第5章-シリュウ-
放課後、帰ろうとしたとき、昼間の先輩に見つかってしまい、連れて行かれる。
「あの、どこへ行くんですか? 困ります」
「まぁまぁ、すぐ終わるから」
そう言って連れて来られた場所は、裏庭だった。
そこには、斎北がいた。
「斎北先輩っ」
「よう、裕希ちゃんも頼まれたのか?」
「頼まれたんじゃありません、無理矢理連れて来られたんです!」
ほんとに何とかして。
「まっまっ。とりあえずここ読んでみて」
もお…。それどころじゃないのに。
そういいつつも台本を読んでみると、
「…、あ、の…これ、もしかして」
「どう? いいだろ?アサシンの話しだ」
カンベンしてよ…。
「…あや子さんのほうが似合ってると思うんですけど」
「いいや、あや子だとだめなんだ、君のイメージにぴったりなんだ、頼むよ」
「………」
フー。どうして、こうもタイミングが悪いんだ。まいったな。
仕方なしに返事をしようとしたとき、保健医が来た。
「西岡、それ、少し待ってやってほしいんだ」
「先生、どうしてですか」
保健医は、ちらっと裕希を見る。裕希は横を向く。
「江藤は怪我をしているんだ。良くなるまで待ってくれないか?」
「おれもそうしてもらいたい。ダメか?」
斎北が言った。
西岡は少し考え
「わかった、いいですよ。ただし四日だけです。こっちも期限があるんで」
そう言って西岡は、帰っていった。
「悪いな裕希ちゃん、あいつちちょっと強引だけど悪い奴じゃないから」
斎北がすまなそうに言った。
「…いいですよ、気にしてませんから。それより、傷のほうは大丈夫なんですか?」
「ああ、8針縫った」
「うわっ」
そういえば、一度も縫ったことないな。
「ほら、斎北部活だろ」
「あ、じゃあな裕希ちゃん」
「はい」
斎北の姿が見えなくなった。
「……よくここがわかりましたね、先生」
「ああ、私も帰るとこだったんだ、そしたら、君が連れていかれるのを見たんでな」
「そうですか」
よく言う、見張っていたんだろうが、東条院に頼まれたんだな。まったく余計なことを、私が誰だか、忘れているようだな。
「途中まで一緒に帰るか」
「いいですよ」
「先生はうちの学校長いんですか?」
「んー、二年位かな。江藤はもう慣れたか」
「まだ一ヶ月位ですからねぇ、まぁまぁってとこですか」
必要以上に、馴れ合う気はないからね。
「斎北と知り合いなのか? ずいぶんと親しげだったけど」
「部活の先輩です。私、部はやめたんですけど、いろいろかまってくれるんです…」
「人は見かけによらないからな、あいつらは人気はあるが、近寄りがたいってみんな言ってる。実際はどうだ?」
「良い人達ですよ。ちょっと心配性ですけどね」
ふっと笑う。
「良い顔だ」
「え?」
「良い顔だって言ったんだ。あいつらの話ししてるときの君の顔」
保健医はニッと笑う。
「………」
気づかなかった…裕希は愕然とする。
‥そんな顔をしていたのか…、自分でも気づかぬうちに。
「どうかしたのか?」
黙り込んでしまった裕希に、保健医が話しかける。
「…いえ、ちょっと驚いただけです。そんなこと言われたの初めてなので」
「そうか、あっ、じゃあここでな。気をつけて帰れよ」
「‥はい」
…不覚、気づかなかったとはいえ、よりにもよってアイツの手のものに見られるとは。
やっぱり、離れるべきだな。
「総頭」
「榊か」
「はい」
「どうだ様子は」
「はい、これといって…」
「なんだ?」
「本当にあの子なんでしょうか、噂とは少し」
どうやら、総頭と話をしている人物は保健医のようだ。名を榊というらしい。
裕希と別れたあと、報告しに来たようだ。
「噂ほどあてにならないものはない。意外な一面を見たのか?」
