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歓迎するよ、勇者様  作者: 喜多逢太郎
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序章

 これは世界との繋がりを表す不思議なドアだ。

 玄関に鎮座するそれは何者も簡単に通すことのできないつくりになっている。

 具体的には、鍵をかけることによって、あら不思議。なんと扉は開かなくなるのだ。

 二重にかけるとさらに安心。

 こいつがしっかりしていなければ、人は落ち着いて生活できないことだろう。

 古賀流斗こがりゅうとは目の前のドアをかたきを見るように睨み付けていた。

 このドアを通ったら最後、彼は学校に行かなければいけない。

 それはとても面倒臭くて、苦痛で。灰色の生活を象徴する学校など爆破されてしまえと毎夜ベッドで願っているのだが、なかなか実現してくれなかった。


「せめて、俺だけの従順でかわいい彼女がいればピンク色程度には変色するのだが」


 訳のわからない願望を口にしても、応えるのは外でさえずっているすずめくらいのものだ。

 時間はまだ早朝、猶予ゆうよはある。

 流斗は頭の中で、休むための口実を幾つかシミュレートしてみた。

 一つ目、親戚が亡くなった。

 これは先週使ったが、早々に嘘がバレた。そもそも、彼に親戚と呼べる人間がそこまでいないのと、それまでに叔父さんが野球チームの打線を組めるほど死んだのが不味まずかった。

 二つ目、電車などの交通機関が事故で止まった。

 イケる、と思ったが彼は学校の敷地内の寮住まいなので、他の誰よりも短い距離を歩くだけでよい。住所が割れている以上、担任に突っ込まれるのは必至だ。

 三つ目、体調不良。

 やはり、これが本命だろう。どんな人間であれ病には勝てない。

 特に、これからの社会をになう若者なのだから大事にいたわられてしかるべきである。

 なお、彼の担任はスパルタ至上主義のリュクルゴスさん万歳の脳筋なので、病気にかかったらスパルタ教育のように存在を消されてしまう。

 四つ目、諦めて心を無にして通う。

 結局、ここに行き着くわけだが、感情を押し殺すことはできても、心がなくなるわけではないので徐々にひび割れ始めている。

 耐えられるのも、あと何回だろうか。


「このまま自主卒業してもいい、よね?」


 自分の身体の限界に気づいている流斗は、今の生活を捨て去ろうとも考えていた。

 当然、寮を退去しなければいけなくなるが、最悪公園に住み着けばいいと思っている。

 そちらも過酷ではあるだろうが、今の生活と比べれば天国に違いなかった。


「ま、自分が天国にイケるとは欠片も思っちゃいないけどさ」


 流斗はこの学校に入学してからの二年間を思い出す。

 落ちこぼれのような自分が成してきたことは、他人に誉められるようなことではないが、それでも自分が生きた証である。

 簡単に捨て去るには、惜しいところもある。


「そう想い続けて今日まで迎えてしまったわけなんだが……」


 あれこれ考えても、そう簡単に答えなんて見つかるわけがないので、いい加減腹を括って外に出るしかない。

 たとえ外に出たからといって、何かが変わるわけでもない。それでも、日々のルーティーンをこなすためにはドアを開けて一日を始めなければいけなかった。

 日常を打破してくれるような出会いに期待するも、現実は厳しい。


「どうか今日こそ空から女の子が降ってきますように」


 確率はきっと零に近いだろうが、ありえなくはない。

 もし、降ってきたらきちんと抱きとめて、その子と冒険を始めるんだ。

 そう心の中で、ここではないどこかでの冒険譚の夢を語ると、意を決してドアノブを掴んだ。

 ひんやりとする金属の感触が、このドアを挟んだ先にある社会の冷たさを物語っているようだ。


「さて、それでは『今日』を始めますか!」


 ドアノブを回し、鬱屈うっくつした気分を吹き飛ばすためにも勢いよく一歩を踏み出す。

 しかし、勇気を出して前へ出した足は何の感触を得られず、くうを切り裂いた。


「は?」


 流斗の目の前にはドアを境に何もない闇が広がっていた。

 ありとあらゆる光を飲み込み、全てを食らいつくさんとする漆黒は見ているだけで吸い込まれそうだ。


「いや、なんか吸い込まれ、て、ええええええええええええええええええええ!」


 体に不思議な浮遊感がまとわりつくと思ったら、流斗の身体は闇に放り出されていた。

 勢いよく外に出たのが災いした。何もない空間に気づいても、身体の勢いを止めることができずにそのまま闇へと突き進んでしまったのだ。受け止める地面がなければ当然その身は落下運動を始める。

 広大な闇に捧げた流斗の身体は、果ての見えない暗黒へと沈んでいく。

 しかし、流斗には不思議と恐怖はなかった。

 周囲が何も見えない漆黒というのもあるのだろうが、耳元で聞こえる風切り音がホワイトノイズのような安らぎを与えてくれた。

 灰色の日常から切り離れたこの空間が、落下していく時間が、まるで生まれ変われるようなイベントを期待させる。

 闇に蝕まれていく感触に心地よさを感じながら、流斗の意識は薄れていった。


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