プロローグ
「はぁ……、はぁ……!!」
荒い息を漏らし、痛む胸を抑えつけながら暗い夜道を必死に走り抜ける。
最近受験勉強ばかりしていたせいか、少し走っただけでまるで石がくくりつけられているかのように体が重く感じた。
こんな事なら少しくらい運動しておくんだったと後悔しつつも、前に進む足は止められない。
もし立ち止まれば取り返しがつかない事になる。
そんな確信が俺の頭を支配していたからだ。
『ズルッ……、ズルッ……』
だけど現実は非情で、必死に逃げていたはずの俺のすぐ後ろから、何かを引きずるような音が鼓膜を揺らした。
その音に、先ほど目にした黒づくめの何かの姿が脳裏をかすめ、恐怖で心臓が縮みあがる。
「なんっ……なんだよ、お前は!」
もう走るのも限界だと悟った俺は、残った力をふりしぼって握り拳を作り、駄目元でぶん殴ってやろうと後ろを振り返る。
だが俺が拳を撃ち抜くよりはやく、首筋をナイフを突き刺されたかのような衝撃が襲った。
「が、はっ……!」
肺に残っていた少ない空気が、激痛によって押し出される。
痛みと恐怖で言う事を聞かない体を無理やり動かし、視界まで自分の背後へと目をやった。
そして、夜の闇より濃い黒をしたボロボロの布切れと、その中からこちらを覗き込む赤い眼と眼があう。
数瞬の後、その赤い眼を持つ何かに首を噛まれているのだとわかると同時に、ゆっくりと意識が闇に沈んでいった。
「……つッ!!」
首筋に痛みを感じた俺は、その痛みに引きずられるようにゆっくりと眼を開ける。
襲われたのはアスファルトの路上のはずなのに、どうやら草原の上で寝ているらしく、草の葉先が頬をかすめてくすぐったい。
「一体何が起こったんだ……。っていうかあの黒い奴はなんだったんだよ……」
わからないことばかりだけれど、とりあえず生きているらしい事に安堵しつつ、俺は重い体をゆっくりと起こす。
「「……」」
そして、視線を正面へと移した俺は、ピシリと音を立てて固まった。
目の前には、熊としか言いようがない生き物が、獲物をみつけたとばかりに鋭い光を灯した目でこちらをじっとみている。
その距離はわずか数十センチ、まさに目と鼻の先といったところだ。
「あっ……」
状況が理解できず、思わず間抜けな声を出した俺に、熊っぽい生き物は、その丸太のような腕を容赦なく頭めがけて叩きつけてきた。
肉が裂けていく嫌な感覚と、頭蓋が砕ける感覚を味わいながら、俺はもう一度意識を真っ暗闇に叩き落された。