表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ASASHIN  作者: 真鵬 澄也
3/11

第2話-裏切り-

午後十時・自宅

 今までのことをまとめる。

 伊藤勝が十才のとき、母親が自殺をする。原因は不明、夫との不仲によるものとなっているが、定かではない。

 六年後、今度は息子が自殺。自殺をする二日前に、彼は気になる言葉を残している。しかし、父親の何を知ったのかはわからない。

 やはり…父親か。

 全ての鍵を握るのは、父親にある。

「どう考えてみても、…だな」

 寺島からの連絡がないので、寝ることにした。



 早朝、授業が始まる前に、宮内部長のところへ頼み事をしに行く。

「どうした?」

 出入口では邪魔になるので、窓側によって話している。

「お願いしたいことがあるんです」

「うん。何?」

「伊藤勝の家に行きたいんです。彼女として」

「…彼女として?」

「はい」

 宮内は少し険しい顔をしている。当たり前だ。それがどれだけ危険かわかっているからだ。

 裕希も、そんなことは百も承知だ。

 宮内は、裕希が本気だとわかり、険しい顔のまま

「わかった。ただし、俺も一緒に行く、一人ではダメだ、わかった?」

「はい。ありがとうございます部長」

「じゃあ、放課後部室でな」

 宮内は裕希の頭をポンポンと叩いて、教室に戻っていった。

 

 授業中ベルが入る。仕事の依頼だ。

 どんな依頼かは、直接仲介者のところに取りに行く。そこで確かめて、受けるか否かを決める。



 放課後、宮内が今朝の事を皆に話す。

 さすがに、最初は皆反対したが、宮内と一緒ということで納得した。

「それと裕希ちゃん、明日は用事があるから明後日でいいかな?」

「はい、構いません。何時にしますか?」

 私もそのほうが都合がいい。

 仕事が入ってなければ別にいいんだけど。

「そうだな、昼の十一時に『HELP』でどお?」

「えっ」

 なに・・。

「ヘルプって店、知ってるよね」

「…はい、知ってます」

「お昼食べてから行こう」

「割引がきくもんな、そこでバイトしてるんだぜ、裕希ちゃん」

 バイト?

 斎北先輩はたしかにそう言った。

 なんてこと、あ…、でも昼と夜どっちだろう。

「…昼のほうですか?」

「いや、夜のほう。時給いいからね」

 ガーンッ

 よく今まで会わなかったな。いくら変装していてもすぐわかっちゃうしな、今度から絶対にサングラスは外せない。

 まいったな。

 今度、寺島さんに言っとかなきゃな。

「裕希ちゃん、健悟が女の子に食事おごるのなんて、ないのよー。、ねぇ、健悟」

 あや子さんがからかう。

「人による」

 宮内部長はそれしか答えない。

 斎北先輩と水野先輩は、ニヤニヤしている。

「良かったわね、裕希ちゃん」

 と、あや子さんがニッコリして言った。

「ハァ…」

 気に入ってもらえたのは嬉しいけど、なんだかなぁ…。ハハッ

 心の中で、苦笑いする裕希だった。



「ほんとにまいったわ」

 依頼を確認するために、寺島の店にいる。もちろん、サングラスはしている。

 例のことを話した。

「貴方はもちろん知っていたのよね、マスターだもの」

「はい」

 寺島は言いながら裕希の前にカクテルを置いた。

「ありがとう」

「先程のお話ですが、貴女とは鉢合わせしないようにしてみます」

「ごめん、ありがとう」

「これが、今回の頼黒書です」

 頼黒書とは、いわゆる依頼書のこと。我々の間ではそう呼ばれている。

 依頼内容と、ターゲットの調査書を読む。

 依頼主は…、伊藤勝だった。ターゲットは父、伊藤周蔵。理由は書いてなかった。ただ『父を殺して下さい』とだけだった。

 理由は言いたくない…か。

 本来ならば、理由がはっきりしない類のものは受けないのだが、今回特別だ。

 伊藤周蔵に関する調査結果は、黒と出た『九年前に麻薬取締法違反によって逮捕、三年後に出所。だがその後も密輸など、以前より派手になる。しかし、そのことは警察は知らない。それだけ手口が巧妙になっている。

 水島加奈子と結婚。息子、勝が生まれる。

 勝が九才の時、加奈子は伊藤のやっていることを知ってしまう。問いただすが、伊藤はやっていないと言うが決定的証拠を見付けてしまう。勝十才の時、可奈子は殺される。自殺したかのように。後、息子を育てる。勝十六才のときに母親同様、父親の秘密を知ってしまう、今年三月十日、某ビルにて、母親と同じく殺される』

