二章 第四話
「えっと、俺はどうなるんでしょうか」
ヨゼフに拘束された流斗はフリッカに自身の行く末を尋ねた。
「そうだねぇ、まさか知り合いだったとは。似たような気だったからもしかしてとは思ったけどさ」
「さっきの話でも気になったけど、ここの世界の人たちは何かオーラ的なものが見えるんですかね」
自分で質問しておきながら、それはないなと流斗は思った。
もし、魔法的な何かで気配を可視化できるのなら、宮殿内でカタリナたちに指摘されていたはずである。
あの胡散臭い態度の大きかったレオならわかってて黙っていた可能性はあるが。
「そんなわけないだろ。私の場合……いや、今はいいや。それで、お兄さんには悪いけど、あの女を釣るための餌になってもらうよ」
「いやいや、勘弁してつかぁさい。死んでしまいます」
「なんで、知り合いじゃないの?」
「違います」
「さっき、知り合いって言ったじゃん」
「今知り合いじゃなくなりました」
「ふざけてんの? ヨゼフ、締めちゃって」
流斗の後ろ手を握っていたヨゼフが膝を流斗の背中にギリギリと押し付ける。
身体が弓なりのようになり、常人ならば苦しげに声を上げるところだが、流斗は平気そうな表情のままだった。
「あれ? 痛くないの?」
フリッカが不思議そうな顔を浮かべ、小首を傾げる。
彼女も彼女で、可愛らしい顔をしていながら、人の苦しむ姿に抵抗はないらしい。
「いや、痛いけど……でも、我慢できないほどではないかなって」
「……もしかして、お兄さんって特殊な趣味な人?」
フリッカがややドン引きした表情になり、流斗から距離を取る。
心なしかヨゼフの力が強くなり、締めつけが強くなった。
「いやいや、さすがに身体が折れるって! 俺が死んだら餌にならないじゃん!」
「別に死体でも餌にはなるでしょう。復讐心を煽れるし」
フリッカの冷めた瞳から彼女の本気度が伺える。
一体、彼女はどこまでひどいことをされたのだろうか。
「そういえば、さっきナナミに好き放題されたって言っていたけど、誰か大切な人を殺されたのか?」
「あん? 殺されたもなにも、ほぼ全滅だよ。あの女、私の街の人間をほとんど殺しやがった」
名乗りをあげながら殺していったとは聞いていたがここまでとは思わなかったため、流斗はその酷さに気持ちが沈むが、同時に心のどこかで彼女ならやりかねないな、とも思った。
複雑な表情をしている流斗にフリッカは責めるように尋ねた。
「お兄さんとあの女がどんな関係かは知らないけどさ、誰かあの異常性を直してあげようとする人はいなかったのかね」
「いや、まぁ。そうですネ……あいにくと、俺らの周りにはいなかったですね」
「お兄さんからも変な気配が漂っているし、ヨゼフにいたってはあの女と同類扱いしてるんだけど。実はもしかして、お兄さんも快楽殺人犯なのかな?」
「違う!」
自分でも驚くくらいの大声が出たことに流斗は目を丸くするが、それは他の二人も同じようだった。
捨て去りたい過去を呼び起こすキーワードを言われたことで、己の罪を追及された気持ちになり、流斗の心は閉じていく。
流斗が強い否定をしたことに何かしらの理由があるのかもしれないが、暗くなっていく彼の表情を見たフリッカは気を取り直して今後のことをヨゼフに確認をとる。
「ヨゼフ。とりあえずこのまま皆が寝静まったのを見計らって、街を出よう」
「……」
先程からヨゼフは何も言わずにただ頷くだけだが、フリッカにはそれだけで十分らしかった。
目的の女とはいかなかったが、関係している男を捕まえることができた彼女はひとまず結果に満足する。
あとはうまく活用して、おびき出すだけだ。
「ホントにごめんねぇ。お兄さんには何の恨みもないんだけ――っ!」
フリッカが申し訳なさそうに謝るが、何かに気づいたのか途中で顔をはね上げた。
一方、流斗は暗い気持ちに苛まれていた。
異世界にきてもなお、自分を縛る現実に心が折れそうになる。
自分を育てた鬼と、過去の罪の両方から責め立てられ、流斗はどうにかなりそうだった。
「結局、自分の罪からは逃げられないってことか……」
しかし、自嘲気味に呟いた言葉は誰にも聞かれることはなかった。
なぜならば、フリッカとヨゼフは今自分らがいる宿屋の周りに不穏な気配を感じ取ったからである。
「ヨゼフ、気をつけろ。囲まれている」
フリッカの鋭い声が部屋に響いた。
その声を合図にヨゼフの感覚が鋭く、まるで刃のように研ぎ澄まされていく。
襲撃者だろうか。
どんな相手でも対処できるよう、拘束していた流斗を解放する。
今の流斗ならば抵抗する気力はないと判断してだ。
「もしかして、私らの居場所がバレたのかな」
フリッカは自身を狙っている盗賊団を警戒していた。
実は彼女にはその身を狙われるだけの理由があり、街を滅ぼした花厳七生を追っている最中も、何度も彼らの襲撃に遭っていた。
「まいったなぁ、うまく撒けたと思ってたんだけど。まさか、白の王国のお膝元まで追ってくるとは……この身に流れる血が恨めしいよ」
自分が狙われる原因となる呪われた血に対して恨み言をぶつけても、事態は好転しない。
命をかけて守ってくれた街のみんなのためにも、フリッカは生き続けねばならなかった。
「フリッカ……?」
彼女にも自身を苛む問題を抱えているのだと感じた流斗は思わず名前を呼んでいた。
異世界に来ても逃れられない流斗の罪と比べるのもお門違いかもしれないが、同じ境遇の者同士惹かれるものがあるのかもしれない。
「お兄さんにも、何かあるのかもしれないけどさ。私はお兄さんほど、自分に絶望はしていないよ」
「……」
彼女の言葉が自分を批難しているわけでないのは頭で理解していても、素直に認めることができないのも事実。
流斗は最近の生活を考える。
過去から逃げるために己を偽り、安穏とした生活を送っていた。
それ自体は平和で悪くなかったが、本当の自分とは違う感じがしていた。
本当の自分。だが、それを認めてしまうのはとても恐ろしく、何か別のものになりそうで……。
「おっと、無駄話している余裕はなさそうだ。ヨゼフ、前をお願い」
フリッカはヨゼフと立ち位置を入れ替え、ヨゼフは部屋の出入り口を固めた。
緊張が部屋を満たしていく。
襲撃者の正体はわからないが、それなりの人数がいるようだ。
流斗は自分の身を守るために身構えるが、そのまま戦っていいものか躊躇してしまう。
七生と同じように戦いに悦びを見出してしまわないか、恐れているのだ。
しかし、襲撃者は待ってはくれない。
流斗の気持ちが定まらないまま、ドアが破裂する音があたりに響いた。




