99 輝行の最後
本編最終話となります。
楽しんで頂ければ幸いです。
なお、週末にエピローグを投稿して完結予定です。
1590年7月下旬 二階堂氏 ~須賀川城~
俺は昨夜の秀吉殿との会談の後、一人で今後の二階堂、そして奥羽の行く末を考えていた。
その為か寝不足気味で少し頭が重いと感じている。
しかし、今は少しでも早く思いついた考えを盛義達へ伝えて二階堂の今後について議論しなければならない。
「おい!誰かおらぬか?」
俺は急遽、盛義達を参集させるため部屋の外に控えている小姓を呼び使いを出す事にした。
だが、寝起きに老体でこの作業はかなり身体に堪えるものだな、身体もクタクタだぞ…。
急な参集ではあったが、その日の午後には二階堂の主だった者達を集める算段がついた。
殆どの者が城か城下の屋敷に居たのは幸いだった。
秀吉殿らが滞在中なので重臣もどこかへ行ったり出来ないからな。
「輝行様、盛義様がお出でになりました」
「うむ、ここへ通せ」
行盛が保土原有行の子、重行を伴って部屋に入って来た。
そこで挨拶もそこそこに盛義が話を切り出した。
「父上、我が家にとって重要な話があると聞いております。ついては事前に話の概略をお聞かせください」
盛義は皆へ説明するブリーフィング前の打ち合わせ望んだ。トップの意思統一は重要だから、この辺を言わなくても理解している息子に頼もしさを感じる。
「実はな行盛、昨夜秀吉様とこれからの事を話して当家、更に奥羽の今後についても大きく考える事があったのだ。それを皆にも話そうと思っている」
「それはこれまでの方針と大きく変わる様なお話なのでしょうか?」
「うむ、それなのだが…」
あれ?おかしい、声が出ないぞ?それに座っていた板の間が目の前に迫って来る。
俺はこの瞬間、視界が暗転し意識が途切れた。
次に俺が意識を回復した時には布団に横になっている状態だった。
恐らく身体に無理をさせ過ぎて倒れたのだろう。
健康第一で生活してきた俺だが、戦国の覇者である秀吉殿の来訪にテンションが上がって無理をしていたのだろう。
周りには主治医の他に行盛や孫の行輝もいる様だ。皆に心配を掛けて申し訳ない気分になる。
ここは明るく皆に謝って安心させなければな。
しかし俺には声を発する事が出来なかった。手足すら動かす事が出来ない!
こんなにひどい状況なのか…。まずいぞ!まだやらなければならない事がたくさんあるのに!
俺は暗澹たる気持ちになった。この時代の医学でここまでひどい状態からの回復は望めない。
恐らくだが俺の脳内で何かが起こっているのだろう。考えられるのは脳内出血か。
親族に同様の症状になった者がいたので少しは知っている。
現代医学ですら発症はら数時間以内に手術等をしなければならない場合がある重病だ。
身体が全く動かないとすれば状態は深刻だ。正直に言えば意識が戻っただけでもいい方だと思う。
ぼんやりとだが視覚もかろうじて生きているのが幸いだろう。
悪くすれば倒れてそのまま死んでいただろう。
既に耳も聞こえないので何を言っているのかは分からないが、盛義ら親族が俺に声を掛けている様だ。
それが終わると重臣達が顔を見せる。二階堂のため、民のためとは言え皆には多くの苦労を掛けた。
結構ブラックな職場だったかもしれないが、目的とやりがいがあったので耐えられたのだろうな。
その後には秀吉殿や光秀らその側近まで来てくれた。
これからは全力で豊臣を支えて行こうとしていた矢先だったから残念でならない。
成功すれば歴史が大きく変わった可能性もあった。
それともこれが歴史の修正力と言うやつなのか?!
あぁ、少し疲れて来たな。眠くなって来た。
俺は二階堂のために十分働けただろうか?奥州の為に少しは役に立っただろうか?
俺がやった事は自己満足なのかもしれない。
しかし、二階堂へ未来を示せた事は間違い無いと思う。
人の一生は長い様で短い。誰の言葉かは忘れたがこんな言葉を思い出した。
『人生は何事もなさぬにはあまりにも長いが、 何事かをなすにはあまりにも短い』
やりたい事はまだあったが俺の人生もこれで終わりの様だ。
皆との別れも辛いし残念だが仕方の無い事だ。
どうか二階堂家と奥州に幸あれ。
俺は少しの未練と多くの者に惜しまれながらこの世を去る事への充実感を胸に意識を手放した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
1590年7月下旬 二階堂盛義 ~須賀川城~
父上が亡くなった。今でも信じられない気持ちだ。
高齢になってからも精力的に活動し、小田原へは自ら出向いて秀吉様へ恭順の意思を示し奥州の地位を守るために動かれた。
奥州の同盟している主な大名が改易に遭わなかったのは父の影響力が大きいと、伊達輝宗殿からも言って頂いた。
そして、奥州の要石と言われた父が亡くなった事は二階堂だけでなく奥州にも少なくない影響があるだろう。
ただし、この事を見越して父はいくつかの準備を既に済ませている。
今は亡き信長様が長篠で武田を破る少し前、30歳目前だった私を当主とし、自らが隠居して私を表舞台に立たせてていた。
実際はかなり対外的な部分では頼ってはいたが、引き継げる状態になっている事も事実だ。
重臣もその多くが私の世代の者で、私の小姓や側近であるため家内に乱れは無いだろう。
それにしても父が亡くなった際の秀吉様の悲しみには驚いた。
私が直接知らせたのだが、とても驚いた後で泣き崩れて言葉を掛ける事すら憚られる程だった。
父の事をこの動乱の時代を一緒に駆け抜けて来た盟友だと思っていたと聞いている。
恐らく父もそんな秀吉様の事を支えたいと考えていたのだろう。
奥州としては豊臣への臣従を基本として、蘆名による徳川との交流を絶やさない方針に変わりは無い。
生き残る事を第一に考える父の方針に従ったもので皆が納得している。
小田原攻め後に、最悪で豊臣との戦を考えていた我らだったがそれを避けられたからには当面奥州にも平穏が訪れると考えている。
一部で豊臣により改易された者達が討伐されるだろうが、その者達は我等とも敵対していた者達なので問題は無い。
父の死により、今後はこれまでの様に二階堂が中心となって奥州の方針を導いて行く事は難しいだろう。
自分にそこまでの力量が無い事は自覚しているので、伊達・蘆名・二階堂の合議制となるであろう事に異存は無い。
姻族となって深く結びついている三家ならば、今後も奥州を導く事は出来ると考えている。
息子の世代になれば。父が何かと目を掛けていた伊達政宗殿辺りが台頭するかもしれない。
父上、見ていてください。これからも二階堂を、そして奥州を皆で繁栄させていきます!
読んで頂きありがとうございます。
(注)この物語はパラレルワールドでありフィクションです。
史実や現実と大きく異なる設定がありますのでご了承ください。