「……」

 やっぱり…、考えていた通りだけど、先輩達が手を引くことにして良かったな。

 カクテルを一口飲む。

「・・この依頼受けるわ」

「では、四日以内に済ませて下さい」

 四日か…。

 なんとかなるな。

「わかったわ」

 一気にカクテルを飲み干し、頼黒書を持って席を立つ。

 …今日の寺島さん、いつもと様子が違ってたなぁ。やけに無口だったし、どうしたんだろう。

 などと思いながらアジトに行く。

 アジトとは…まぁ、依頼を受けて終わるまでの間は家には戻らず、暗殺者「カーリー」として住んでいるところです。この場所は、寺島さんも知りません。電話番号だけは教えてありますけど。アジトは、マンションの最上階にあります。



 アジトから学校に行く、本来なら学校は休むのだが、事情が事情なだけに行く。

 今日は、部活がないので図書館へ行く。一つだけ調べておきたいことがあった。

 コンピュータルーム。

 気付かれぬよう、B・ブラック・ボックスに入り込む。前にも説明したが、正確にいうとこれは、裏の国家機密にあたるものだ「通称・裏国」と呼ばれている。

 前にも言った通り、リストまでは簡単に引き出せる。でもボックスはそうはいかない。バレた場合は一つ、それ「死」だ。

 昔、一度だけ引き出したことがある。まだ一人でいた頃に。

 その時は運よくバレなかったが、今回バレないとは限らない、だが調べなければならない。

 B・Bに載っている人物を殺してはならない…。裏国はわざと生かしているのだから。もしも知らずに殺してしまうと、厄介なことになる、下手をすればこれも、「死」につながる。まぁ、その死に方にもよるが。


 伊藤周蔵が載っているか載っていないか。調べ始めると、アクセスしてくる者がいた。様子を見る、名は出さず問う。返答は…、なんと、名を出して来たのだ。名は黒木竜次。相手が名を出したからといって、こちらの名を出すわけがない。

 用件を問う。

 返答…

『伊藤周蔵の暗殺を許可する』だった。

 裕希は、『どうも』と返事して切った。

 しばらく考える。

 チッと舌打ちをする。

「…味な真似してくれるじゃないか」

 誰だか知らないが、よく伊藤周蔵を調べているとわかったな…。

 なぜだ…?

