婚約破棄の裏にあるもの
「そうだね………あの騒ぎが我が国の熟練した職人が流出する原因を作ったからね」
そう嘆息してリディアは肩を竦める。リディアの相槌にフローリアは頬に手を当ててため息を吐く。
「おじ様もよく考えるべきだったと思うのよね………結婚式を半年後に控えた時期の婚約破棄がどれぐらい自国の経済循環を悪くするかぐらい」
「まぁ………ロイヤルウェディングは公共事業の一環だからね」
結婚に夢見るご令嬢達が聞いたら悲鳴をあげそうな発言をしたリディアはフローリアに向かって指を折る。
「結婚式への祝い品に………自国貴族の装飾品にドレスだろ………何より、結婚式に参列する他国の使者の従者達の宿泊代。それによる王都の宿屋の稼働率のアップ。王族の結婚がもたらす経済効果はかなり大きい」
馬車の肘置きに行儀悪く肘をおいたリディアはニヤリと悪徳商人のように微笑む。その指摘にフローリアもウンウンと頷く。
「何より、装飾品が大きいのよ。私の母とおじ様のとの結婚を見据えて半年後の式に合わせるために多くの貴族から職人達に注文が殺到していた筈。その注文の全てとは言わなくても大多数がキャンセルされたら………生きていけないもの」
フローリアは想像するだけで悲しくなっちゃうと遠い目をする。フローリアとリディアが生を受けたこの国は周囲を山に囲まれている。国の主な産業は山から産出された鉱石を加工し、販売する事。販売された代金で外貨を稼ぎ、穀物を輸入していたのだ。その経済循環が結婚式を半年後に控えた時期での婚約破棄で崩れたのだ。
「装飾品は流行りの形があるからね。いつになるか分からない結婚式のためには装飾品は作れない。白紙に戻すのが当たり障りない判断だ」
「それに装飾品は高価。母に合わせたデザインも出来上がっていた筈………王族の結婚式が白紙に戻った際の判断か甘かったとしかいいようがないわ」
商人を通しての注文がなくなれば鉱石を加工する職人達を抱えた工房がもろに余波を食らう。職人を雇用し、育成をしていた工房は商人から注文を受けて石を加工する。商人からの注文がなくなれば、職人を雇用して育成をすることが出来なくなるのだ。工房から職人がいなくなり、鉱石の加工がなくなれば鉱石の価格は下がる。それを採掘する仕事に携わっていた労働者の仕事もなくなる。仕事がなくなれば生活に必要なものを買えなくなるという図式だ。
「生活が出来なくなれば、盗賊や浮浪者といった政情不安の材料が山積みだからな」
「他国の商人達は盗賊や浮浪者か増えると治安を不安視して国には来てくれない………」
質の良い装飾品を求めて訪れていた商人も治安が悪くなればあっさりと来なくなる。この国に訪れるためには自身の安全を守るために護衛を雇う必要があるからだ。商品の仕入れ価格が上がれば販売価格も上がる。それならば多少質は落ちても価格が安い装飾品を仕入れる方が商人にとってのメリットは大きい。
「仕事がない我が国ではなく、仕事を求めて熟練の職人達が他国に流出する。流出すれば、我が国の技術が欲しい他国の商人達は両手を上げて職人達を歓迎する」
フローリアの言葉を続けるようにリディアもため息を吐く。
「別に歴史を振り返っても王族の婚約破棄は珍しくもないし、婚約破棄をした事が悪いのではないと俺は思ってる。でも、王族の婚約破棄は様々な要素を含まれている事を見据えて行うべきだ。何より、王族の結婚は国益を考えて行うもの。むしろ、国内の娘と婚約が決まっていたとしても王族ならばさらなる国益が見込まれる方を優先して婚約を結ぶべきだと思っている」
ー婚約ー
それは相手と結婚する可能性があるという約束に過ぎない。
相手と結婚することによる利益を見込んで交わされるもの。
そのため………
婚約破棄が行われることはまず少ないが皆無ではない。相手との婚姻よりも更によい利益があれば婚約は破棄され、新たに結ばれる。王族の婚約であれば破棄されることもそう珍しくもない。王妃として自国内の娘を迎えても他国から姫を迎えればその娘は側妃になる。だから婚約破棄したぐらいでは王としての素質がないとは言えない。ただ、その婚約破棄による弊害を理解しているかが大切だとリディアは考えている。
「だから、私と結婚式を上げてくれる相手にはそこだけは理解して欲しいと告げるんだけど難しいよね」
自分の言葉に耳を傾けるフローリアを前にー婚約破棄王子ーは微笑む。
「正直な話、私は見合いをする令嬢達にそこを伝えている。でも、そこを伝えると婚約破棄するどころか婚約にすら辿り着けない。私は祖父を祖父として父親を親として尊敬するかと聞かれたらああと応えるが、王として見習うかと聞かれたら否だ。この国の産業を考えたら結婚式を半年後に控えた時期の婚約破棄がどんな影響を及ぼすか考えていなかった点でマイナスだからね」
自分の親としては仲睦まじく、自分もああいう関係を結婚した妃と築けたらいいなとは思うが、あくまで理想でしかない。そうなのよね………とフローリアも同意する。自分はフローリアというハウル国の一令嬢。結婚は是非とも高く売りつけたい。
「おじ様も正妃にはうちの母親を据えて、側妃におば様を迎えたら良かったのにとは思うわ」
その発言にリディアはクスクスと笑う。
「でも、無理だったと思うよ。君の母様が正妃についたら私の母は必要がないからね。側妃としてなら問題ないかもしれないが、腹芸に向いてないから………私はこの世に生まれてないのは確かだよ」
その発言に“まぁ”と唇を尖らせるフローリアに笑いながらも目を細めたリディアは酷薄な笑みを浮かべる。
「でも、父が婚約破棄をしてくれた事でこの国はある事を知ることが出来た事は確かだ。そこだけは感謝したい」
自分を見つめるフローリアを前にリディアは口を開く。
「そもそも婚約による婚姻は後ろ楯や経済力を目当てに行われる。しかし、この国は父が婚約破棄をするまでその事実から目を逸らしていた。この国がたかたが婚約破棄ひとつで経済が破綻するほど、他国への輸出に頼っていた事も輸入が滞れば国内の食糧が高騰するほど穀物を他国からの輸出に頼っていたという事実が国を駄目にしたんだ」
ーそうー
婚約破棄は今まで露になっていなかった自国経済問題をさらけ出した。自国にある鉱物輸出による穀物の他国輸入の循環に頼りきってきた我が国の経済の抱える矛盾点を突きつけたのだ。
大変遅くなりまして申し訳ありません。休みの日に増やしていく予定が上手く出来ず、ご迷惑をおかけいたしました。