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こんな女に誰がした  作者: 相川イナホ
4/7

令嬢、ミュージカル女優に扮する

「おはようございます」

今日も朝日が眩しい。


 だって窓は壁をくりぬいただけのものに鉄格子がはまっているだけだし、

カーテンすらついてない。

 雨がふったらさすがに木の板なんかで塞いでもらえるけど、基本室温=外気温。


 罪人の扱いなんかこんなものですよ。はよ体調くずして死ねということですね。わかります。


 今は季節がいいからいいけど、冬になったらふつうに凍死じゃないだろうか。

朝になったら死んでいたとかマジ勘弁。

 まぁ首(自主規制)されるよりいいかもしれないけどさー。


 女看守がつくようになって兵士は部屋の前を時々巡回するだけになったけど、

彼らもきっと夜は寒いんだろうなー、かわいそうに。


 たぶんそろそろ塔の令嬢、気がふれたとか噂が出回っているはず。

 私のやってる事は奇行と思われるだろうし

 前世思い出したとかクレイジーだものね。


 あ、朝食ですか、いつもありがとうございます看守さん。

 今日も毒見ありがとうございます。あなたいい人ですね。


 しかし王太子、私を殺したいんだか生かしたいんだかどっちだ?


 パンをひとかけとっておいて、格子窓に寄る。

 桟の部分に細かくちぎったパンを置くと、かわいらしい小鳥が飛んできて格子の間から顔を出す。

 パンくずを私の手からついばみ、甘えるように身をすりよせる。

ここ一か月ですんごく仲良くなりました。わたしのオトモダチです。


 ああ、ここはミュージカルならばヒロインが歌うとこだよな。

「塔に罪なく閉じ込められた憐れな深窓の令嬢」は、外の世界に憧れて歌って踊るの。

 

 「小鳥さん、私と一緒に歌って」


 ら~ららららら、ら~ら~らららら。


 やばい私、人と話し、しなさすぎてほんとに壊れたかも。


 破って紐にしたシーツの残りではたきとモップを作って。魔法で水を出して、モップをしめらせ、掃除をしながら踊り、歌をうたう。


 あー 現実逃避楽しい。


 最後に自分にクリーンの魔法をかけておわり。

 たしかにさっぱりするけど、お風呂はいりたい。


 歌がおわると小鳥さんたちは窓から飛んでいく。

 私にも翼があればここから飛んで逃げられるのに。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 元侯爵令嬢の気が触れたと報告があがった。

 いわく夢の世界にいるのだと。


 塔の近くにいくと女の歌声が聞こえた。

 彼女が歌が好きだなんて知らなかった。

 兵士たちは塔にいるのが令嬢だと知っているのに、セイレーンが住んでいるのだとジョークを言い合っていた。


 こうして見上げていると時々白い手が窓からのびるのが見えるのだと楽しみに見上げる者までいる。

 寄ってくる小鳥にエサを与えているのだろうとの事だ。

 彼女が小動物が好きだなんて知らなかった。

 それとも幽閉生活の無為を紛らわすためにしているのか。


 彼女についてなにもかも知らなかった。

 何が好きで、何が嫌いなのか。


 思えば会った時から彼女には反発しか感じなかった。

 出来のよい才女の侯爵令嬢、皆ほめそやし、たたえた。


 俺はできて当たり前なのに、ずるい。

 そんな暗い思いから、彼女のことが苦手になっていた。


 自分の努力の足りなさを棚にあげ、あちらは出来がいいのだからと卑屈にもなった。


 気がふれたのなら丁度よい。恐怖も不安も感じないうちに死ねるだろう。


 それなのに、エスコートした時の重ねられた小さな手や、彼女のドレスからのぞくむき出しの肩や大きくあいた襟ぐりの肌の白さやなめらかさ、目があった時の恥ずかしげな微笑みをなんで俺は今になって思い出しているのだろう。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 あれから王太子はチラリとも顔を見せなかった。

 私にまったく興味がないのですね。わかります。

 男って思い切りのいいところがあるよね。


 前世で、私が子供の頃、家の軒下にツバメが巣を作りはじめた事があった。

 かわいそうだという私や母の言うことも聞かず、「卵があったら鳥獣保護法でもう壊せなくなるから、作りはじめのうちに巣を壊しておくのだ」と父は巣を壊した。「糞が落ちて汚らしくなるじゃないか」父はそう言った。


 うちの父だけかと思ったが、ご近所さんでも、巣を壊したのはお父さん方だった。

 

 たぶん自分たちに有利か不利かでシビアな線引きができる能力が彼らにはあるのだと私はぼんやり思ったものだ。


 それはOLの時に初めて付き合った男性もそうだった。

 彼は同じ部署の私の後輩に手をつけ、私のことをあっさりと捨てた。

 ええ、それはばっさりと。

 よく女の恋は上書きで男の恋は名前をつけて保存だとか言うけども、女性の方が情が深いのだ。

 彼だけかもしれないが手のひら返しはなかなかできないものだ。


 私もしばらく、彼が私の部屋に残していったマグカップだとかお箸だとか

そんなものを見ては泣いていたものだ。

 そんなわけで、私の中では彼らのような人間は自分の不利益になりそうな人間関係をばっさりと切ることができるのだという教訓めいたものがある。


 

 短かったとはいえ、2年近くを婚約者として共に手をとりあってきた。


 気難しい隣国の大臣やおべっか使いの商人の前で隙を見せないよう、二人で協力して事にあたったこともある。

 彼にとっては、それらの事もなかった事と一緒なのであろう。




 ああ、腹たつ、腹たつ。

 こんな事ならもっと言ってやればよかった。


 あなた根暗すぎ、うしろむきすぎ、卑屈すぎ、問題から逃げてんじゃねーよ

 わたしだって、侯爵令嬢というプレッシャーに立ち向かって来たんだ。

 王太子としてのプレッシャーとかお前にわからないとか言うんじゃねーよ 

 私もその婚約者っていうプレッシャーを浴びてきたんだよ。


 なんでもハイハイいってる娘がいいとか、そんなのイエスマンばかりが部下のバカ社長と一緒じゃない。耳が痛い言葉も受け止められてはじめて器のでかい男って言うんだよ。そうだよお前、器ちっさすぎなんだよ。いい歳してあまえんな。



 笑顔で俺を癒してくれる?私はあなたの乳母じゃないんだよ!

 お前のいいっていうあの娘の笑顔は万人にむけられてますから!

 残念だね!お前だけのものじゃないし!そう思ってたら相当めでたいね!



 支離滅裂になっていく思考。

 私、本当に壊れはじめているのかも

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