「はぁ‥ああいう顔をするとは思ってもいませんでしたので、私が言ったら、本人も自覚していなかったようで。あれではまるで」
「まるで普通の高校生か?」
「はい」
「油断はするな、なぜカーリーと呼ばれていると思う。最初、名前はなかったんだ、自然とそう呼ばれるようになったんだ。この意味はわかるな?」
「はい」
「まぁ、今回の争いで嫌でもわかるがな、敵に回したくない人物だ」
「……」
総頭にここまで言わせるとは、本当の姿を見てみたい
家に戻った裕希は、いつでも出られるように仕事用の服に着替える。
いつ仕掛けてくるのか見当がつかない。シリュウのデータはまったくないからな。
「さて、どうするか」
たしか、組織の人間だったよな。名簿に乗っているはず、組織の端末に侵入してみるか。
裕希は、二階にあるパソコンのところに行く。
銃は脇にしまっている。
カタカタ…。
『コードネーム・シリュウの記録を示せ』
『・・うまくいくか」
ピピッカタカタカタ…。
『特殊コードX。ネーム・シリュウ。仕事に関するデータは、本人の希望により入力されていない』
「……おやおや、シリュウにも信用されていないようだな。当たり前か、こんなにも簡単に情報が見れるのだから」
仕方ないな、写真でもいいから一度見てみなければ、顔を見れば大概どんな奴かわかる。
ピンポーン。
午後七時。
インターホンが鳴った。
「……」
誰だろこんな時間にっていってもまだ七時だけど。
下に降りる。
「はい、どちら様ですか?」
「私、あや子よ」
あや子さん?
スコープから除くと、本当だ、あや子さんが立っていた。
ガチャ。
扉を開ける。
「あや子さん。どうしたんですか? 何かあったんですか?」
「ううん、夕飯に誘いに来たのだけど、どこか行くところだった?」
「いえ別に大‥丈夫ですけど」
「ほんと? よかった」
「あ、じゃあ、ちょっと待っててください」
裕希は二階に上がり、パソコンからフロッピーを取り出し、ほかに必要なフロッピーも取り出して、バックに入れた。
まっ、念のためね。
「じゃ、行きましょうか」
行く先は『HELP』。
今は夜だからクラブになっている。
それにしても、これからHELPに行くことが多くなりそうだなと、思う裕希だった。
アクセス場所を変えようか…。
「カウンターにしましょうか」
「いいですよ」
行ってみると、宮内部長がいた。もちろん黒木も。
「やぁ裕希ちゃん、いらっしゃい」
「今晩は。今日バイトだったんですね」
「ああ。何にする? 何でもいいよ」
「裕希ちゃん、お酒大丈夫?」
「はい、平気です」
聞くだけ野暮だ。
「じゃあ私は、マスターのおすすめ。裕希ちゃんは?」
「いつ」
「ん?なに」
「色々あるなぁ、って」
危ない危ない。ついいつもの癖で、いつものって言ってしまうところだった。
「このカクテルはどう?」
と、黒木が言った。
それは、いつものカクテルだった。
「…それにします」
ニッコリして言った。
黒木に丁寧語を使ったの初めてだ。これからは、使う機会が多くなるだろうな、と思う裕希だった。
飲みながら話をする。
「…裕希ちゃん、部活はどうするの?」
「……まだ‥わかりません」
「そう‥」
本当は、戻るつもりはない。学校もやめるつもりだ。
今回の争いが終わったら、何もかも精算するつもりなのだ。
郊外の高校にするか、それとも海外へ行くか迷っている。東条院が何と言おうと、学校はやめる。
黒木に言おうか言うまいか、まだわからない。
それに…、父の死因を調べなければならない。教えてはくれないからね。
考え込んでいると、映画の話になっていた。
「ほんとに、アイツには参ったよな」
「いつもいきなりなんだもの。裕希ちゃんも災難よね」
