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こんな女に誰がした  作者: 相川イナホ
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兄の後悔

 妹が自殺を図ったと聞いて、無理に牢のある塔に入れてもらった。

 本来は身内の訪問は受け付けられない場所だが、もう勘当していて他人だからと無理をいって最終的に袖の下を渡して話をつけた。


 とはいえ、許可されたのは牢のある区画まで。

 

 取り調べに連れ出される姿を遠目で見ただけだ。


 久しぶりに見る妹はひどく痩せてしまっていた。

 白い包帯が額にまかれ、いつも隙なく結われている髪は下され、うつむいている。


 激高するまま、「勘当だ」と叫んでいた。

 決して本気だったわけではない。病床に伏せる父に何て謝れば・・・。

 侯爵家当主代理としては間違った事はしていないはずだ。

 だが、人としてどうなのだ?自分は人でなしではないのか?



 「あなたは妹の気持ちを考えたことがあるのですか!!この母の気持ちも少しは汲んで考えられなかったのですか!」

 泣きはらした目をした母が、自分をなじった声が耳から離れない。


 幼いころから利発な妹だった。

 貴族令嬢の中で、手本となるべく進んで習い事やお稽古事に真面目にとりくんでいた。

 はじめてのデビュタントは自分がエスコートした。

 人々の視線を一身に受けても、気後れしない堂々たる姿に「あのご令嬢はどこのご令嬢か」と色めき立つ会場の雰囲気に、これは自分の妹なんだと誇らしくもこそばゆい思いをした

 

 自分の手から王太子の手にエスコートの手を譲ると、美少年美少女の組み合わせに周囲からは感嘆のため息がもれた。

 ワルツを踊る二人の姿はさながら一対の蝶のようで見る者の視線を奪った。


 それからすぐ王家から婚約の申し込みがあり、妹は未来の王妃になるべくさらに厳しい勉強時間をとることになっていった。



 時に王太子を上回る利発さに、王太子が妹を疎んじているとの噂が耳に入るころ

一人の女性が社交界にデビューした。


 自分も含め多くの青年貴族がその娘に夢中になった。

 時間をおいた今はちょっと異常な事態だったと思う。


 「お前の妹は堅物すぎてどうもな・・・。いやこの国の王妃になるべく人物としては申し分ないのだが・・・」


 「女は少しバカな方がいいよな。男の領分を飛び越えてきそうな才女は俺も苦手だ」


「だよな。あまり可愛げがないのはどうかと思うぜ。まぁいざとなったら側室を娶ればいいんだし、毒にも薬にもならないような仕事を与えておけば、勝手に頑張ってくれるんじゃない?」


 「お、おれは、お前の妹みたいなのがタイプだ」


 一部を除いて、王太子とそのとりまきの青年貴族の間で妹の評判はいまいちだった。

 いわく、「かわいげない」「理詰めである」「男より頭が回って小賢しい」

「顔はきれいだが性格がキツそう」


 俺も、そう思わないわけではない。妹はこの国の宰相ともよく話しが合うらしく

時々俺にも理解できないような話をしていることがあった。

 気難しいあの宰相が「男に生まれなかったのが惜しい人材である」

と褒めちぎっただとかいう話も漏れ聞く。


 その頃、俺たち王太子とそのとりまきの青年貴族達はチェスや乗馬や狩りや女の子達の品定めとストレスを言い訳にうつつをぬかしていた。


 王太子と妹の世間の評価は離れていくばかり。


 そしてあの事件だ。

 貴族のルールを無視した王太子の行動に妹が苦言を申し出た。

 正論で追い詰められた王太子は、窮鼠猫をかむような行動に出た。


「アリソン嬢を侯爵令嬢であるアンジェリクが苛め、なおかつその身を危険にさらさせた」と糾弾したのだ。


 俺は激高した。

 その時にはアリソン男爵令嬢に夢中だったから、冷静になればありえない事なのに俺にはそれが真実だと、そう思いこまされてしまっていたのだ。


 王太子とアリソン男爵令嬢のいう嫌がらせや苛めなど、そんな事をしている私的な時間を妹は一切持ち合わせていなかったのに。


 公の場で一度口に出してしまった言葉は簡単に取り消せない。


 俺は今後悔している。

 侯爵家として妹を庇えば、我が家は破滅だ。

 だから俺の侯爵家当主代理としての判断は間違っていない。

 王太子の堪気に触れた者を一族に置いておけば、わが身が危ない。


 妹を切り捨てた結果、妹がどんな目にあうかまで考えていなかった。


 それでも16年一緒に暮らした血をわけた妹なのだ。

 あんな姿を見たら、しかも自死を図ったと聞けば、心が痛む。


 まさか王太子が王の許可をもらわず婚約破棄を表明してしまうだとか、

妹がいないはずのパーティで、アリソン男爵令嬢が妹に階段から突き落とされたなとでたらめを訴えるとは思わなかった。


 あの日、妹は王太子の腕に腕をからめて甘えるアリソン嬢をみて、王子もまんざらでない様子に、「私がこの場にいたらゴシップの種になってしまうでしょうから」

とらしくない笑みをうかべ、入り口で回れ右をして家に帰ったのを俺は知っている。

 男としては王太子の言う「窮屈さ」を理解できていたが、兄としては妹の心情を思いはかれば、王太子の行動に自分にしては珍しく軽く怒りを覚え眉をひそめたから覚えている。


 妹は無実だ。


 だかもう遅い。


 妹は嵌められたのだ。


 やっと17歳になったところなのに、娘らしい遊びもせず、ただ勤勉に品行方正に恋すらしないまま。その身を散らす事になるのだ。



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