第10章-決着-
近くのバイクショップで買う。
「いらっしゃいませ、どんなものをお求めですか?」
男の店員が聞いてきた。
「うーん、音が静かなのあります?」
「種類は」
「四百」
「え、四百。ですが、お客様には大きすぎるかと」
店員は驚いたように言う。
前のバイク買ったときも言われたな。
「大丈夫。前のもそうだったから」
「そうですか。…では色は」
本当なら赤が好きなんだけど、目立つから、
「黒で」
「かしこまりました。そうしますと、この型がよろしいかと」
そう言って、パンフレットを見せてくれた。
その中に、前のやつと同じ型の物があった。
「…この中で、一番動きやすいのは」
「えーと、これですね」
店員が指したのは左から二番目のバイクだった。
良かった、同じ型じゃなくて。
「わかりました。これを下さい。いくらですか」
「ありがとうございます。しばらくお待ち下さい」
店員は奥に行った。
裕希は時計を見る。
−8時20分か。
このあとアジトに行って、北村のことを調べあげると夜中になってしまうな。
奴が一人なら簡単なんだが、そうもいかないだろう、シリュウが死んだことを聞いてるはずだ、居所を変えただろう。
実行するのは夜中だ。
しかし、今夜は無理だな、勇み足過ぎると良くないしな。
明日…、だな。
店員が戻ってきた。
「お待たせしました。132万4千円になります。お支払い方法は」
「カードでお願いします。一括払いでいいです」
店員にカードを渡す。
そんな裕希に、店員は目を丸くする。
あたりまえだ、普通ローンで買うのが一般的で一括払いなんてめったにいない。
店員は、カードを受け取り裕希の横で作業をする。
「……」
不正がないようにか。
ピリピリピリ。
領収書を切る。その領収書と一緒にカードを返す。
「では、必ず口座をお確かめ下さい。ありがとうございました」
バイクに乗り、走り出す。
「ありがとうございましたっ」
アジトに向かう途中、ガソリンを入れる。
確かに、乗り心地はいいな。
午後九時十一分。
アジトに着く。
フゥー
バイクをおいて、エレベーターに乗ろうとしたとき、管理人さんに呼び止められる。
「ちょっとカリさん」
「はい」
カリという名で借りている。
「昨日の夜、貴女のお兄さんがいらしたわよ」
「えっ」
お兄さん?
「カッコイイお兄さんね」
「はぁ、どうも」
私に兄はいないぞ。きっと黒木だな。
まったく、よくやるよ。
部屋に戻り、とりあえず上着を脱いだ、包帯を取り替える。
傷口を見つめる。
「……」
こんな怪我さえなければ、とっくに奴を殺せたのに。アイツさえ邪魔しなければ、…くそっ。
…フゥ。
「どっちにしても明日だな」
奴の居場、自分の足で捜さなきゃ。
ブウォンッ。
翌朝といっても午前十一時半
行動に移す。
「…まさかこの私自ら、聞き込みするとは前代未聞だ」
まっ、最後だから我慢するか。
今日の服装は、黒のスーツに白のチャイナ風のシャツ、そして黒のジャケット、ファスナー式のね。でなきゃ銃が見えてしまうからね。
化粧はしてる、もちろんサングラスも忘れずに。
「すいません。ちょっとお聞きしたいんですけど」
以前住んでいた周辺で聞き込みを開始する。
「なにかしら?」
斜め向かいの住人らしき女の人に聞く。
「そこに住んでた北村さんなんですけど、引っ越ししたんですか?」
「さぁ、でもここ最近見ていないわねぇ」
おばさんが首を傾げていると、
「美土里町じゃない?」
と、別の人がきた。
「あなた知ってるの?」
「ええ、たしか美土里町にある別荘に行くって、知り合いらしき人たちが話してるのを、聞いたのよ」
「ずいぶん遠くに行ったのねぇ」
美土里町。
「そうですか、ありがとうございました」
「いいえぇ」
裕希はお辞儀をしてバイクに戻る。
美土里町にいるのか。
美土里町は、ここから十キロぐらい離れた町だ。
別荘とか言ってたな、たぶん登録はしていないんだろう。
登録してあれば一発でバレるからな。
さて、と、奴の居場所もわかったことだし、お昼でも食べに行くか。
ブオン。走り出す。
