神龍爆誕
本当に、死なせるつもりじゃなかった。
令嬢ならだれでも、あんな高い場所なら怖がって、命乞いをすると思ったのだ。
結局、俺は彼女のこと、やっぱり何もわかっていなかった。
大の男でも、足がすくんでりまうようなあの細い橋を、彼女はためらいもせず、
まっすく歩いていった。
「王族が一度口にしたことを簡単に違えてはなりません。私からの最後の苦言だと思ってください」
振り返った彼女の顔は落ち着いており、静かな表情をしていた。
化粧を落としたその素顔は、俺たちがキツそう、高慢そう、性格が悪そうと評していたものとはまるで違って、歳よりも幼く見え、胸をざわめかせた。
「やめろっ!アンジェリク!」
俺の言葉は彼女には届かなかった。
こんな形で、もう二度とやり直しの効かない形で君を失うつもりじゃなかった。
彼女の体が暗い谷に吸い込まれるように落ちていき、周囲から悲鳴があがる。
ああ、俺は間違えたのだ。
慟哭する彼女の兄の声が、胸をえぐる。
俺は、何をしたんだ。俺は・・・・。
腹のあたりに巻き付いているアリソン男爵令嬢の腕を引き離すように振り払い、城へむかって歩きだした。
とまどいながら、近衛騎士団が続く。
「俺は、歩いて帰りたい。ヘンドリックはアリソンを馬車で送り届けるように」
「あの、わたしも・・」
アリソンが何か言っているが今は一人でただ歩きたい。
「すまないが話しかけないでくれ」
「王太子様・・・」
何かを言いかけて、ヘンドリックは言葉をひっこめた。
俺は・・・俺は・・・。
自分の想いに沈む俺の耳に、背後から届いた声があった。
「龍だ」
「神龍様だ」
人々が仰ぎ見る方に視線をやれば、金色に輝く一頭の龍が、その巨大な身体をくねらせて天に昇っていくところだった。
この国が荒れる時には必ず姿を現しその時の到来を告げるという伝説の龍がその姿を現したのだ。
まるで、身を投げた令嬢が、龍に変わったかのようなそんな登場だった。