 なんにせよ、侵入は失敗したということだ。

「くそっ!」



 アジトに戻り、寺島に連絡する。

 黒木竜次という人物が存在するか調べるように言う。

 裕希の中では裏国のものだと、それもかなり上の人間だと…直感している。



 翌朝、宮内との約束の時間より早くついたので、店の中に入り窓際のテーブルに座って待つことにした。

 寺島とは会話をしない。

 窓の外を見ながらボーッとしていると、ポンッと肩を叩かれた。

 振り返ると宮内部長が立っていた。

「待たせたね。席とっといてくれて助かったよ。昼時は混むからね」

 そう言いながら席に座る。

「いらっしゃいませ、ご注文は何にいたしますか?」

 店員が、注文を聞きに来た。

「何にする? 何でもいいよ」

「じゃあ、サンドウィッチとコーヒー」

「俺はランチでコーヒー、お願いします」

「かしこまりました、少々お待ち下さい」

 そうして食事をしながら時間を潰す。

 食事を終え、店を出る。

「部長、本当にお金いいんですか?」

「ああ」

「ありがとうございます」

 ほんとは、おごってもらったりするのは、あまりというより、したくないんだけど、まぁいいか。

 伊藤の家に着く。

「いますかね?」

 居なかったら意味がなくなってしまう。

「さぁどうだろうな。今日は連絡入れてないからな」

 ピンポーン。

 インターホンを押す。

 しばらくして、伊藤周蔵が出てきた。

「…ああ、この間の人だね、おや、そちらの子は?」

「突然お伺いしてすいません。彼女は勝君の彼女だった、江藤裕希さんです。どうしてもお線香をあげたいと」

「はじめまして」

 おじぎをする。

 こいつが、伊藤周蔵か…。

「そうですか、あなたが勝の…立ち話もなんだから、奥へどうぞ」

「おじゃまします」


「コーヒーでいいかな?」

 そう言って、テーブルの上に置い○。

「どうぞお構いなく。すぐ失礼しますから」

 伊藤は裕希のほうを見ている。

 裕希は下を向いているが、気付いている。

 殺気まじりの視線…。

 顔を上げる。伊藤と目が合う。

「…何か?」

「いや、こんな可愛い人が勝の彼女とは、あなたにはなんと言ったらいいのか…」

「そんな、あたしのほうは大丈夫です。おじ様のほうこそどうぞ気を使わないで下さい」

 我ながら、けっこう良い芝居だ。

「ありがとう…」

 伊藤は、下を向き目頭を押さえている。

「………」

 部長のほうを見る。部長は頷く、

「僕達これで失礼します。ごちそうさまでした」

 席を立つ。

「そうかい? また遊びに来て下さい」

「はい。お邪魔しました」

 残念だけど、また…は、ないよ。



 部長に家まで送ってもらっている。もちろん実家のほうにだ。

 裕希は、宮内に一つ質問した。

「先輩、前回もあの父親は、最後に顔に手をあてて下を向いてました?」

「ああ、そういえばそうだね」

「…そうですか」

「それがどうかした?」

「一つわかったことがあるんです」

 まぁ、これは言っても大丈夫でしょう。先輩も思っていたことだろうから。

「何がわかったんだ?」

「あの父親は、息子の死を全然悲しんでいません。みんな芝居です」

 部長はしばらく黙っていたが、一呼吸おいて言った。

「…俺も、今日来て確信したよ。認めたくはないけどな」

「誰でもそうです」

 いろいろ話しているうちに、家に着いた。

「今日はごちそうさまでした」

「いや、裕希ちゃんも芝居上手かったよ。それじゃあ部活でね」

「はい、ありがとうございました」

 宮内の姿が、見えなくなるまで見送る。

 冷たい笑みを浮かべる。

 伊藤周蔵が付けてきていることは気付いていた。

「所詮、素人だね」

 アジトに行こうと向きを変えたとき、家の中に誰かがいる気配を感じた。

 電気はついていない。ということは、父親ではない。

「……」

 気配を消して玄関に近づく。鍵を開け、銃に手をあてながら中へ入る。

 気配の主はリビングにいる。

 念のためサングラスをかける。

 リビングのドアを開ける。

 相手からは、殺気が感じられない。

「……誰…」

 問いかけても答えない。

 …ぜだだわからないが、黒木竜次だと思った。無論、会ったことはない、が、そう感じた。

 だが違ったのだ、気配の主は寺島だったのだ。

 いつもと気配が違う。しかし、黒木だと感じたのも嘘じゃない。

 どういうこと…。

 …まさか。

 でもそう考えるとなぜ私の行動を知っていたのか納得がいく。

 私生活のことは、一切口にしないのが決まり。知っているものもいるが、互いに了解していなければならない。

 結論。寺島=黒木。

 裕希は、銃口を黒木に向けた。

 この時点で、暗殺者カーリーになる。

 カーリーは、銃を向けたまま

「契約は、白紙に戻す」

 と、命令口調で言った。

 寺島、いや黒木が、封筒を置いた。

 見なくてもわかった。黒木の調査書だ。

「…どういうつもり? バカにするのもいい加減にしてほしいね」

「バカになどしていません、あなたを、騙すつもりはありませんでした」

 カーリーはため息をつく。

「言い訳はいい」

 銃で、帰れと促す。

 黒木は動かない。

 ハァ…。

 仕方ない。

「今回は見逃してあげる。出ていく気になったら、鍵閉めて行ってね」

 銃をしまい出ていく。

 門を出るとき、何かが足に触った。

 ―瞬間。左腕に激痛が走った

「……っ」

 チィ…。左腕に矢が刺さっていた。

 ガサッ。

 逃げて行く気配が一つ。 

「…奴か」

 ただの脅しだね。殺す気なら、今までみたいにするだろう。

 わざわざ彼女の振りをしたんだ、これぐらいしてもらわなければ。

 まぁ、矢が飛んでくるとは思わなかったけどね。

 痛ッ…。

「つっ…」

 矢を抜く。

 …怪我の治療しにアジトへ戻るか。

 ―と、その前に。

「黒木、さすがに気配を消すのはうまいね。でも、気配を消して私の後ろに立たないことだ、死ぬよ」

 黒木が後ろにいることは気付いていた。簡単なことだ、玄関の扉の閉まる音がしなかったからだ。

 アジトではなく、再び家の中に戻る。


 傷の手当をしている。

 気分が晴れない:。

 なぜこんなにも胸が苦しい―?

