第9章-別れ-
-裏国総本部
東条院の部屋。
「総頭、ほんとに裕希さんと切るおつもりですか」
「………」
東条院は応えない。
「江藤様との約束は、どうなするつもりですか」
「……洋一との約束は守る」
「では」
「ただし、生活費の工面だけだ」
「え。それでは、仇をという約束は」
「彼女も言ったであろう、今回のことは仇ではないと」
「しかし」
「黒木、情を入れすぎだぞ。少し頭を冷やせ」
「……わかりました」
黒木は部屋から出ていく。
「………」
総頭のおっしゃることはよくわかる。だが、裕希さんにもしものことがあったら、約束は守れないんですよ。そのことは貴方もわかっているはずです。総頭。
裕希さんは、死ぬことなんて何とも思っていないんです。むしろ…、死にたがっているんです。今までは江藤様が、父親が生きていると信じていたから生きていたんです。ですが、父親がいない今は‥。
だからこそ、我々が歯止めにならなければならないはず。
「総頭、そうではないのですか?」
…まだ、何か隠してらっしゃいますね。
裕希さんの傷の具合が気になりますので見に行きます。
途中、榊とすれ違う。
コンコン。
榊が扉をノックする。
『誰だ』
「私です」
『入れ』
プシュウッ。
東条院が言ったと同時に、扉が開いた。
「失礼します」
「…北村の様子は」
「今のところ変わった様子はありません」
「北村から目を離すな。シリュウが殺されたことを知るはずだ。奴もそう馬鹿ではない、次に殺されるのは誰かわかるはずだ」
「わかりました。随時、報告いたします。失礼します」
プシュウ。
榊は部屋から出て行った。
東条院は、椅子に座ったまま窓側に向きを変えた。
「……」
洋一…、これで良かったのか…
『……洋一、なぜ本人に理由を聞かない? 家に帰っていないそうではないか』
『秀之、俺は怖いんだよ』
『怖い?』
『ああ、あの子の顔を見るのが怖い。自分がアサシンだと、父親に知られたとわかったら、あの子はきっと、私の前から姿を消してしまう。それが怖いんだ』
『洋一‥』
『…秀之、頼みがあるんだ』
『なんだ』
『もし、俺の身に何かあったら、あの子を頼む。仇だけは討たせないでくれ』
『わかった』
『ありがとう。あともう一つ俺の我が儘を聞いてくれ』
『なんだ?』
『‥なぜアサシンなどになったのか、アサシンになる者達の理由を知っているだけに、わからないんだ。私は:あの子を死なせたくない…。秀之、あの子を死なせないでくれ。でも、あの子のしたいようにさせてくれ』
「…洋一」
お前が死んでから、まだ一ヵ月しか経っていないんだな。
まるで何年も前のことに思える。
洋一。
「このままでは娘は死んでしまうぞ」
東条院は空を仰ぎ洋一に言った。
黒木は裕希の家に来ている。
ピンポーン、ピンポーン…。
「……」
さっきから何度も押しているが、返事がない。
出かけたのか……?
いや、あの傷で出かけられるわけがない。
あの人のことだ、出るのが面倒なのかもしれない。
そう思い黒木は、玄関まで行く。
ノックをする前にドアノブを一応引いてみた。すると、
「…っ!」
カチャ…。
扉が開いた。
「……」
そうっと中へ入っていく。
「…裕希さん?」
リビングにはいないので、キッチンの方へ行くと、テーブルの上に伏せっている、裕希の姿が目に入る。
近くにより様子を見る。
裕希は、ぴくりとも動かない。
スゥ−、ス−…
熟睡しているようだ。人が入ってきたことに気づかぬほど。まあ、不穏な気配じゃないからというのもあるが。
そっと裕希の額に触る。
……熱が‥。少し高い。
「ここじゃ良くないな」
下がるのも下がらない。
…カタン。
黒木は、そっと裕希を抱き上げ、二階へ運んだ。
裕希をベッドに寝かしたあと、下へ降りる。すると、リビングのテーブルの上にコーヒーカップが五つ置いてあった。
誰か来たのか、五つのうち一つは裕希さんのだろう。あの人はまたコーヒーを飲んだのか、あとの四つは‥四にあてはまるものは、ああ、あの探偵部の人たちか。
あの人達とはどう決着をつけるのだろうか、あとで聞いてみよう。
黒木が来てから二時間後。
午後七時半過ぎ。
フッと、裕希は目を覚ました。
「………」
ここは‥、自分の部屋:か。
自分の…。
「……!」
ガバッ。
飛び起きる。
自分の部屋だって?
