二章 第一話
「思っていたより、大きいな……」
白亜の建物から反射する光がまぶたを焦がす。
純白だから近づかないと気づきにくいが、柱や壁に細かな彫刻が施されており、それらはこの街の品格が最上のものであることを誇示していた。
宮殿から伸びる大きな通りは人で賑やかなのもあり、建物とあいまって、この国が『白の王国』という名をそのまま表しているようだ。
カタリナと別れた流斗は街の散策に出ていた。
異世界の住人とはどんなものか不安なところもあったが、こうして見ていると元の世界とそんなに差異は見られなかった。
人々の服装は現代ほどではないがカジュアルな装いが目立つ。
こうして街に繰り出している流斗の姿を見ても誰も反応を示さないことからも、違いを感じられなかった。
「しかし、改めて自分の服装を見ると、制服着ていたんだったな」
登校するときに呼ばれたのだから当たり前の事なのだが、気づかなかったあたり、自分で気づかないほど気が動転していたのだろう。
異世界に召喚されることなんて、初めての経験なのだから仕方ないことではある。
しかし、今回は呼ばれたときにいた周囲の人間が善人だったから良かったものの、悪意ある者たちだったならば、こうして呑気に異世界見物などできなかった。
そのことに流斗は身が震えるが、これからは気をつけねば、と気を引き締めた。
「幸いにもうちの『学校』の制服は私服みたいなデザインだし、別にこのままでもいいか?」
流斗の通っていた『学校』は通常の学校とは異なり、いわゆる勉学の教育を目的としたものではなかったため、制服も遊び心が加えられている。
学生感のない、黒を基調としたデザインは集められた生徒の性質を考えれば当然のデザインなのだろうが、軍服のようなかっこよさがあった。
払拭したい『学校』での生活を想起させられるが、ここは異世界。夜刀というイレギュラーが既に存在しているが、この世界にはこの服の意味するところを知っている人間はいない。
色々考えた末、流斗はこのままこの制服を着ていくことに決めた。
「強度とか仕込んであるヤツを考えれば、今の服が便利だしな。当面はこの服を中心に着ていくとして、着替え分は確保しとくか」
「そこのお兄さん、さっきから何をブツブツしゃべっているんだい?」
異世界での生活に気をつけると決めた矢先に、いきなり無防備な背中から声をかけられる。
ここが修羅の国だったならば、今ので流斗は死んでいたことだろう。
普段と勝手が違うのは異世界の空気のせいだと思いたい。
そう心の中で言い訳をし、流斗は声をかけてきた女の子の姿を確認しようと振り向く。
「お、おおう」
思わず唸り声をあげてしまった。
それほどまでに彼女は美しかった。
独特に跳ねている髪の毛がチャームポイントの金糸を編んだような長い金髪に、意志の強そうな瞳に縁取る長い睫毛。幼さを感じさせる顔立ちだが、どこか理知的な雰囲気を感じさせる矛盾が魅力を高めている。
残念ながら胸部の発達は治癒神官のパレスと比べると未熟だが、そこに確かに存在している丘はあらゆる可能性を秘めていた。
ボーイッシュな服装でショートパンツを穿いているため、そこから瑞々しい太ももが惜しげもなく外気にさらされている。
「……なんだ? ジロジロ見て」
ジト目をして流斗を睨むが、いまいち迫力がない。
パレスのときにも感じたが、この世界の女性の胸部を守るものはないのだろうか、と流斗は少女の胸を見ながら思った。それほどまでに胸の質感を外から見ても感じるのである。
「い、いや……君こそどうしたんだい? いきなり声をかけてきて」
返答に困ったら、逆に質問で返す。これ誤魔化しの極意なり。
適当に考えながら、少女の意識を他に向ける。
「や、ここいらじゃ見ない顔だったからな。もしかして、他の国から来た旅人か……と、思ったけど、あんたのナリだと、どこかいいとこの坊ちゃんにしか見えないねぇ」
「なんでだ?」
「その小奇麗な服で旅人ってのは無理があんだろ。それにその服、高そうだし」
話してみると綺麗な見た目からは想像できないほどぞんざいな言葉遣いだった。
そのことに多少ショックを受けるが、可愛いので良しとした。
昔からの格言にあるように『可愛いは正義』なのである。
「なるほど……それで、旅人だとどうしたんだ?」
「ん? いやいや、もういいよ。こちらこそ引き止めて悪かったね」
長い髪をひるがえして少女は流斗の前から立ち去ろうとしたとき、ふわりと艶やかな香りが立ち上がる。
それは流斗の頭をクラクラさせるほど濃密でむせ返るほどの匂いだった。
流斗はこの香りを嗅いだことがある。
遠い昔。まだ、流斗が幼い子供だったとき、すぐそばにいた彼女。
鬼のように厳しく、怖く、自分を甘く愛してくれた彼女。
少女の香りを嗅いだことで過去の記憶が鮮明に思い起こされ、流斗の胸が大きく跳ね上がった。
「っぐう!」
苦しそうな声に気づいた少女が慌てて流斗を心配するように近づく。
「おい、お兄さん。大丈夫か!」
少女の声が徐々に遠のいていくのが分かる。
まさか、匂いだけでダウンしてしまうとは。
それほどまでに流斗の心の奥底に刻まれてしまった痕は根深かったのだろう。
流斗は自分を心配してくれる金髪の少女に、自分を育ててくれた女性の姿が重なって見えた。