「……明日は、部活だな…」



 ―翌朝。

 部活は午後からだ。

 昨夜は一睡もしていない…。

「……」

 怠いけど仕方がないな。

 学校にでも行くか…。

 休日でも部活のために門は開いている。

 風が気持ちいい。

 屋上に一人いる。

 校庭で、野球部が練習している。ボールを打つ音が聞こえる。吹奏学部の演奏も聞こえる。その他の音はない。

 ―静かだ。

 時が止まったみたいだ…。

「……平和、そのものだね」

 私には、無縁のものだ…。

 心の休まる場所は、もう‥ないのかもしれない。

「ゅぅきちゃーん…」

 ボーッと、景色を見ていると、呼ぶ声が聞こえた。

 下を見ると、あや子さんが手を振っている。

 裕希も振り返す。

「おはようございまーすっ」

 階段をかけ降り、部室に向かう。



 コンコン。

 話合いをしていると、ドアがノックされた。

「はい」

 あや子さんが返事をしてドアを開けた。

 男子が一人立っている。

「あら」

「こんにちは」

「今度は何の用だ。西岡」

 と、部長が言った。知り合いのようだ。

「いやなに、ちょっと手を貸してほしいんだ」

「お前のちょっとは、当てにならないんだよ」

 斎北が嫌そうな顔をする。

 裕希は、先輩たちのやり取りを、ボーッと見つめていた。

「今回は大丈夫だって、ただちょこっとだけ、映画に出るだけだから」

「映画ー!?」

 四人声を揃えて言った。

「さすがっ。息があってるね」

「おいおい。俺たちは便利屋じゃないんだ。わかってるのか」

 西岡はニッコリと笑う。

「もちろん。どーせ今依頼入ってないんだろ?」

「まぁ、入ってなくもないが…」

「じゃっ、決まりだな。詳しいことは後で連絡するから、じゃな、よろしく」

 バタンッ。

 そう言って出て行ってしまう○

「相変わらずだなぁ」

 斎北が苦笑いをする。

「ホントよね。あっ、裕希ちゃん今の彼はね、…裕希ちゃん?」

「………」

 裕希には、あや子の声が届いていない。

 無論、今までの会話も聞いていない。

 みんなが裕希を見る。

「裕希ちゃんっ」

 肩を叩かれ、ようやく気付く。

「えっ、ハイ。何ですか?」

 みんなが自分を見ているのに気付く。

「あたしの顔に何か付いてますか?」

「ううん。それより裕希ちゃん、何かあったの?」

「えっ、別に何もない…!」

 ポタ…。

 言い終わる寸前、一粒の涙が落ちた。

「どうしたの? 私たちに話せないこと?」

 あや子が裕希と同じ目線で心配そうに聞く。

「たいしたことじゃないなです。信頼してた人に裏切られたんです。自分が勝手に信頼してただけなんですけどね」

「そう…、元気出して、私にはこれぐらいしか言えないけど」

 あや子の優しさが、痛いほど伝わってくる。

「いいえ」

 その優しさが染みて、よけい涙が出てくる。

 自分でも驚いている。涙など出ないものだと思っていた。涙など邪魔だと。

「…ちょっと失礼します」

 裕希は断って水道に行った。

 その間も涙は止まらない。

 こんなんじゃだめだ、失敗する。

 …また一人に戻ったけだ。そう、自分に言い聞かせた。

 涙は止まった。

 もう、今まで裕希ではない、そう、昔の誰とも組まなかった頃の自分に…。

 顔を洗い、一息つく。

「………」

 部室へ戻る。

 部室に戻ってきた裕希は、いつも通りの裕希に戻っていた。

「大丈夫?」

 あや子心配そうに聞く。。

「はい…、もう平気です」

 このとき宮内は、裕希の微量の変化に気付いた。

 裕希が帰ったあと、宮内はこのことをみんなに言った。

「俺も感じた」

 斎北が言葉。

「私もです」

 水野。

「あたしも気付いたわ」

 みんな気付いていた。

 裕希は、‥気付いていなかった…。



 アジトに戻った裕希は、暗殺の準備をしている。

 今回は遠くからではなく、ターゲットの前に姿を現して直接狙うことにした。

 腕の傷のお礼をするためだ。

 コンコンッ。

「………」

 玄関のドアをノックする音がする。

 気配を消して、静かにドアに近づき穴から外を覗く。

 黒木が立っていた。

「……」

 電話番号を教えてあったな。住所を調べることなどたやすいな。

「……何か」

 ドアを開ずに聞く。

「…開けて下さい…」

 小声で黒木が言った。

「…少し待て」

 裕希は部屋に戻り、必要な物をとりあえずケースに入れた。

 玄関に行きドアを開ける。

 ガチャ‥。

 黒木を中へ入れる。

 彼女を見たとき黒木は、彼女の『気』が変化しているこにに気づく。それは、昔の、初めて出会った頃の彼女そのものだった。

 裕希は、裏国にここが知れてしまったから変えなければならないなと、暗殺の準備をしながら考える。さっきケースに入れた物は、予備の銃やフロッピーなど、場所を移動するために必要な物だ。機械類は必要ない、あとで揃えればいいことだ。いつもそうしている。

