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歓迎するよ、勇者様  作者: 喜多逢太郎
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二章 第五話

「リュート様! ご無事ですか!」


 部屋に響くドアの破裂音に続いて聞こえてきたのはカタリナの流斗を案じる声だった。

 なだれ込んできたのは白の王国所属の騎士団。

 室内の戦闘を想定しており、簡易な鎧を身にまとい、制圧のための盾と取り回しの良い短剣を装備している。

 国の英雄として呼ばれた流斗を救出するために、精鋭で構成されているのが動きでわかるほどに突入からの行動が素早い。

 まず、ドアを破って入ってきた男たちは盾を掲げ、室内の人物の視線を釘付けにする。カタリナの声と突入時の派手な音に反応したヨゼフが迎撃しようと向かっていくが、盾を壁のように展開し攻撃の糸口をつかめないようにしている。

 そして、フリッカたちの注意を正面に釘付けている隙をついて、実行部隊は隣の部屋の壁をぶち抜いて流斗のすぐ横に現れた。


「うわっ、なんだ!」


 流斗は驚き声をあげるが、先陣を切って現れたいわおのような男が似つかわしくない優しげな笑みを浮かべる。


「助けに参りましたぞ! 英雄殿」


「……英雄?」


 男の声に反応したフリッカが訝しげに流斗を見やったが、自分たちを包囲しているのが王国騎士団と分かり、逃げるための意識に切り替える。

 想定していたのは金を稼ぐために自身を狙う盗賊であり、戦闘のプロフェッショナルの騎士団ではなかったからだ。

 特に王国の騎士団は隣の帝国に比肩するほどの腕利きぞろいだ。見たところ、彼らを束ねている大将の姿はなかったが、それでも、一人一人が他国の士官相当の実力を秘めている。


「どうなってんだ! なんで王国騎士団がこんなところに!」


 やましいことはあれど、彼らに目をつけられることをしていないハズだ。

 フリッカは冷静に現状を整理する。

 正面の騎士はヨゼフが押さえてはいるが、多勢に無勢。いずれ彼らの連携に膝をついてしまうだろう。

 切り札があるにはあるが、ここで目立っては自分を狙う追っ手が増えるだけだ。ならば――。


「ヨゼフ! ここは逃げるよ!」


 ヨゼフがフリッカの声に頷くと、すぐさま騎士団の侵入してきた方と逆の壁に穴を開けて逃げようと行動に移す。

 しかし、百戦錬磨の騎士団がそれを許すはずもなく、すぐさま四方から盾が突き出され身動きを封じられる。


「この誘拐犯め! よくもリュート様を……家の準備が整ったことを報告しようと街へおもむいたら、街の人間ではない者に連れ去られたって言うじゃないですか! 英雄の座を譲られたとはいえ、わ、私にとってはまだ英雄であることに違いはありません! 絶対に許しませんからね!」


 カタリナが護衛の騎士たちに囲まれた状態でフリッカたちに宣戦布告をする。

 本来、文官であるカタリナは荒事の前線に出ることはない。

 しかし、流斗に住居の準備が出来たことを報告しに街に出ると、見知らぬ若者が最近見かける謎の大男にかつがれてどこかに連れ去られたと聞き、彼女の小さな胸に火がついた。

 何が何でも流斗を助ける。

 その使命感が彼女を突き動かした。


「はぁ? 英雄? 何言ってんだ、あのちっこいの……っていうか、お兄さん。何者なんだい? こいつら、お兄さんを助けに来たみたいなんだけど」


「俺にも今の状況はさっぱりなわけで」


 シワが深く刻み込まれた隊長格らしき男にかかえられた流斗は今の状況に驚き、カタリナが恐らく自分を助けに来てくれたことに感動して頭がうまく回らず彼女の質問に答えることができない。