たしかキッチンで眠ってしまったはずだ。
誰かがここまで運んだ?
「………」
考えられるのは一人、こんなことをする奴はアイツしかいないだろう。まったく。
そっと、ベッドから降りる。
薬が効いたのか、熱はほとんど下がった。
パソコンのほうへ行く。
東条院が来ていた…
何もしていないだろうけど、一応大事なやつは持っているが。
そう思いながら周りを見る。
すると、何かが無いのに気づく。
「………、シリュウが置いていったフロッピーが無い…」
見たのか?…、東条院はあれを見たんだ。パスワードの部分も。
そして持ち帰った。
フゥ…。
「コピーでも取っとくんだったな」
さて、アイツの顔を拝みに下に降りるか。
トントントントントン…。
リビングに行くと、そいつがいた。
そいつは、銃の手入れをしていた。
ハァー。
ため息をつく。
「黒木、何をしているんだ。そんなもんリビングでやらんでくれ、しかも人の物まで」
「‥裕希さん、熱はどうです?」
裕希の言ったことなど全然気にしてない様子。
「ああ…ほとんど下がったよ、薬飲んだからね」
「それは良かった」
黒木は、少し笑って言ったあと、また、手入れし始める。
呆れて見る裕希は、額に手をあて言った。
「黒木、なぜ戻ってきた。お前たちとは切ったと言ったであろう」
黒木は手を止めた。
「…総頭は、貴女を死なせない、仇は取らせないと言っておきながら、貴女と手を切った。その理由がわからないんです。なぜ今になって」
「そんなの簡単なことだ。父さんとの約束を、あれほどまでに守る奴だ。だったら答えは一つ、最後にもう一つ、頼まれたことがあるんだろ」
「どんな…」
「さてな、まぁ、大体予想つくけどね」
「……」
黒木は黙ってしまった。
裕希は黒木に冷たく言う。
「悩む必要はない、貴方には関係の無いこと。早く帰るんだね、店も、休んでられないだろう」
言い終わると同時に、二階に着替えに行く。
今度は、ちゃんと調べてから行かなければ、面が割れているからまた変装しないと。
このチャイナドレスは、血でダメになったから何を着るかな。
クローゼットの中を覗く。
うーん。
ああそうだ。バイクを買わなきゃならないから、やはりパンツルックだな。
そうすると、ジーパンか。まともな格好でバイクは目立つからな。
黒のジーパンに、黒のTシャツ・ジージャンでいいな。この格好していけばいいだろ、ちょうど胸の包帯も絞めるし。
着替え終わり、偽造カメラ(これはウォークマンを改造したもの)を出す。
ナイフは靴に仕込んであるからいいとして、銃はどうするかな、左肩は無理だし‥右肩に掛けるか。
銃を右脇にしまう。
髪は濡れた感じにする。
サングラスをかけ、下に降りる。
黒木は…、いた。
玄関に立っていた。
「出るんだったら出て」
「一つだけ、聞いてもいいですか」
「……なに?」
靴を履きながら応える。
「あの人たち、探偵部の人たちはどうするんです?」
「ああ、そのことなら平気」
ガチャッ。
玄関から出る。
カチッ。
鍵を閉める。
歩きながら話す。
「平気?」
「ああ。バラした」
「……!」
黒木はギョッとする。
信じられない顔をする。
裕希はクスっと笑った。
「信じてないみたいだったけど。なんたって、笑い飛ばされてしまったからな」
笑っている裕希を見て黒木は、
「なぜ平気でいられるんです。もしかしたら信いてない振りかもしれないんですよ」
と言った。
「…いや、あれは本当に信じてない。ああでも、一人だけいたな」
「誰です?」
「斎北さんだ。どっちが本当の私なんだと言われたよ、信じる信じないは関係ないんだ、言っても言わなくても、どっちにしろここを離れるんだからな。だったらスッキリしてから行こうと思ってな」
「……どこへ」
「さぁね、まだ決めてない。さて、これで本当のお別れだ、二度と家に来るんじゃないよ、アイツがいい顔しないだろ。それと、アイツにこれ渡しといてくれ」
そう言って出したのは、退学届だった。
「一応出さなければならないからな。それじゃあね」
黒木に背を向け、歩き出した。
その後ろ姿を見つめ黒木は叫んだ。
「裕希さんっ、死なないでくださいっ!」
-と。
もちろんこの声は、裕希に届いた。
「……さぁね」
裕希は、ポツリ、そう呟いた‥。
黒木は、結希の姿が見えなくなるまでそこにいた。