 今度のアジトは地下にしようかな。

 準備をしている裕希の姿を見て黒木は、

「傷のほうは大丈夫なんですか?」

 と、聞く。

 裕希の動きが止まる。問いには答えない。

「……用件は」

 と、今度は裕希が聞く。

 裕希は背を向けたままだ。

 黒木は、裕希の後ろ姿を見ながら答えた。

「貴女を、騙すつもりはありませんでした。‥最初、出会った頃は貴女も、他の暗殺者と同じだと思っていました。だから、いつも通り監視していました。ですが違った…」

「…だからあの時、アクセスしてきたと?」

 裕希は、ゆっくりと立ち上がり、黒木を見る。

「……所詮アナタは、裏国の人間ということよ。まぁ、私も気を許したのが悪いんだけど、まったく、どうかしていたよ。……用はそれだけかい?」

 完全に、以前の裕希に戻っている。

 一度起きた奇跡は二度と起きない。今までの彼女に戻ることは、もう、ないだろう。

 裕希は、黒木から目を離さずに言った。

「契約は白紙になったんだ。用がなければ二度と私の前に姿を現すな。‥お帰り願いましょうか」

 黒木は裕希の瞳の中に、悲しみの色が浮かんでいるのを知っている。それは今まで以上に増しているのを感じた。黒木は己の所為だと知った。

 裕希に近づき触れようとすると、銃をつきつけられる。

「死にたいか?」

「…構いません、貴女を裏切ったのですから」

 そう言いながら、裕希の顔に触れた。

 裕希は、顔には出さないが、少し戸惑った。

「……」

 黒木を殺す気はない。裏国を敵にまわすほど馬鹿ではない。

「…今夜は行かないほうがいい」

 突然黒木はそう言った。

 裕希には、何のことだかわかった。

「奴がいないのか?」

「そうです…」

 裕希の顔に触れたままだ。

 黒木は、何か言いたそうな顔をしている。

「…なんだ」

 裕希がそう聞くと、意を決したかのように口を開いた。

「……契約をして下さい」

 裕希はため息をつく。

「そんなことか、それはできない。悪いけど、私は一人に戻ることに決めたんだ。誰とも契約をする気はない」

「契約をしなければ貴女を…」

 黒木は途中で言葉を切ったが、裕希にはわかった。

 なるほど。

 黒木の手をどけて、クッと笑う。

「私を殺すのか、…今のアナタには無理だ。しかし、これ以上親不孝するわけにはいかないのでね、死ぬわけにはいかないんだ」

 このあと小声で、『死にたくてもね』と言ったことも、黒木は聞き逃さなかった。

 黒木から離れ、さっき用意したケースを持って、

「交渉は決裂だ」

 そう言って部屋を出た。

 少し歩き、走り出した

 バイクに乗り走り出す。

 ナンバープレートは、かくしてある。

 走り去る姿を、窓から見ている黒木。

 一言。

「…裕希」

 と、呟いた。

 すると、背後から声がする。近くにもう一人いたことなど、このときの裕希には気付かなかったであろう。

「なぜ殺さない」

 その声の主に黒木は、

「彼女はまだ十六です」

 と答えた。

「ならば、父親が死んだことは私から伝えよう。…ミイラ取りがミイラになってどうする」

 声の主は、そう言って出て行った。

「もう‥なってますよ」

 一人となった黒木はそう呟いた。

 先ほどの声の主は、車に乗り込み、部下らしき人物に命じた。

「カーリーを追え」

「かしこまりました」

 裕希は図書館にいる。

 もう一度、伊藤周蔵を調べるためだ。この間は、黒木の邪魔が入ったからな。

 警備室に催眠ガスをまき、眠らせる。

 眠ったのを確認した後、コンピュータルームに行く。

 無事潜入できた。

 椅子に座り髪を触ったとき、何か小さな硬いものに触れた。

「………」

 見なれたものだった、発信機だ。

 発信機をコンピュータの横に置く。

 黒木は来ないと確信していた。

 かまわずデータを引き出す。が、データは消されていた。

「ちっ。遅かったか」

 伊藤周蔵のデータは、抹消されたのだ。

 このとき、上に上がってくる一つの気配に気づいた。