「ほんとですよ、ちゃんと断ったのに、あや子さん代わってくださいよ」
今はそれどころじゃないのに。
「うーん、でも、いい記念だからやってみたら?」
「そうだよ、やってごらん」
「…記念で‥すか…」
「そうそう」
うーん…。
「そ…うですね、いい記念になりますね」
これが終わったら、辞めるつもりだったけど、まぁ、いっか。
「あっ、そうだ。できたらテープもらえますかね」
内容的には違うけど、私がしてきたことの証拠として、残していきたい。
「ああ、くれると思うよ、言っておくよ」
「お願いします」
「どういう映画なんです」
今まで黙って聞いていた黒木が、口を開いた。
裕希はニッと笑って、
「アサシンの話」
と、言ったら
「おやおや、合ってるんじゃないですか」
黒木は表情変えず言った。
クスッ。クスクスクスクス。
裕希と黒木が笑う。
「ちょっと小腹が空いたわね」
「じゃ、何か作ろう」
そう言って宮内は裏に行った。
「私も手伝うわ。マスターいいかしら」
「かまいませんよ」
あや子も裏へ行った。
黒木と二人になった。
裕希は、カクテルを飲み干した。
「お代りくれる? それと、御代は私につけといて、勝手に下ろしていいわ。だからあなたのおごりと言っておいて」
「わかりました」
裕希の前にカクテルを置く。
裕希は、そのカクテルを見つめて言った。
「…あなたに話がある…」
「何です?」
「いや…。おりをみて話す」
カクテルを飲む。
「お待たせー」
あや子たちが来た。サラダとチャーハンを作ってきた。
「いただきます」
それから数時間話し続けた。
午後十一時をまわった。
「本当にいいんですか?」
「いいでですよ。今日は私のおごりです」
「ごちそうさまです。裕希ちゃん送るわ」
「大丈夫です。あや子さんのほうこそ一人じゃ危ないですよ、遠いいんですから、私が送ります」
「そお? ありがとう」
あや子を送ったあと、家に電話をかける。もちろん、誰もいるはずがない。
プルルルル・プルルルル・プルルルル…
「……」
おかしい‥。
留守電が切れている…。
やはり。
フロッピーを持ってきて
「…正解…か」
家に戻った裕希、一見、異常のないように見えるが、裕希には分かった。
パソコンへ向かう。
コンセットははめられている。
シリュウが来た。
パソコンにはフロッピーが入れてあった。
電源を入れ、リセットを押す。
ピピッ…ピ。
でてきたのは……
何やら、暗号文めいたものが出てきた。
「……」
解くか解かないか…。解かないことにした。
どこにも異常ないか確かめて眠りについた。
午前一時をまわっていた。
数日が過ぎ、映画の撮影が始まった。
傷もすっかり良くなった。
四日間、シリュウは何もしてこなかった。
「じゃあ始めよう」
中庭での撮影。ここでは、アサシンが狙われるシーンだ。
ここでの最初のシーンは何者かに狙われるという設定だ。そして、犯人を見附けて、その雇い主を殺すという話だ。
本当に、今の私と同じだね。これだけ似てると西岡さん、あなたを疑ってしまいますよ。
本番になって、裕希の横にある枝が折れた。
裕希が振り向く。
少しの沈黙。
「カートッ!」
西岡のオーケイが出る。
「良い表情だったよ」
「そうですか‥」
しかし、今のは本当の表情だ。
枝の折れるタイミングはバッチリだった。
…消音銃‥
枝は本当に折れる折れ方だった。
「……」
シリュウの腕は確かみたいだな。
どうやら、この映画のシナリオ通りになるのかもしれない。
昨夜、一つだけなくなっていたものがあった、それは、この映画の台本だった。
次は、先輩たちのシーンなので、しばらく見物。
「面白いことをしているな」
頭上で声がした。
