第3話-決意-
明朝、伊藤周蔵のところへ行く。
気配を消して家の中に入り、奴の気配を探る。奴はリビングにいた。私の気配には気付かない。何か荷造りをしている。
カーリーは少し離れてたっている。
「……何をしている」
そう話しかけると、奴はビクリと体を震わせ振り向いた。
カーリーの顔を見たとき、少し驚いたが、笑顔に変わった。
「どうしたんだね」
と、優しく聞く。
その言葉に、冷たい笑みを浮かべた…。
「いえ、チャイムを鳴らしたんですが出てこないので、どうしたのかと思いまして」
冷たい言い方。
言い方でそれは嘘だとわかるものだ。
しかし、この男はそうとう動揺しているようだ。
「それはスマナイ、で、何の用かな」
と、言った。
私は思わず、クッと、笑った。
それを見た奴は、怪訝な顔をして言った。
「何がおかしいんだね」
「いや。…実は、あなたへの頼まれごとと、お礼がありまして、ここへ来ました」
「頼まれごと?」
「はい。それよりもまず、お礼をさせて下さい」
「なんのだ」
「お忘れですか? 私の腕に矢を刺してくれたお礼です」
「何のことだ? 私は知らない」
奴はあまでシラを切るつもりらしい。まぁ、いいだろう。
「…では、本題に入りましょう。私は、あなたを殺してほしいという依頼を、ある人物からもらい、あなたを殺しに来ました」
その言葉を聞いた奴は笑いだした。
カーリーは冷たい目をしてそれを見る。
「何を言い出すかと思ったら、冗談はやめなさい。もしそうだとしても、いったい誰がそんなことを頼んだんだね」
と、笑いながら言った。
「あなたの息子からです」
「勝だと? …クッ。ハッハッハッ」
またか…。
だが、カーリーの冷たい目付きを見たとき、笑いは止まった。
やっと終わったか。
「私は勝さんの彼女ではない。あなたを調べるための芝居だ」
奴は驚きを隠せない。
カーリーは笑っている。
冷酷なまでのカーリーの態度に、だんだんと恐怖がつのっていく。
恐怖のためか、奴の声は震えている。
「ま…、待ってくれ、なぜ私が、殺されなければ…」
ほぉー。
ここまで来てもまだシラを切るか。
たいした度胸だ。
だがこれまでだな。
「理由など知らなくてもいい。…そうだな、一つだけ教えてやろう、お前は、B・Bに載っていたよ」
「…載っていた…?」
なぜ過去形なんだ…。
「過去形なのは抹消されたからだよ。その意味はわかるだろう。さぁ、長話は終わりだ、奥さんと息子さんのところへ逝くといい。逝って詫びるといい」
言いながら銃を取り出し、奴に突き付ける。
「やっ…、やめ」
奴が叫ぶ間もなく引き金を引いた。
消音にしているので、銃声は聞こえない。
「さようなら」
一言そう言って、カーリーは去った。
一度家に戻り、制服に替える。
午前十一時半過ぎ。
軽く昼食を取る。
コーヒーを飲み、一息つく。
「…疲れた‥」
今回は喋り過ぎた。いつもの倍は喋ってる。
短期間にいろいろなことが起こりすぎた。
「………」
父さんが、裏国の人間だったなんて、頭ではわかっていても、まだ信じられない。けど…、信じざるを得ない…、テレビで報道されていないことが、そのことを証明している。
……どんな気持ちで…、手紙を書いていたんだろうか、娘が、殺し屋なんて、やりきれなかっただろうに…だから嘘をついてまで家には帰ってきたくはなかったのだろう。
父さんを騙したまま終わってしまった。
そして、また、あの人達も騙したまま、終わってしまうことになるのだろう、きっと‥。
「部活も…、やめなければ…」
学校と…ね…。
組織自体を潰すすのは難しい。
へたをすれば、逆に殺られる。
しかし、奴の懐に入れば裏国の中に侵入するのは簡単だ。そして、そっと機会を待つ。
期限は…、三日。
三日のうちに潰す。
期間中、学校は辞めない。
昼休み三年の教室に行く。宮内に退部届を渡しに。
宮内を呼んでもらう。
「すいません、宮内先輩いますか?」
「宮? ちょっと待って」
その人は、そう言って部長のところへ行った。
部長は何かを書いてる途中だった。
「宮、一年生が呼んでるぞ」
「ん?」
宮内は書くのをやめて、入口を見た。
裕希は軽くお辞儀をする。
「可愛い子じゃん、紹介して」
「ダメだ、だいいち彼女いるだろお前」
