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こんな女に誰がした  作者: 相川イナホ
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改めて転生者の目から見てもオカシイでしょ?コレ


 夕陽が赤く、部屋を染めていた。

 石造りの塔の最上階にあるこの部屋を、唯一温めてくれる陽の恩恵が、窓にはまった鉄柵のむこうから最後の温かさを届けてくれる時間ももう終わりだ。


 宵闇が下りる時間になれば、またここは底冷えのする暗い闇に包まれる部屋となる。


 私は意を決し、粗末なベットの上に立ち上がると無粋な窓の鉄柵にシーツを細く切ってつないだものを結んだ。

 次に、ベットを窓の壁側からほんの少し移動させ少しの隙間をつくる。

もう一度ベットの上にのぼると、シーツの紐で輪を作り、首にまいた。


 目をつむり、息を吸った。できればあまり苦しみたくはない。

 

 死んでしまいそうな哀しみの日々は、それでも私の息の根を止めてくれなかったのだから、やはり最後は自分の手で始末をつけるしかない。


 もう空っぽになったと思った心だが、最後になるはずの夕陽の色は見事で、ひそかに感動を覚えた。

それと同時にもう何年も、そういった風景を楽しむ余裕も自分にはなかったのだと思い知る。


 息を吐くと、それを合図にして、私はベットを足で蹴った。


 首に一気に体重がかかる。そして同時に顔面にひどい痛み、と目から火花。


 ・・・・まぁふつう、もっと冷静であればわかるはずなのだが。

 あの体勢ではベットを蹴った勢いも手伝って、身体が壁に向かって飛んでいき、最終的には壁に激突するということが。

 冷静なつもりでいたが、よほどテンパっていたのである。その時の私は。


 チカチカする目をよそに、頭にそれまでの記憶が走馬灯のように流れてきた。


 っておい?ちょっと流れすぎじゃないか?ちょっとまて。今の記憶はなんだ?え?イセカイテンセイ?

 スマホ?オーエル?パワーポイント?、聞いたことのない言葉とか道具とか風景、人物まで脳内に再生されていくではないか。


 いやちょっとまて、死のうとしている場合じゃないんじゃないか?

 なんだこの記憶は?

 待って、待って?もっと考えさせて。今の記憶について!


 脳へいく血流が止まって、酸欠で朦朧としてくる。


 ちょっと待って!今思い出すから!今は死んでる場合じゃないから!


 ゴンという音に居眠りしていた見張りの兵が気が付いて。鍵をがちゃがちゃさせている。

 

 そこの兵士さん!いそいで!間に合わないから!


 このままだと私、死んじゃうから!





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 捕えさせていた、元ロントン侯爵令嬢のアンジェリクが、塔の牢で自殺を図ったという知らせを受け、

王太子のルードリヒ・グレンハルド・ストラウス3世は眉間に皺をよせ、牢に繋がる階段を上っていった。


 「見張りは何をしていたのだ」


 不機嫌な声音を隠そうともせず、問いただせば、同行していた兵士長が青い顔をした若い兵士を拳で打ち付けた。


「このたわけが!」


 兵士は顔を殴られ、二三歩たたらを踏んだが、踏みとどまると両手を背中側に組みなおし、背筋をのばすと、声を振り絞って言った。


 「申し訳ありませんっ。サー!」


 「手落ちだな。ラムコム」


 ルードリヒ王太子は面白くなさげに言い放つと、ちらりと若い兵士を見やった。


「はっ。面目しだいもありません」


 ラムコム兵士長は王太子に敬礼をすると視線をおとした。


 その時になってようやく追いついてきた、近衛の兵が王太子を諌めた。


「殿下、このようなところにおいでになっては、いけません。執務の方へもどりましょう」


「元とはいえ、かつての婚約者が、捕えていた王宮の牢で未遂とはいえ自死を計ったのだ。これが、その女の浅はかな策略だとしても、知らぬ存ぜぬでは通らぬだろう」


 王太子が「その女」と言ったその声の表情は、まるでその場の空気が氷点下になったかのような身も凍るような冷たさと、蔑みに満ちていた。


 「・・・同情でもかけてもらえると思ったか?、私をこのような場所まで呼びつける事ができて本望であろう。ありがたく思え、お前の思惑どおり来てやったぞ。だが、私がお前の戯言に耳を貸すことは金輪際ないと思い知るがいい。すべてはお前の卑しい心根が招いたことなのだ。自業自得というものだ。胸に手をあてて己の所業を反省するがいい」