振り向かなくてもわかった。東条院だ。
「つれないな。よく引き受けたな。下手をすればバレるだろ」
「‥ただの気まぐれだ。それに、昨夜この台本が盗まれた。意味が分かるか?」
「なるほど」
「丁度いい舞台になった。この映画とともに終わらせる」 フッと笑って言った。
「いいのか」
と、東条院が問う。
裕希は少し黙って、
「いいさ、その時は私が消えればいいことだ」
「…そうだな」
「ああ、そうそう。校医の名は何という? 私の監視役をするのはいいが余計な真似はするなと言っておけ」
「貴女の本気の姿を、見たそうな顔だったな」
「本気ねぇ。さぁどうかな」
そう言って去ろうとした。
「黒木には言わないのか?」
東条院の問いかけに裕希は、足を止め、
「…いずれ話す」
と、言って去った。
「‥貴女を、死なせるわけにはいかないのですよ」
裕希の去る後ろ姿を見つめながら、東条院が言った。
「それじゃ、斎北と江藤さんのシーンいくよ」
アサシンであるのに斎北を好きになってしまう。斎北もアサシンを好きになってしまい、斎北が告白するシーンだ。
「…先輩のお気持ちは嬉しいです。でも、すいません。私には応えることができません」
「そうか、いきなり悪かったね:じゃあ、友達でいてくれるかな。だめか?」
「‥いいえ、友達なら‥」
「ありがとう、それじゃあ」
斎北が去っていく。
その後ろ姿を、悲しげに見つめながら、
ポツリ…。
「ありがとうございます」
―と、呟いた。
たしかこのあと撃たれるんだったよな。
実際、本当に撃ってくるだろうか、イヤ、撃ってこないだろう、奴も一様プロだ。少なくともまともな頭のはずだ。
思った通り、撃ってこなかった。
今度は、裕希一人でパソコンを打っているところだ。
探偵部のパソコンを使う。
「江藤さん、これ打って」
そう言われて渡された紙には、パスワードが記入されていた。
それを見た裕希は驚いた。
なぜなら、B・Bのパスワードだったからだ。
「…これ何ですか?」
と聞く。
「ああ適当に書いたやつ、それ打ったあと適当に打ってて」
「‥はい…」
適当…。だったら何も適当に打てって言えば済むことだろうに‥
偶然とは恐いものだな。。
しかし、これを打つわけにはいかない。
侵入して、一番バレやすいのは学校なのだ。
東条院がこの学校にいることは、側近だけが知っていることだろう。
…校長室に侵入する‥。
カタカタカタ…
『撮影でB・Bに侵入することになったが、どうする』
と、打った。
すると、
『パスワードを変えて打て』と返事が返ってきた。
やっぱりね。
仕方ないな、自分のところにアクセスするか。
ピーッ
何かが反応した‥。
出てきたデータは……!
「…っ…」
父親のデータだった。
どういうこと?父さんに関するデータは、持っていないはず。
ハッ!
まさか‥
シリュウが置いていったフロッピー。
次々とテータが出てくる。そして、ある一文字を見たとき、思わずスイッチを切ってしまった。見るのが、知るのが怖かったのかもしれない。
「カット!」
西岡の声で、我にかえった。
「どうしたの?」
「あ、すいません。つながってしまったので、ビックリして、まずかったですか?」
「や大丈夫、バッチリだよ」
「よかった」
「今日の撮影はこれで終わりだから、江藤さん帰っていいよ。ご苦労さま」
「はい」
「あっ、そうだ。健悟から聞いたよ、オーケイだよ、出来上がったらテープあげるよ」
「ありがとうございます。それじゃ失礼します」
「ああ、バイバイ」
パタン…。
あのとき…。
あのとき出てきた一文字‥それは、『死』だった。
「………」
私は、父の死因が知りたいと思っている反面、知りたくないと思っているのかもしれない……。




