1.運命という名の私の野望!
この十五年、私はこの日のために生きてきたのだと自信を持って言える。うん。根拠は特にないけど、勝手に今日を運命の日と決め付けてるのである。なんか文句でもある?
「なにを考えておられるのですか、姫様! 正気ですか! あなた今自分がなにをしておられるのかお分かりかっ!(副音声・いい加減にしろ、この小娘が! マジでこれ洒落になんねえんだよ! てめえのお転婆の皺寄せは全部こっちに来んだよ、このクソったれ!)」
「そうです姫様! 今でもまだ遅くありません! すぐに馬鹿な考えはお捨てになって、お戻りをっ!(副音声・今すぐ考え直せ、バカ! つーか、なーにが運命だ、バーカ! バーカ!)」
とりあえず、後ろでがなりたててるおっさん二人が鬱陶しいので、私は急ぎ足で進めていた歩を止めた。と同時に、右手の中指と親指で、パチン、と音を鳴らしてやる。すると、おっさん二人はなにが嬉しいのか、無様な悲鳴を上げながら、各々地面をのた打ち回り始めた。自分でやっといてなんだけど、見るに耐えないね、こりゃ。
ところで、さっきから、おっさん、おっさん、言ってるけど、二人はただのおっさんではない。期待されても困るのでさっさと端的に言うと「人間ではない」のである。
その正体は「鬼」なのだ。文字通りに。
頭に鋭く長い二本の角を持った、骸骨面。全身、顔色まで青と赤にそれぞれ統一された双子の鬼兄弟は、私のお目付け役なのだ。勘弁してほしい。十五年の付き合いだから、今更気色悪いもないけど、ここで言っとかなきゃ、私の感性疑われそう。なので、あえて言う。
このおっさんたちは、気色悪い。
そして、重ねて、あえて言っとこう。
こいつらのことなんて、どうでもいい。
再び私が指を鳴らすと、二人はのた打ち回るのを止めた。このお目付け役二人は、私が指を鳴らすとこうなるのだ。本人たち曰く「神経をすり潰されるような痛みが全身を襲う」だとか。どうでもいいけど。
さて、痙攣したまま動けないご様子の二人(鬼?)をその場に捨て置いて、私は再び歩き出す。と、背後でしつこくまぁだ声が響いた。
「お、お待ちください、姫ぇ……!(副音声・クソったれ、戻って来いこのバカ!)」
「我々は姫様のためを思えばこそ……!(副音声・運命なんて夢見てねえで、目ぇ覚ませバーカ! バーカ!)」
振り返ることなく、指を鳴らしてやる。私の地獄耳は、副音声まで聞き取れる優れものなのである。
「いいでしょ、別に。花の乙女に恋と夢は切り離せないのよ」
捨て台詞を決めて、私はその場を後にする。
おっと、指鳴らすの忘れてた(決して、わざとではない)。
動かなくなった二鬼は、まあ、運がよければそのうち誰かが保護するだろう。
さて、邪魔者がいなくなったところで、自己紹介でも一つ。
私の名は、キャロット=ルシフェル。十五歳にして、絶世の美少女と誉れ高い世界有数のお姫様である。しかし――これだけはあまり声を大にして言いたくないが、私はそんじょそこらのお姫様とはワケが違う。なにが違うのかって……――ああもう! そこまで私に言わせるつもり!?
腹いせに指を鳴らしてやろうにも、肝心の鬼共はこの場にいない。全く、役に立たない鬼共である。
はあ……。とりあえず、話を戻そ。
とにかく、私はそんじょそこらのお姫様とはワケが違うのである。そこ、鬼がお目付け役の時点で普通じゃない、なんてツッコミはしないよーに。まあ、そのツッコミは妥当ではある。
なぜなら……私は「魔族のお姫様」なのだ。
……はいはい、そこ。白い目で私を見ないよーに。
私だって、好き好んで魔族のお姫様なんてやってるわけではない。運が悪いことに、たまたま父親が魔族で、更に輪をかけて運が悪いことに、そいつが魔族の王様だったってだけの話である。ほんとーに、ついてない。こんなかわゆい女の子を捕まえて、魔族のお姫様だなんて……!
まさに、悲劇のヒロインとは私のために用意された言葉だ。
し、か、し! しかしだ。なにを隠そう、私は「純血」の魔族じゃないのである。
はい。ここ、重要ね。私は「純血」の魔族じゃあない。
実は、魔族と人間の血を引いた混血児、つまり、魔族と人間のハーフであったりするのだ。
ゆえに、私は魔族のお姫様でありながら、容姿はどこからどう見ても、人間なのだ。それはもう、誰も文句のつけようのない美少女だ。
背中まで流れるブロンドの髪。ルビーを思わせる紅の瞳。多少まあ、童顔ではあるけれど、成長によりカバーできる範囲内ではある。プロポーションは……まあ、同じ年頃の女の子に比べても小振りというかなんというか……――只今発展途上中なのである!