「なかなか、早かったじゃないか」

 カツン…。

 裕希の後ろに立った。

 発信機を後ろに投げた。

 しばらくの沈黙。

 口を開いたのは、相手だった。

「カーリーに報告することがあります。実は、貴女の父親、江藤洋一氏が亡くなりました。」 裕希の動きが止まった。

 死んだ……?

 父さんが…。

 なぜ、こやつが……。

 …まさか、それじゃぁ…。

 裕希は立ち上がり

「裏国の方が知らせたということは、父は…、父は裏国の者だったんですね。そして、私のことも‥」

「そうです」

 裕希は、顔色一つ変えずに相手と向き合った。そして、浅く頭を下げ言った、

「総頭自らのお運び、ありがとうございます」

 裕希の言葉に驚く相手だった。

「なぜわかる」

 その問いかけに裕希は、少しの笑みを浮かべた。

「『気』が違う」

 一礼をして去る途中、

「私を殺すのは、私が仕事を終えてからにして下さい」

 と言った。

 総頭は何も言わなかった。ただ裕希の去る後ろ姿を見ていた。

「……」

 このとき総頭の頭の中では、一つの考えがあった。

 裕希を追った。

 図書館から出てきた裕希は、バイクの前で立ち止まった。

 一粒の涙が、一方の頬を伝う。

 父親のことは、考えたくなかった。

 バイクに乗ろうとしたとき、総頭に呼び止められる。

「まちなさい」

「…何か」

 裕希の前に、一台の車が止まる。

「……」

「奴はいつでも殺れる。少し私に付き合ってもらえないか?」

 返答はしない。

 しばらく黙る。

「…いいだろう」



「用件は?」

 話を切り出したのは裕希だった。

「今後の貴女のことだ」

「なに」

 今後の私のことだと?

 何を言っているんだこの男。

 私とは何の関係もないだろう。

「ハッキリ言え、何が目的だ」

 総頭はタバコを取り出し火をつける。

 その動作を冷たい目つきで見る。

「目的というより、私からのお願いです。先ほど言ったことも本当だ。…私の傘下に入ってもらいたい」

「…裏国に入れと?」

「そうだ」

 …さっきと口調が変わってきたじゃないか。

 自分の利益になることだけで、不利になることは考えんのだな。これだから組織は嫌いなんだ。

「私が入るとでも? 人に命令されるのは嫌いです。しかし組織という縄に縛られるのも大嫌いだ。私は今まで通り、一人でやっていく」

「では、断ると?」

「そういうことになるね」

「私の願いは叶わなかったようだ。では、別の願いなら叶えてもらえるかな」

 別の願い

「別の願いだと?」

「なに、たいしたことじゃない。貴女が嫌というのなら無理に入れる気はない。だが、このままでは、仲介者たちに我々の息がかかり、貴女は仕事が出来なくなる」

「…何が言いたい。アナタは総頭だろう、回りくどい言い方はよせ」

「私と個人契約してもらう」

「なんだと」

「仕事が出来なくなる前に、貴女自信がいなくなる。貴女ほどの腕の持ち主は、シリュウを抜かして他にいない。私は、貴女を失うわけにはいかないのだ」

 車は、いつのまにか家の前に着いていた。

 ガチャッ。

 運転をしていた部下が、裕希側のドアを開けた。

 裕希は何も喋らず降りた。

「良い返答を待っている」

 ドアが閉まり、車は走り出した。

 裕希は、その場に立ちつくしている。

「……もう一つ、仕事ができたわ…」

 ―と、呟いた。


 家の中に入り、今後のことを考える。

 私にはもう何もない。殺してくれれば気が楽なのだが、そんな気はないようだね。

 もし、契約をしなかったとしたら、殺さないまでも、操られるだろう。自我も失って、抜け殻のように。

 そんなのはご免だ。

 しかし、奴と契約するのも嫌だ。

 奴は、ターゲットが白でも殺しそうだ。

「…だけど、もう一つ仕事が出きてしまった。…組織を潰すという大事な仕事が」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