裕希のほうへ歩いて行く。
「君、名前は?」
「‥江藤です」
なんだこの人。
「ほら、彼女が待ってるぞ、早く行け」
「はいはい、じゃあね江藤さん」
「‥はぁ」
そのい人は走って彼女のところへ行った。
何なんだあの人。
宮内はため息をついた。
「まったく、気にしないでいいよ、裕希ちゃん」
「‥はい」
「それより、何か用かい?」
「あ、はい。実は…」
そう言って、退部届を出した。
宮内は、何も言わずに受け取った。
何も言わずに受け取った宮内を見て、裕希は少し驚いたのと同時に優しさを感じた。
「部長…。ありがとうございます。すいません」
「謝ることはない。誰にだって人に言えないことがある」
「すいません」
「みんな裕希ちゃんが好きだ。時々、遊びにおいで」
優しい言葉。
たいした言葉でもないはずなのに、それ以上の優しさがあった。
涙が出てきた。部長に見られたくないので、下を向いた。
「‥部長、ありがとうございます…それじゃあ、失礼します」
「ああ、みんなには言っておくよ」
お辞儀をして去った。
…不思議だ‥。
先輩達の前だと不思議と涙が出てしまう。カーリーとなった今でも。
「…不思議だね」
ああそうだ、奴が死んだ今、先輩達はどうするのだろう。
あんなことを言ってしまった私にも、責任があるのだが。
「あとで聞いてみるか」
だが、その答えはすぐに出た。
教室に向かっている途中、二年生が話しているのを聞いた。
それは伊藤勝のことだった。
「―ショックだね。自殺って聞いたときもショックだけど、まさか、父親に殺されるなんて」
「あー、今朝の新聞に載ってたやつでしょ。父親も自殺だってね」
自殺…か。なるほどね。
「近藤さん、ショックだろうねぇ」
…フゥっと、裕希はため息をつく。
ため息ばかり。でも、これでスッキリした。
部長も新聞を読んで知っていたんだ、だから言わなかったんだ。
裕希は教室に戻った。
放課後、教室に誰もいなくなるまで待った。なぜだか一人になりたいと思った。
ふせて寝ていると、廊下を走ってくる音がした。
一人だ。
それはだんだん近づき止まった。
「裕希ちゃんっ」
いきなり私の名を呼んだ。
その声には覚えがあった。
顔を上げ、走り寄ってくる人物を見た。
「あや子さん」
そう、あや子だった。
あや子は入るなり裕希の手をガシッと握った。
「…あや子さん?」
「部をやめるって本当なの?」
「……はい…」
「どうしても?」
「はい。すいません。…三日後、学校もやめます」
「えっ?」
いつのまにか教室の入口には、宮内部長・水野さん、斎北さんが立っていた。
「…先輩‥」
「学校もやめちまうのか?」
「…はい。残念ですが」
「ほんとに残念で悲しいわ」
「あや子さん、…まだ、三日もあります。遊びに行きますよ」
行けないかもしれない。それよりも、学校にさえ来れないかもしれない。
裏国内部の調査が、スムーズにいけば来れるけど。
「裕希ちゃん」
水野さんが近寄ってきた。
「はい、何ですか?」
「いろいろな意味を込めて、頑張ってね。それから、探偵部のメンバーとして、裕希ちゃんの記録をちゃんと残しておくよ」
「…ありがとうございます。とても嬉しいです」
「手紙、ちょうだいね」
手を握ったまま、あや子が言った。
「俺達にもな」
いつのまにか全員、私の周りに来ていた。
「もちろんです」
たった、数日しか経っていないのに、こんなにも私のことを想ってくれている、言葉に出す優しさより、言葉に出さない優しさを人より持っている人達。
…同じものを持っている人物を‥、私は知っていた‥。
昔の事だけど。
…不思議に、この人達といると心が安らぐ。
唯一、私、江藤裕希に戻れる場所。
「…短い間でしたけど、先輩達に出会って本当に良かったです。ありがとうございました」
裕希は、今までで一番最高の笑みを浮かべた。
もし、自分を見失いそうになったとき、もう帰ることはできないけど、この人達の事を思い出そう。ただの十六才の少女に戻させてくれる、この人達のことを…
ーと、思う裕希だった。
先輩達に家まで送ってもらった。
「…さて、気合いを入れて敵陣に乗り込みますか」
ーと、その前に、最後に寄っていくかな。
「…いるかどうか、わからないけど」