美土里町まで、一時間ちょっとで行ける。
裕希が昼ご飯を食べているとき、探偵部の四人は、顧問から裕希が退学したことを聞かされていた。
「先生、どういうことなんですか。退学は、取り消しになったんじゃないんですか?」
あや子が言う。
「一度はそうなったんだがな。実は私も良くわからないんだ。校長が受理したそうなんだが」
「校長先生が?」
「ああ」
「今日は来てますか?」
斎北が聞く。
「あ、ああ、ってこらお前たち、どこに行くっ!」
顧問がしゃべ終わる前に、四人は校長室に向かって走り出していた。
「話聞いてもらえると思うか」
走りながら宮内が聞く。
「無理にでも聞いてもらうさ」
斎北が応える。
校長室前。
コンコン。
ガチャ。
「失礼します」
あや子が一番にに入る。
つづいて宮内、斎北、水野とつづく。
「何かね。何かあったのかい」
東条院は表情一つ変えずに言った。
「突然申しわけありません。私は三年A組の宮内健悟です」
「C組の斎北貢です」
「F組の水野聖です」
「E組の名倉あや子です」
次々と挨拶をしていく。
そして東条院も、
「私が、校長代理の東条院だ」
宮内が切り出す。
「単刀直入にお聞きします。今更なぜ、江藤裕希さんの退学を受理なさったんですか」
「なぜって、君たちに関係あるのかな」
「部の後輩です」
「部は辞めたと聞いたが、違うのか?」
「……いえ、本当です」
「だったら関係ないんじゃないのかな」
東条院の言っていることは当たっている。
「…校長先生は、裕希さんの知り合いなんですよね」
あや子が話し出す。
「そうだか」
「親友の娘が学校を辞めるんですよ、平気なんですか?」
「いくら親友の娘だからとはいえ、本人が望んだことだ。私にはどうすることもできないんだよ」
「だったらせめて、理由を教えてくれませんか」
「…今頃それを聞くのかね? 君たちは知っているはずだ、それに、本人から聞いているはずだが」
東条院は知っているのだ。裕希が自分の正体を話したことを、黒木から聞いたのだ。
「……え、聞いてません、けど」
あや子が言った。
スイッ…。
斎北が前に出る。
「校長、貴方は知っていたんですか」
「貢?」
あや子が怪訝な顔で言う。
宮内と水野は黙って見ている。
「‥だとしたら?」
「辞めさせようとは、思わなかったんですか?」
「思わないね。彼女が好きでやっていることだ」
「死んでも? 平気なんですか」
「えっ。 ちょっと何言ってるの? 裕希ちゃんが死ぬですって?どういうこと?」
斎北にあや子がつめよる。
「この間、裕希ちゃんが俺たちに言ったことは本当のことだ」
「…! そんな」
愕然とするあや子。
「…彼女にとって、君たちは危険な存在だ」
「どういう意味ですか」
「そのままの意味だ」
コンコンッ。
途中、誰かが来た。
ガチャ。
「……あ、お話中でしたか」
「かまわん、この者たちは知っている」
「はい」
入ってきたのは、榊だった。
「榊、先生?」
四人とも、驚いている。
「報告いたします。北村は昨日、美土里町に引っ越しました。この他に変わった様子はありません」
「家には」
「はい、一歩も出ていないようです」
クッ。
東条院が笑う。
「馬鹿な奴だ。おそらく裕希はもう、居場所を突き止めているだろう」
「おそらくは。あの方なら簡単でしょう」
東条院と榊、二人の会話に茫然と聞いている四人。
「下がっていい」
「失礼いたします」
ガチャ。
パタン。
榊は戻っていった。
「榊は、私の部下なんだよ」
「部下? いったい貴方は」
「さて、裕希のことだが、彼女のことは忘れてくれないか」
「そんな…」
シクシク…。
あや子が泣いている。
ガチャ…。
宮内がそっと促す。
「‥俺は、忘れることはできません」
「………」
「殺し屋が、本当の彼女だとは思いません。何か、理由があるんだと思います」
じっと斎北を見る東条院。
「知りませんか」
「…いや、私も知らない。これは本当だ」
美土里町。
裕希は北村の家の近くの喫茶店にいる。
その喫茶店からは北村の家が見える。
軽い昼食をとりながら、じっと様子を見る。
