04 印地隊
楽しんでいただければ幸いです。
1533年 二階堂氏 ~須賀川城~
『スリング』は転生ものではお馴染みのお手軽チートアイテムである。
古代ギリシャ時代から近世まで投石の有効な道具として浸透している武器だ。
スリングを使った場合、その射程は上手い者が投げれば400メートルまで延び、当たれば鎧を着ていたとしても無事には済まない。
ひも状のスリングであれば戦国時代でも猟師や印地の上手いもの達が戦で同様の物を使用しているだろう。
しかし、スリングはある程度技術が必要であるため、農民を戦場に駆り出す場合が多いこの時代の戦では上手く使えない者もいて、素手で石を投げる場合も多いのだ。
この場合、素手で石を投げればスリングに比べてかなり射程が短いため、弓に対すると危険でありは有効な攻撃とならないことが問題点だった。
さらに、同等の射程が期待できる猟師や農民が主体の印地(投石)でも遠距離攻撃である弓兵と相対した場合でも鎧などの武装に差があるため印地側の人的被害が大きくなる。
また、投擲の動作には一定の広さが必要であることから、一部を除いてどうしても散発的な攻撃になる場合が多いのだ。
これを改善するために編成するのが『印地隊』である。
弓兵は両手を使うため盾を使用出来ないが、印地は片手でも可能なため盾を構えることが可能であり、防御しながら敵を有効射程に収めて攻撃することができるのだ。
俺は絵図を示しながら印地隊の編成を説明し、急造隊でも弓兵に十分対抗できるその有効性を晴行に説いた。
「これが実現するなら戦で弓隊の助力となろう。面白い、やってみよ」
「ありがとうございます」
さすがは優秀な晴行、すぐにこの印地隊の有効性を理解してくれたようだ。
「この隊の編成は照行と行有が中心となって行うがよい」
「はっ」
こうして俺達は印地隊の編成に着手することとなった。
まず俺達は各集落から印地の得意な者を選抜して集め、投擲の距離を測りその実力を確認した上で隊を編成していった。
ただし、猟師や農民が中心であるため、隊の動きなど基本的なことのみを短期間で教え、後は集落に帰ってから投擲は自主練習することとした。
「皆の者、ご苦労であった。今後は、一度家に戻り各自印地の訓練に励むよう心掛けよ。なお、後日集まった時には再び投擲の距離と命中率を競うが、その結果で米などを支給するので戻ってからも鍛錬に励むことだ」
「「「おおぅ」」」
兵たちは歓声を上げて期待を大きく膨らませているようだ。目がとてもギラついていたので本気度はかなりのかなりのものだと思う。
このため、練習し過ぎて肩を壊さないよう十分注意するよう申し伝えなければならない程だった。
「行有、この分なら隊への復帰後も十分期待できそうだな」
「そのようですね。兵たちは普段から米すらもあまり口にできない者が多いですから、その気持ちも十分察することができます」
そう、この時代では品種改良もできていないため、東北では米が多く取れなかったことから一般の民が米を口にする機会はあまり多くなかったのだ。
さらに、印地隊へ集まった兵は集落からの選抜とは言っても戦へ行く前提の者たちだ。
このため家を継げない次男、三男の者が多く、肩身の狭い生活を送る中で家族へ米を持って帰れるかもしれないと言う俺の言葉は大きな励みとなったようだ。
しかし、こんなに長く続く戦国時代での生活に、俺は今さらながらここで思い至った。これ夢落ちじゃなくね?
読んでいただきありがとうございます。
2017/06/07 歴史の日刊ランキングで1位になりました。なろう読者の優しさが身に沁みます。