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アイリスに促され、思いだせる限りの自分の身に起きた事情を彼女に話す。
コンビニ帰りに黒い何かを見たこと、その何かに追われて襲われたこと、次に目を覚ました時見知らぬ草原にいたこと、そして、巨大な熊に頭を思い切り殴られたこと。
そこまで話してからアイリスの方を見ると、俺が想像していたよりも深刻そうな表情でアイリスは何かを考え込んでいた。
声をかけていいような雰囲気ではなかったので、アイリスが口を開くまで黙っていることにした。
しばらくの間、沈黙のが支配する時間続いた後、目を閉じて硬い表情をしたまま、アイリスはゆっくりと口を開いた。
「……まず、あなたが言っていたコンビ二、ですっけ? 私はこの辺の地理には詳しいけれど、そんなものがあるなんて言うのは聞いたことはないわ」
そして二つ目、とつぶやきながら、アイリスは閉じていた目を開け、さきほどまでとは打って変わって鋭い目つきで俺の方へと視線を投げかける。
「あなたの言っていた黒い何かって奴、私は少しだけ心当たりがある」
「それ本当か!?」
「確証はないけどね。だから今から、私の考えが正しいかどうか確かめる」
どうやって、と俺が口にするよりはやく、俺の右肩に激痛が走った。
いつの間に取り出したのか、アイリスの右手には細身の剣が握られていて、その刃を赤い液体が伝い落ちている。
腕を切り落とされたのだ、と気がついたのは、それから数秒たってからだった。
アイリスに斬られた俺は、恐怖とパニックで頭がいっぱいになる。
口からうわごとのように言葉を漏らし、尻もちをつきながらも必死にその場から逃げようと身をよじらせた。
だが腕を切り落とされたことでうまく身体を動かせず、無様にベッドから床へと転げ落ちてしまう。
肩から伝わる激痛と、顔を床に叩きつけた痛みで頭が真っ白になる。
痛みをこらえて目を開けると、無表情に俺を見下ろすアイリスと目があった。
さっきまであんなに優しくしてくれていたのにどうして、なんでいきなりこんな事を、と言いたい事はいくつもあるのに上手く言葉にする事ができない。
そんな無様な姿をさらしている俺をみても、アイリスは表情ひとつかえず、じっとどこかを見つめている。
「よく切られた場所を見ていなさい」
その視線が向けられている先が、切り落とされた腕の付け根だと気付いたのは、彼女からそんな言葉を投げかけられた後だった。
ふざけんなとおもいながら、斬られた場所を見た俺は、今度こそ本当に絶句した。
血が滴っているだろうと思われた肩の傷口からは、赤い血の代わりに黒い蛆虫のような物が湧き出ている。
そしてその蛆虫に、俺は見覚えがあった。
あの夜道、俺を襲った黒い何か。
あいつの赤い目ばかりが印象にのこっていたけれど、もうひとつ気が付いた事があったのを思い出した。
それは、爛々と光る赤い目にまとわりつくように蠢いていた、黒い虫のような何か。
今俺の肩から這い出しているのは、あの時見た物と全く一緒だった。
「なんだよ、なんなんだよこれ!!」
半乱狂になりながら、俺は残っている方の腕で肩から湧く虫を払い落とす。
だが払い落とすよりも湧き出る速度の方が早く、次第にそれは集まり膨れひとつの形を作り上げていいった。
虫達は切り落とされ腕を再現するかのように寄せ集まり、その色も黒から見知った肌の色へと変わっていく。
やがて、一分もたった頃には斬られたはずの腕が何もなかったかのように元どおり生えていた。
「え、は?」
自分の身に起こった事が理解できず、俺は意味のある言葉を発する事ができない。
恐る恐る今生えたばかりの腕に力を入れてみるが、なんの違和感も感じなかった。
「……討伐されたはずの魔王と同じ、不死の能力ね」
アイリスがぼそりとつぶやいた言葉の意味を、パニックに陥った俺の頭が理解する事はなかった。