午後八時。
スーツに着替える。
ケースには、予備の銃と弾。そして、時限爆弾…三つ。
愛用のリボルバーは、脇にセットしてある。
このケースは途中で隠していく。とりあえず下調べの段階だ。
総頭に、気づかれないようにしなければ。
「‥…行くか」
コツコツコツ…。
「………」
裕希は店の前にいた。
店の名は「HELP」…。
キィー…。
扉を開け中へ入り、カウンターへ向かう。
「………」
サングラスはしている。
カウンターが見えた。
黒木は…いた…。
コツ…。
裕希は足を止めた。
黒木はこちらに気付き、顔をあげながら言った。だがその言葉は最後まで言われなかった。
「いらっしゃい…」
黒木の動きが止まる。
コツ…、コツ。
裕希はカウンターの前に座る。
サングラスは取らない。
「…相変わらず、カウンターには誰も座らないようだね」
「…今日は、髪を下ろしているのですね」
「ウォッカを一杯くれない?」
「…わかりました」
黒木は後ろを向き作っている。その後ろ姿を裕希は見つめている。そして…。
「総頭と契約をした。…というより、これから返事をしに行くのだが」
黒木の動きが止まる。
「そう…、ですか…」
心なしか、声が震えている。
ウォッカを裕希の前に置く。
「……」
黒木は何も言わない。
裕希はウォッカを一口飲んだ。
「…ごちそうさま」
お金を置き、席を立った。
去る途中、後ろを向いたまま言った。
「…寺島という人は、私の性格をよく知っていた。会ったら伝えてほしい、最後の契約者が貴方で良かったと」
キィー…。
コツコツコツコツコツ……。
足音が遠ざかっていく。
「……」
あの人が、総頭と契約。
『…会ったら伝えてほしい、最後の契約者が貴方で…』
最後の契約者?
…最後…
「……!」
まさか…。
黒木の頭に、裕希の言葉が蘇る。
『私は、誰とも組む気はない。…寺島という人は、私の性格をよく知っている』
「…貴女は、組織をつぶして死ぬおつもりですか…」
黒木は、裕希の考えがわかっても、追おうとはしなかった。いや、追いたくても追えないのだ。なぜなら、そのことを裕希が望んでいないことを、一番よく知っているからだ。
「またお会いできることを、願っています」
だが、この願いが叶うことはないと知っていても、願わずにはいられなかった。
ケースはとりあえず隠し、総頭に会う。
「…失礼。総頭と会う約束をしている。取り次いでもらいたい」
「しばらくお待ち下さい。あなた様のお名前は?」
「…カーリー」
門番が総頭に取り次いでいる間、監視カメラに気づかれないように、小型通信機を壁に飛ばす。
「お待たせしました。総頭がお会いするそうです。こちらの道を真っ直ぐ行きますと、案内人がいます」
門が開く。
「ありがとう」
言われた通りの道を行く。この間も周辺のチェックをする。人はいないが、木に隠れて監視カメラが設置されている。
しばらく行くと、扉のところに女の人が立っている。
「私がご案内いたします。どうぞこちらです」
ピッピピッ。
暗証番号…か
部外者にはわからなくなっている。
FBIのと同じだ…。
ウィーン。
扉が開き中へ入る。
それからいくつもの扉があり、暗証番号を入力していく。違う番号に見えるが、同じだ。
「ここは、直接総頭の部屋に通じているのか?」
一つの質問をする。
「そうです」
女は、今までで一番大きい扉の前で止まった。どうやら着いたらしい。ここまで来るのに七分。
女はボタンを押す、
「総頭、カーリー様をお連れいたしました」
と言った。
すると、扉が開いた。
ここの扉は、総頭だけが番号を知っているようだな。
「入りなさい」
「……」
カーリーが中へ入ると、女は戻っていった。
総頭とは距離をおく。
「答えを聞かせてもらおうか」
「…答えはYESだ。だが、前にも言った通り私は命令されるのは嫌いだ」
「わかっている。ここに出入りするのは自由だがここのことはシークレットだ。ここは中枢部だ。気をつけたまえ」
「わかった」
…私の知りたかったことを教えてくれたね。それだけ分かれば充分だ。
「とりあえず今は、君に頼むほどの仕事はない。ああそれから、明日といっても、もうすぐ日付は変わるが、明日明後日と、幹部会を開く」
……!
