二章 第六話
「リュート様!」
フリッカたちが去り、騎士団の何人かは追撃に向かっていった。
残りが事後処理のために宿屋周辺に散っていくなか、カタリナが流斗に涙を浮かべて駆け寄ってきた。
「お怪我はありませんか? 申し訳ありません、お助けに参るのが遅くなってしまいました」
「大丈夫、ありがとう。カタリナには世話になってばかりだな」
「いえ、そんな……」
流斗に感謝の言葉を言われて、カタリナの頬がサッと赤くなる。無理して救出の前線に赴いた苦労が報われたようだ。
しかし、それも束の間で、カタリナは眉根を釣り上げて流斗に抗議の声を上げる。この短時間でころころ表情が変わり忙しいことだ。
「それはそうと、リュート様。なぜあのような嘘をついたのですか?」
カタリナは先ほどのフリッカたちの逃げるきっかけを作った流斗の嘘を責めた。
本当に流斗を助けただけならば、けが人が出なかったとはいえ、あそこまで抗う必要はなかったはずなのだ。
しかも、普通の旅人ならば騎士団の突入に為すすべもなく拘束されるが、二人共軽々と彼らをいなしてみせていた。
「彼らは何者なんですか?」
「さあ? そう言えば聞いていなかったな。でも、俺を助けたのは本当だぞ。そのあとの行動はちょっといただけなかったけどな。ただ……ああ、そうだ。うん、最悪なことがわかったんだ」
流斗はフリッカに聞かされたことを思い出した。
確かに、少しは彼女のことを懐かしんだりもしたかもしれない。彼女の身を案じたこともあったかもしれない。
しかし、しかしだ。異世界まで来て現実での苦しみを持ってこないでいただきたい。
流斗はこの世界に来ているかもしれない花厳七生の存在に頭を悩ました。
「大丈夫ですか? もしかして、まだ御気分が……」
「いや、こっちのこと……あ、でも一応話しといた方がいいのかな」
一度は身内の話だからとカタリナに話すつもりはなかったが、この世界に自分と同じ世界の人間が夜刀以外にもいることを話した方が大事にならないと判断した。
他の世界の人間の召喚が件の英雄召喚しかないのならば、七生は他の国に召喚された英雄の一人ということになる。
この手の事態では情報を隠されている方が迷惑になってしまう。
今の情勢のように国同士の争いの危機にあるならば、他国の戦力の情報はどんな宝石よりも価値が有るのだ。
「カタリナ、他の世界の人間を呼ぶ方法ってアレしかないのか?」
「アレって言いますと、英雄召喚ですか? そうですね、私が知る限りではあの方法をとるしかないようですが」
「それじゃあ、一応報告しておくよ。たぶん、他の国も俺や夜刀のように英雄と呼ばれる人間を召喚しているよ」
「えっ……本当ですか!」
カタリナは流斗の情報に驚く。
だが、それは予想もされていたことだった。
英雄の召喚は過去の災いに対抗して編み出されたもので、各国に残されている伝統の儀式だ。
戦乱の危機に王国が流斗たちを呼んだように、他国も同様のことを行うのは想像に難くない。
「リュート様はどこで、その情報を……? まさか、あの者どもが」
「そうなんだけど、カタリナが考えているような立場の人間じゃないと思うぞ」
カタリナはフリッカたちが他国の密偵ではと危機感を募らせかけるが、流斗の言葉で霧散させた。
「とにかく、大事なのはその呼ばれた人間がとんでもないってことだ。あのヒトははっきり言ってバケモノだ」
「知っているんですか?」
「知っているもなにも……いや、うん。知り合いじゃないって言いたいけど、まぁ知り合いです」
歯切れの悪い流斗の言葉に疑問符を浮かべるカタリナだったが、ちょうどそこにアウルスが現れ、思考を中断する。
彼は騎士団の中でも歴戦の勇士で、部下だけでなく立場が上の者からも一目置かれている。
流斗を直接救出するなど、この実働部隊の中で責任ある隊長職を務めており、今回の件に対して逐一情報を集めていた。
「リュート殿、先ほどは手荒に救出してしまったこと、誠に申し訳ありませぬ」
腰を折り謝る姿は堂々として、彼の実直な人柄がうかがい知れる。
「こちらこそ、ありがとう。俺のような人質がいたら、ああいう風に同時に突入して相手をかく乱するしかなかっただろうから、謝らなくても大丈夫ですよ」
「おおっ、英雄殿はこのような緊急事態に対する手段もご存知なのですな!」
アウルスの賞賛にむず痒い気分になるが、流斗は内心今回のような突入作戦は下策だと考えていた。
人質になった人間が一般人では、突入してきた騎士団にパニックを起こす可能性があり、その生命を危機に晒してしまう。
また、犯人が破れかぶれで人質を殺しかねないため、どちらにせよ有効的とは思えなかった。
「ふむふむ、なるほど。カタリナ殿が想いをよせがふっ」
アウルスの動きやすさを重視した簡易な鎧の隙間にカタリナは鞘の付いた短剣を突き刺す。
彼女も文官とはいえ、自衛用の短剣を装備している。それを、余計なことを口走ろうとしたアウルスに鞘が付いているとはいえ突き刺したのである。
その光景に流斗は若干引いてしまう。
「アウルス様ってば、何を言い出すんでしょう。本当に困った方ですね」
怪しい光を湛えた瞳で不気味な笑みを浮かべたカタリナはアウルスを謎の圧力で押しつぶす。
刺された脇腹を押さえて、アウルスは懲りたのか懲りてないのかわからない表情で流斗に目配せをした。
しかし、それもカタリナに見咎められ追撃を受けてしまっている。
「ちょ、ちょっと待ってください! そういえば文官殿にあの者らの情報が判明いたしましたので報告に参ったのでした」
アウルスが強面に似合わない茶目っ気を出して、カタリナに許しを乞うていた。
見た目にはわからないが、彼はなかなか話が通じる中間管理職として部下に好かれているのだ。
「それならば、戯言など言っていないで、早く情報を教えてください」
冷めたトーンでカタリナはアウルスに話を促した。
「実は、私もどこかで見た娘だと思ったのですが、先ほど諜報部隊が集めた情報の中に気になったのがありまして……それが、こちらになります」
そう言って、アウルスが差し出したのは一枚の手配書。
流斗もカタリナに近寄って、差し出された手配書を一緒に見るが、何故かカタリナは居心地が悪そうにもじもじし始めた。
「あれ? 大部分が隠れているけど、これってもしかして」
流斗の発言にアウルスは頷く。
そこには質の悪い活版印刷で不鮮明ながらも、顔を衣で隠したフリッカが載っていた。
「妖血のフレデリカ……賞金首だったんですね、彼女」
神妙な口調のカタリナだが、内心ドキドキしながらの発言である。
近くに身を寄せている流斗をなるべく意識しないように手配書に集中しているようだが、残念ながら当の本人は気にせずフリッカに思いを馳せていた。
「……だからあの時、あんなこと言っていたのか」
何者かが迫ってきたとき、結果は騎士団だったが、そのときの発言。遡れば、そもそも倒れた流斗を公共の救護施設ではなく宿屋に運んだことの合点がいった。
賞金首だからこその警戒だったのだろう。
だが、流斗は彼女が根っからの悪人とは思えなかった。賞金首であるのも何かしらの理由があるのだろう。
わずかな邂逅だったが、七生と似た香りの彼女のことが気になり始めていることに、流斗はまだ気づいていなかった。




