕を切られようとも前へ。

 フリッカを守るために、彼女を襲う脅威を排除するために前へ!


「なっ……!」


 ヨゼフの決死の前進にハンスが驚きの表情を見せる。


「この、バケモノが!」


 刃の結界を解き、ワイヤーを巻き上げて通常の剣の形に戻す。

 そして、居合いの要領で構えから右足の踏み込みと同時に刃を解放する。

 それは銀の一閃となってヨゼフに襲いかかった。


「……!!」


 避ければ後ろのフリッカに当たってしまう。ならば、左腕を犠牲に受け止めて、相手の動きを封じるのみ。


「――っ!」


 声にならない叫びが空気となってヨゼフの口から漏れる。

 深く、しかし、しっかりと左腕を貫通した刃に繋がっているワイヤーをそのまま腕に巻き付けて固定する。


「チッ、腕を犠牲に僕の武器を無効化したつもりか。だが、その程度で勝ったと思われても――おおおおお!!」


 ハンスが話し終わらないうちに、ヨゼフは巻き付けたワイヤーを介してハンスを力に任せて引っ張り、そのまま壁に叩きつけた。

 ハンスの口から身体中の空気が絞り出されたような音が聞こえた。


「やったか!」


「……」


 フリッカが思わず歓喜の声をあげるが、ヨゼフは警戒を緩めずにいた。


「くっ、まだまだ!」


 フリッカの希望的予測は外れ、ハンスはすぐさま態勢を直し、今度はヨゼフに巻き付いたワイヤーを利用して狭い路地裏の壁を駆けていく。


「デカい見た目通りに耐久力はあるみたいだね。でも、これならどうかな!」


 ハンスはヨゼフの周りを縦横無尽に駆け巡り、がんじがらめのように刃のついたワイヤーを巻いていく。

 ハンスの狙いに気づいたヨゼフが左腕を振るって抵抗するが、向こうのスピードが勝り、みるみるうちに身体が拘束されてしまう。


「おとなしく、そこで大切な人が連れ去られるのを見てるんだね」


 ハンスが余裕を感じさせる様子を見せるが、ヨゼフの爛々と輝く瞳に気を引き締めた。


「そこまで拘束されたならば、いくらなんで、も――」


 身体中に食い込む刃をものともせず、ヨゼフはワイヤーを引きちぎろうとしていた。

 嫌な音を立てていたるところから血が吹き出ている。

 ハンスは目の前の光景が信じられなかった。


「そこまでして」


 見れば、フリッカも唇を引き締めて、その力強い瞳にヨゼフの勇姿を焼き付けていた。

 主従そろって、覚悟を決めているようだ。


「なるほどなるほど。これは今まで捕まらなかった訳だ」


 ついにワイヤーを引きちぎったヨゼフがハンスの前に立つ。

 体にその残骸をまといながら、血塗れの腕をハンスに向けて引き絞る。

 何人もの追っ手をほふってきた必殺の一撃は今回も炸裂する――ハズだった。


「僕一人ではダメでしたか。それでは、グスタフさん。お願いします」


 唐突に現れたもう一つの殺気に、ダメージを負っているヨゼフは反応が遅れてしまった。

 路地裏の一際濃い闇から飛んできた鎖に対応をしきれず、首筋に巻き付いてしまった。


「ダカラ、イッタ。イッショ、タタカウ」


「そんなに怒らないで下さいよ。ごめんなさいってば」


 ハンスがにこやかに話しかけているのは、相棒のグスタフという男だ。

 痩せぎすの体のどこにそんな力があるのだろうか。

 傷ついているとはいえ、首に巻き付いた鎖をほどこうとするヨゼフと正面から渡り合っている。


「そんな、二人いただなんて……」


 フリッカが絶望した声をあげる。


「いやいや、きちんと言いましたよ。僕が自己紹介したとき、僕はあなたを捕まえるために現れた賞金稼ぎの一人ですって。二人目もいるに決まっているじゃないですか」


 つまり、初めから打開しようのないほど不利な状況だったのだ。

 ヨゼフがハンスと戦っている間、無防備なフリッカをグスタフが拐うことも可能だった。律儀に正面から戦っていたのは、ハンスの遊び心によるものだ。


「…………!!」


「ハンス、コイツ、チカラ、ツヨイ。コノママ、マズイ」


「はいはい。そういうわけで、一対一の戦いは護衛のあなたの勝ちです……そして、大事な人を守るという戦いは、あなたの、負けです」


 ハンスはヨゼフに壊された蛇腹剣の刃の一つを拾うと、それを躊躇ためらいなくヨゼフの首に突き刺した。

 戦いと決意の声が響いていた路地裏に、悲痛な叫びが染み込んでいった。

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