「それにしても、英雄っていいもんだね。こんなに誰かに心配されるのなんて初めてで、俺感動して前が見えないよ」


「リュート殿……こんなに怖い思いをされて、さぞ辛かったでしょう。しかし、我らが来たからにはご安心ください。不肖、このアウルスがリュート殿をお守りいたします!」


 流斗を抱き抱える腕に力を入れ、フリッカやヨゼフの脅威から何が何でも守りぬくつもりで気合を入れる。

 そのふところの暖かさに流斗は思わずときめくが、それは親の愛情に飢えた彼の気の迷いだと思いたい。


「おいおい、ヨゼフ! そっちはなんとかならないか!」


 そう言ってフリッカは迫り来る騎士を器用にかわし続ける。

 見た目麗しい少女ということもあり、王国の騎士も動揺し、どう捕縛すべきか攻めあぐねていた。


「……!」


 大男相手に加減は必要ないとばかりに苛烈な攻めに、ヨゼフに疲れが見え始める。

 迫ってくる騎士をなるべく傷つけないように手加減をしているため、余計な力が入り精神的な負荷が大きいようだ。


「ちっ……おい、お兄さん! いつまで泣いているんだい! どうやら、向こうは私らを誘拐犯だと勘違いしているようだし、お兄さんの方から違うことを言ってくれないか」


 そうは言っても、カタリナたちが助けに来る前まで七生ななみをおびき寄せるための餌になってくれと言われていたわけで。

 そう考えると、フリッカたちを助ける義理はない。このまま騎士団に捕まってくれれば七生の件を忘れて、今度こそ異世界ライフを満喫出来るのではないか。

 流斗の中で彼女たちを見捨てるビジョンが見え始めた。


「そうだなぁ、このまま七生の餌になるのは嫌だし……」


 流斗の言葉にフリッカは後ろめたい気持ちになる。


「ハハハ、嫌だなぁお兄さん。まさか、アレを間に受けたのかい? 冗談に決まってるじゃないか……死なない程度には使うつもりだけど」


「今何か不穏なこと言わなかった?」


 フリッカの台詞の最後にボソリと付け加えられた言葉に流斗は反応するが、彼女はわざとらしい笑いでごまかす。


「おのれ! やはり、リュート様をよからぬ企てに巻き込むつもりだったのですね!」


 そして、二人のやり取りを聞いていたカタリナがさらにヒートアップすることになる。

 英雄の誘拐となれば、死罪に近い刑を言い渡されることになるだろう。カタリナの燃え具合からも、積極的に重罪になるように働きかけそうだ。


「でも、放置しようと思えばできたんだよな」


 流斗は自分が宿屋ここにいることになった経緯を思い返す。

 多少、彼女フリッカらの思惑が見え隠れするが、知らない土地での小さな好意は何事にも代え難い。


「その恩はきちんと返さなきゃな……おーい、カタリナ」


「はい! どうかしましたか、リュート様!」


 リュートに名前を呼ばれて嬉しいのか、フリッカたちに対してのドスを効かせたものとは違う元気のある声で応えてくれた。

 そのことに気恥ずかしさを感じた流斗だが、今はその気持ちに蓋をしてフリッカたちを助けるべく声を張り上げた。


「ここまでしてもらって、申し訳ないんだけど。彼女らは誘拐犯じゃないぞ」


「……え?」


 カタリナの間の抜けた声と同時に、フリッカたちとせめぎ合っていた騎士の面々の動きが鈍くなる。


「え? え? ど、どういうことですか!」


「実は、街を見回っていたら体調が悪くなってね。道端で倒れたところをあの大きい人に、屋根のあるところへ運んでもらったんだよ。それで、今までここで休んでたのさ。だから、誘拐どころか、大袈裟だけど彼女らは命の恩人ってわけ」


 流斗の説明にフリッカはしきりに頷いている。

 場の空気を読み、ヨゼフも戦闘をやめていたため、宿屋全体に轟いていた戦闘の音は鳴りを潜め始めた。


「これは一体どういうことだ?」


「どうもこうも、文官様の早とちりってやつじゃないのか」


「しかし、あの男。我らと対等に戦っていたぞ。只者ではないようだが……」


 そして、戦闘音の代わりに、騎士たちのざわめきが大きくなる。

 とりあえずは戦闘が中断できたことに流斗は満足するが、だからといって、これで終わりにならないことぐらいは気づいていた。

 流斗はフリッカに視線を送る。

 彼女もこの状態が長続きしないことに気づいているのだろう。流斗の視線に軽く頷くと旅の相棒の名を小さく呼んだ。

 そして、再度この場を脱出するべくタイミングを探る。


「うううぅ……」


 流斗の説明でこの騒ぎが己の勘違いだったのかもしれないことに、カタリナは顔を赤くしてうずくまっている。

 あの場で自分を救ってくれた流斗に恩返しができると喜び勇んでみれば、結果はただ騒ぎを大きくしたとあっては、ヘタをすれば引責問題である。

 せっかく、流斗のおかげで宮殿内での地位も向上できたというのに彼女の心は申し訳なさで一杯だった。


「ううぅ、どうしましょう……」


 自責の念で押しつぶされそうになるが、ふと、カタリナはあることに気づく。


「あれ? それなら、リュート様を助けただけなら私たちに抗戦する必要がなかったのでは……」


「ヨゼフ!」


 フリッカの叫びと同時にヨゼフは彼女を抱えて、通りに面している壁を突き破る。

 周囲が追いかけようと素早く追撃の姿勢をとるが、本気を出したヨゼフの踏み込みからの跳躍は他の追随を許しはしなかった。そして、彼女らは闇に包まれた街の彼方へとその姿を消した。

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