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93 小田原征伐6

忘れた頃に投稿…

楽しんで頂ければ幸いです。

1590年6月 二階堂氏 ~小田原・笠懸山~



北条征伐のための豊臣方の軍勢が小田原城を囲む中、奥州連合が主催した小田原花火大会が無事終了した。

不発もあった様だが個人的には満足出来る花火大会だったと思う。

俺は花火の数を一万発と秀吉殿には言っていたが、実際は九千数百発程度だったと思う。

それでも、現在の技術力でこれだけの花火を見せられた事に、俺は自領の職人たちを誇らしく思う。


花火の打ち上げは主に木砲で行った。

これは青銅の砲門を用いるとその重量から移動に難があるからだ。

船であれば設置して運用可能だが、野戦を想定した状況で用いるには無理がある。。

その代わりにどこでも調達出来る木を使った木砲を使ったのだ。

数発撃つと壊れてしまうものの、大筒よりは大きな口径の弾を発射出来るので有効だ。


そして、今回は俺の理想を追求して花火と音楽の共演を目指して太鼓の演奏を入れてみたのだが、現代の様な電子的に制御された点火ではないので太鼓の音とリンクした様な発射はやはり出来なかった。

それでも太鼓とのコラボは初めての試みだったためか観覧者には概ね好評だった様だ。

地元の釈迦堂川で行う予定の花火大会のいい予行演習になったと思う。


多くの観覧者を楽しませた花火大会だったが、楽しんでもいられない人々も多くいた様だ。

秀吉殿は俺の解説を聞いて苦笑していたが、秀長や光秀などは口をあんぐりと開けて驚愕していた。

一部の大名は伊達や蘆名の関係者に、あれだけ大量に使用した火薬の入手について尋ねていたと聞いている。

家康殿は黙り込んだ後に腹痛になり、花火が終了する前に桟敷から自分の天幕へ下がったとの事だ。


まあ、これだけ見せつければ奥羽で無理な仕置を行なおうと思う奴は少なくなるだろうと期待している。

秀吉殿にはこの花火大会で火薬を使い切ったと説明していたが、もちろん火薬の備蓄を切らす様な事はしていない。

最悪の場合を想定し、豊臣方を相手に最低でも一戦は出来る量の火薬の備蓄は現状でも確保してあるのだ。

秀吉殿の事だからその辺りは説明しなくとも想定しているはずだし、いろいろと深読みもしてくれる可能性がある。


更に船から打ち上げた花火の意味も秀吉殿なら理解していると思う。

海上からの盛大な花火は北条方にも直接城の近くを砲撃される事を想像させたが、これにはもう一つの意味があった。

それは海上からの艦砲射撃による市街地の破壊と言う可能性を認識させる事だ。


もしも、豊臣方が本気で奥州を攻めようとすれば恐らく十万を超える兵力となるだろう。

それに対して奥州全てが結束して対抗しても五・六万が限度だと思っている。

この数が正面から戦えば負けるのは目に見えているが、俺は白河周辺を中心とした防御陣地による持久戦を考えている。


以前から佐竹の北進を脅威と考え、白河周辺の防御は段階的に高めていた。

現在は、小峰城を中心に支城も大きく強化して豊臣方でも簡単に抜けられない状況を作りつつある。

おれは古来から存在する『白河の関』を大規模な守備陣地として再構築したのだ。


白河は古代から奥州において戦略的に重要な地域であり、だからこそ白河の関が作られていた。

奥州の玄関口であるこの地域を確保する事は、奥州を攻めるにしても、奥州から西を守るにしても必要な所だ。

なぜなら、山岳地帯が多いこの地域で大軍が移動するには、比較的平坦なこの地域を必ず通る必要があるからだ。


だからこそ朝廷や幕府は『関』を奥州に対する重要な拠点として支配してきた。

しかし、戦国時代になると朝廷や幕府の力が弱まり、自力で拠点を維持出来ない状況となってしまった。

その昔、奥州を征伐した坂上田村麻呂や源頼朝からすれば、この状況は危険極まりないだろう。


今は二階堂も豊臣方と思われているが、いつ心変わりが起こって取り潰しになるか分からない。

だから奥州の有力大名を巻き込んで、簡単に取り潰しや改易が出来ない状況を作ってきたが、それでも討伐軍が絶対に来ないとは限らないと思っている。

そのために俺は、これまでの奥州征伐の歴史を振り返り、敵を要撃する場所を何度も検討して来た。

その成果となるのが白河守備陣地なのだ。


この白河の地ならば豊臣方を二・三年は足止め出来ると考えている。

強固な野戦築城と砲撃で接近すら簡単に許さない城を落とすのは至難の業だ。

そして、この長期戦で生きて来るのが海上からの艦砲射撃による市街地の破壊なのだ。


陸戦なら足止めが精一杯の奥州方だが、海戦となれば話は別だ。

南蛮の技術を取り入れた奥州の船は既に二十隻程完成しており、これがあれば村上水軍の船も蹴散らす事が出来る。

遠距離からの砲撃と圧倒的な船速があれば接近戦をする必要が無いので、村上水軍が得意な焙烙玉や接舷強襲も怖くない。

船速を生かして敵が居ない港町を次々と攻撃する事も容易だろう。


これは阿片戦争でイギリスが清に行った戦い方を参考にしている。

イギリスは圧倒的な兵力を持つ清と陸戦を行わず、次々と港町を砲撃して一方的な破壊を繰り返したと言う。

中国全土を支配していた強大な清ですら戦法で疲弊し、香港割譲の他、不平等条約を結ばざるを得なかったのだ。

西国の大名達も自分の領地を荒らされる事態を看過するはずはないだろう。


少ない確率ではあるが、起こりえるかもしれない最悪の奥州への仕置に対抗する手段はこれで確保出来たと思っている。

秀吉殿であればこんな爆弾がある所へ手を突っ込んだりしないだろう。

いろいろと裏がありそうな秀吉殿ではあるが、損得勘定については信頼している。

これで奥州はこれからも豊臣方として行動する事で平穏を保てるはずだ。多分ね。

読んで頂きありがとうございます。

(注)この物語はパラレルワールドでありフィクションです。

   史実や現実と大きく異なる設定がありますのでご了承ください。

ちゃんと完結させたいと思い、鋭意執筆再開しております。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] ×秀長や光秀などは 〇秀長や三成などは 違っていたらすみません。
[気になる点] ×強大な清ですら戦法で疲弊し 〇強大な清ですら、この戦法で疲弊し
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