と、呑気に自己紹介などに時間を割いている場合ではなかったことを思い出し、私は気を取り直して、薄暗い地下通路を早足でひた歩く。
なにせ、今日は運命の日なのである。そう、誰がなんと言おうと運命の日なのである。しつこいようだが、う、ん、め、い、の、日、なのである。
はい、そこ。くどいとか思わないよーに。これは、乙女にとっての一大事。私の一生を左右するエックスデーなんだから。
しかしまあ、この時のためにドレスアップして、張り切ってウエディングドレスなど着込んできたはいいけど、この衣装は明らかに場に合ってない。日の目を見ないかび臭い地下通路を、なにが悲しくて花も恥らう十五の乙女が、純白の嫁入り衣装完全武装で突撃しなければならないのか……それは話せばひじょーに長いのである。
物心がついた頃から、私の周りは魔族で溢れ返っていた。
魔族……具体的には「人間以上の知能を持つ人間以外の生物」これが魔族の定義である。なんだか、ハブられた集団っぽい括りつけではあるけど、実際、魔族なんてゲテモノ料理の具材に使われても不思議じゃない「キモイ」連中の集まりである。ちなみに、今、私の使った「キモイ」という表現は「道端でばったり出くわしたなら、間違いなく悲鳴を上げて逃げ出す」ぐらいのつもりで捉えるよーに。
しかし、幼い頃から魔族の中で育った私は、当然、それが普通であると認識していた。
「それ」とは、例えば、鬼が世話役、遊び相手がしゃべるガイコツ、家庭教師は、嫌味なドラゴン、とかそういうことである。
……断っておくが、私は至って正・常、である。おかしいのは、あくまで周りの環境であって、私ではない。その辺を履き違えないよーに。
しかし、そんな環境を当たり前に感じていたのは、否定しようもない事実である。その頃の私は、疑うということを知らない純な子供だったのだ(今も純な乙女ではあるけど)。しかし、そんな私も、思春期を迎えるとともに「おや」と思い始めた。
おかしいぞと。周りがなんか、おかしいぞと。
おかしいのは、あくまで私ではなく、ま、わ、り、だったのである。
ただでさえ、思春期真っ只中(と言っても、今も思春期だけど)の難しい年頃である。周りをガイコツやら鬼やらドラゴンやら狼男やら蛇女やら以下同類項やらに囲まれて平気でいられるわけがない。が、どこを探しても私と同じ姿形をした生き物……つまり、人間はいなかった。
その頃から、家出を試みるようになったが、ことごとく、失敗に終わった。魔族と人間
は敵対関係にあるだとか、魔族の姫である私が人間に興味を持つなどもってのほかだとか、
説教と小言の毎日である。
私の中に流れる人間の血を意識しだした途端、私自身の立場が私を縛り付けるなんて――ああ、なんという不幸なの……と、夜な夜な人知れず袖を濡らしたものだ。
……いや、決して説教を垂れる連中を片っ端からぶっ飛ばしたり、腹いせに指を鳴らして鬼共をのた打ち回らせたりなんて、してはいない。断じて、そんな事実はない。ないったら、ないのである。
とにかく、私の人間に対する興味は日に日に膨れ上がっていった。そもそも、私の日常は二十四時間城の中である。深窓の佳人といえば聞こえはいいが、住まう城は魔族の寄生した、巨大お化け屋敷だ。私でなくとも、誰だってそんな環境願い下げに決まってる。
しかし、ある日何気なく足を運んだ書物庫で、私は運命の一冊と出会った。こう見えても、私は熱心な読書家なのだ。決して、禁術の記された古代書や、悪魔との契約書に手をつけようと、こっそり立ち入り禁止の書物庫へ侵入……なんてことはないのである。
その時、埃を被った書物庫で私の目に留まったものは、めぼしい資料(物騒なものでは決してない)ではなく、なにやら子供向けの絵本だった。
……はい、そこ。呆れた目で私を見ないよーに。
とにかく、悪魔の歴史書や呪術大全に挟まれた絵本に私の心は奪われた。いや、悪魔や呪術に心を奪われたわけじゃーない。それは、人間の子供向けに描かれた、ごく普通の絵本だったのである。
物語の内容は、魔王に捕らわれたお姫様を勇者が助け出して、めでたしめでたし、というものだ。立場上、魔王の方を応援しなければならないのだろうけど、もちろん、私は「捕らわれたお姫様」に感情移入することとなり、読み終わった頃には、乙女心に火がついていた。
理想が私の中で生まれた瞬間である。
城を抜け出すにしても、自ら抜け出すよりも、勇者が「私を助け出すために」ここへ来るのを待ってから、一緒に抜け出す方がロマンチックに決まっている。勇者に連れ出されたとなれば、誰も文句は言えないだろうことも、折込済みだ。
とにかく「運命」という名の私の野望は、その時から動き出したのだ。
お読みいただきありがとうございました。更新は不定期になりますが、長い目で見守ってやってください。
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