近所の人の話だと、家にいるようだ。
午後一時をまわったところだ。
カチャン…。
コーヒーを置く。
「……」
どうするか、夜まで時間がありすぎる。
…事を、早めるか。
とすると、どうやって中に入るか。
「…………」
カタ…。
席を立ち、トイレに行く。
パタン…。
バックから携帯を取り出し、北村の家にかけた。
プ、プルルルル・プルルルル‥
ガチャッ。
『もしもし』
男の声。
「私、裏国の者ですが、北村様でいらっしゃいますか?」
『ああ、そうだが何か』
「はい。総頭、東条院様から貴方様にお渡しするよう頼まれたものがございます。近くまで来ているのですが、そちらへお伺いしてもよろしいでしょうか」
『…分かった。鍵は開けとくから勝手に入って、置いていってくれ』
「かしこまりました」
プツ‥。
電源を切る。
フッ。
裕希が笑う。
馬鹿な奴だ‥。
頼まれた物などあるわけがない。
あるといえば、鉛玉をくれてやるぐらいだ。
「行くか」
「ありがとうございました」
喫茶店を出て、北村の家に向かった。
北村の家の周りには、木々が茂っている。
ガチャッ。
玄関を開け中に入る。
「失礼いたします」
と言いながら周辺を見渡す。
シンとしているが人の気配はする。
二階…か。
キィ…、パタン。
出た振りをする。と同じに気配を消す。
懐から銃を出しながら、二階へ上がっていく。
ボディガード達はいないらしい、一つの気配しかしない。
気配のするほうへ行く。
扉が閉まっている。
息を整えてドアノブに手をあて、そっと開ける。
スー…。
椅子に座っている姿が、目に入った。
銃口を向け、
「…北村英夫だな、こっちを向いてもらおうか」
「!だれ、だ」
電話の声と同じ。
本人か。
「シリュウを知ってるか?」
バッ!
奴が振り向く。
「おまえはっ!」
ビクッ!
銃を向けられていることにビクつく。
「お前え、は、カーリー…」
くす。
「はじめまして、北村英夫さん?」
「どう…して、ここ、が」
声が、震えている。
ニッ…。
そんな奴の姿を見て笑う。
それは余計に恐怖心をかきたたせる。
「た…、助けてくれ。何でもする。命だけは、金ならいくらでもやる。な?」
「………」
こんな小さい男なのか、こんな男に、父さんは殺されたのか。
裕希の胸の中に、失望感がよぎる。
チキ…。
撃鉄を引く。
「! まっ、まってくれっ」
「………」
こんな奴にっ!
グッッ!
引き金を引いた。
「!…っ」
ドタッ…
男が倒れる。
銃弾は、奴の眉間に命中した。
北村は死んだ…。
なんという呆気なさだ…。
その場に立ちつくす裕希。
裕希の中に、ある感情があがっていった。それは、失望感ではなく、無力感に近いものだった。
…ぽた……
涙が頬をつたう。
目を伏せる。
「…まだ、まだ泣くな」
部屋を出、家を出る。
バイクのところへ行く。
携帯電話を出し、東条院の携帯にかける。
その間も涙があふれる。
プルルルル・プルルルル。
ピッ・ピロロロロ・ピロロロロ。
東条院の携帯が鳴る。
「ちょっとすまない」
ピッ。
「はい……誰だ?」
『……私だ』
「! 裕希っ」
東条院の言葉に斎北がかけ寄る。
『…仕事は済んだ、…後始末は頼んだよ』
「……わかった。今どこにいる」
『………』
「裕希?」
プツッ。
切れる。
プー、プー、プー。
「……」
裕希…。
「校長?」
斎北が聞く。
「…切れたよ」
「え…」
「二度と…彼女に会えないかもな」
「そんな」
途中で、電話を切った裕希。
ギュッと、手を握る。
涙が止まらない。
うっ…。
父…さん、父さん、なんで…、なんで私、生きてんのかな…。
「ねぇ、なんでかな‥」
もう…、生きてる意味、無くなったのに。
…これから……
「……どうしよう……」
この後、裕希は姿を消した。
生きているのか死んでいるのか、それは誰にもわからない…。
ただ、誰もが願っていた、生きていることを。
−−−2年後−−−
裏国総本部、東条院の部屋。
「総頭っ」
「なんだ」
「カーリーを見付けたという報告がっ」
「! どこだ」
「アメリカ・ニューヨークですっ!」
-END-