「…そうか」
まずいな…予定が狂った。
仕方がない。夜が明けないうちに仕掛けるか。
ケースを取りに行かなければならないな。
「総頭、荷物を取りに行ってもいいか」
「かまわんが、私は会議の打合せに行く。戻ったら、私が戻るまでここを出るなよ」
「命令されるのは嫌いだと言ったはずだが」
「ああスマナイ。ついいつもの癖でな」
フンッ。どうだか。
午前一時、クラブ・ヘルプ。
「店長どうかしたんですか? 顔色悪いですよ」
バイト中の宮内が聞く。
「あ、ああ、何でもない」
「そうですか? 何か心配ごとでも」
心配…
「……、悪い宮内、ちょっとここ頼む」
「はい」
私にどうこうできるものではないことはわかっていても、やはり貴女を失うことはできない。
失いそうになって初めて気付いた。
「今度ばかりは、自分の気持ちに従います」
店を閉め、裕希を追う。
―裏国―
ケースを隠してある場所まで戻る。そう遠くはない。
特殊技工をほどこしてあるレイバンに変える、暗証番号が見えるようになっている。簡単にいえば、指紋が浮かび上がって見えるということだ。
ケースを持ち戻る。
暗証番号を解いていく。ついでに、爆弾を仕掛けていく。
この通路は、先ほどの女しか通れないようだ。監視カメラがない、何かあったときは、その女が犯人だとわかるからだ。
通路に仕掛けが終わり、あとは総頭の部屋だけだ。
爆破時間はちょうど三時間後の明朝六時。
組織壊滅が目的だが、まぁ、機能不能になればいいか。
中枢部がやられれば、連動してほかの部分が爆破しだすだろう。
よしっ。セット完了。
爆破ぎりぎりまで部屋にいなければならない。
窓から外を眺めていると、総頭が戻ってきた。一人だ。
総頭は、机に組込まれているキーを押した。スクリーンに映し出されたのは、ある一室、その部屋には人が八人いる。
「この部屋は、今君が見ていた所だ。この八人は幹部の者達だ」
ずいぶん早いな。
「早い集まりだな、まだ夜中の四時だというのに」
「ああ。時間を早めたんだ。実はこれから会議に行くが、悪いが、少し待っていてもらいたい」
「‥時間は?」
「二時間」
!六時…。
「……いいだろう」
…あれから一時間半…。
午前五時四十五分。
爆破まで十五分。
「………」
死ぬかもしれない。
「……フッ」
なにを今更ら、もともと死ぬ気だったじゃないか…。
奴らと心中するのは嫌だけど。
五分前―…
ドォーーンッ!
外を眺めていると、いきなり爆発音がした。
なんだっ?
「まだ時間じゃない」
いったい誰が?。
ウィーンッ。
ハッ。
「…総頭…いったい何事」
「見ての通りだ。どうやら犯人は黒木のようだ」
え?。
「残念です」
くろ…き…?
カチッ。
時計の針が六時を指した。
ドォーンッ!
最初に仕掛けた爆弾が爆発した。
もうすぐここのやつも爆発する。
カーリーは覚悟を決めた。
「……」
ピーッピーッ。
総頭が無線を取る。
「今度はどこだ」
「…ここだよ」
総頭の動きが止まる。そして、カーリーを見る。
「…まさか、キサマ…」
総頭の顔に、怒りの色が浮かんだ。
ドォォォンッ、 次々と爆発している。
「その通り…、…最初に言ったはずだ、私は一人でやると。だけど考えが変わったんだ」
「…死ぬつもりか」
クスッ。
カーリーが目をつぶり…。
ドォーンッ。音が近づいた。
「…あとはここだけだ。逃げ場はもうない」
ハッハッハッ。
「たいした奴だ。貴女のことを読めなかった私の責任です。私の負けです」
「裕希さんっ!裕希さんどこですっ」
ウッ。
火がまわっていて、先に進めない。この通路を爆破したのか…。
あの人は本当に。
「貴女のことなど、わかりたくなかった」
残りは中枢部。
そう思って向かおうとしたとき、
ドォーンッ!
今までで一番大きい爆発…。
それは中枢部からだった。
黒木は、よろめきながらも火をくぐり、なにもかも吹き飛んだ中枢部の前に立ちつくす。
「…ゆうき…」
黒木はそれしか言えなかった。
カラ…
ふと、音がする。
「…くろ…きか…」
人がっ!
「裕希、裕希さんっ」
黒木が駆け寄る。だが…、声の主は…
「…総頭…」
黒木は愕然とする。
「そう…、ガッカリするな、ほら…」
そう言いながら、総頭は横にずれた。
そこには、気を失って倒れている、裕希の姿があった。
黒希がそっと触れる。
「…裕希さん」
「安心…しろ。気を失っている…だけだ」
どうやら裕希を庇ったらしい、そのせいで総頭は傷だらけだ。
「早く連れていけ。人が集まる」
「しかし…」
「早く行けッ。‥安心しろ、今後、彼女には手は出さない。本当だ。私もミイラになったようだ」
壁に寄りかかりながら言った。
「‥総頭」
総頭はニッと笑って、早く行けと促した。
黒木は裕希を抱き上げて、
「ありがとうございます」
と言って去った。