 呼びかけられて、牢の中の囚われ人はベットの上で、よわよわしく声をあげた。


 つきそっていた女看守が、耳をその口元へ近づけた。


 「・・・・・ご令嬢は、喉を傷めておられます。私が取次ますことをお許しください」


 そう前置きした上で、アンジェリクの言葉を 取り次いで伝える。


「『突発的に死にたくなり、このような短慮をいたしました事をお詫びいたします。決して殿下の執務のお時間をお取りするつもりではありませんでしたが、このような場所にご足労をかけてしまい、申し訳ございません。ひとつだけお願いを申せば、そこの若い兵士さんを責めないでいただきたい。

わたしが着替えをしたいといって、少しの間、席をはずしてもらったのです。淑女の着替えを覗く気か、とひどい言葉をあびせました。ですので、そこの彼は悪くないのです』と申されています」



 「・・・彼のした事は規則違反ですから」


 兵士長はチラリと王太子の顔を見た。


 「ふん」

 

 王太子は鼻をならした。


 「ならば、その兵士のことは特に咎めまい。お前のような毒婦の舌先には気をつけろとお灸はすえるがな」


「『お聞き届けいただき、ありがとうございます』といわれております」


 違和感を覚え、王太子は見ないようにしていた、かつての婚約者だった牢の住人に視線をうつすが、とたんに舌打ちをもらした。


 「ちっ」


 社交界の花と謳われ、その気のつよさや散漫さが顔に出ていたその女は、かつて栄華の見る影もなく

 やつれ、病み、見る影もなくなっていた。


 首と頭には包帯がまかれ、両手にも布がまかれている。

 その瞳には絶望の色が色濃く浮かび、顔色は悪く、生気がなかった。



「・・・・・さすがのお前も、ここでは少しはしおらしくなると見えるが、いいな!二度とこんな面倒な事態は起こすな。己れを悔いつつ、静かに刑が決まるのを待つのが貴様の今やるべきことだ」


 吐き捨てるようにそう言い捨てるときびすを返し、牢の前から立ち去る。


 すがられるだろうと思ったが、元侯爵令嬢が声をかけてくることはなかった。


「殿下・・・さすがにあの態度は・・・」


 かわりに、近衛の兵の中で年嵩の者がたまらず、といった風に声をかけてきた。


「いくらなんでも・・・あの方は女性の身ですし、かつては・・」


「ふん。元とはいえかつては婚約者だったのに、か?あいつが、あの健気で頼るべきものもいないアリソンに何をしたのかお前はもう忘れたのか!」


 王太子の取りつくしまもない様子に、年嵩の近衛兵、ヘンドリックはため息をついた。


 彼の言う「健気で頼るべきものもいない、可哀そうで可憐なアリソン男爵令嬢」は、有力貴族の子息を何人も味方につけ今や「頼るべきものもない」状態ではない。


 むしろ、今、「頼るべきものもない」のは牢の中のあの元侯爵令嬢である。実家にも責を問う声があり、没落か?というような状態なのだ。

 すでに彼女は勘当もされている。


 さらに、アリソン男爵令嬢は有力貴族子息の後ろ盾をいいことに、社交界を男漁りの場と勘違いしているかのような傍若無人さで、紳士、淑女の眉をひそめさせているような状態なのだ。


 空気を読まない鈍感さと、あざとい媚を可憐だとか健気だとか言ってほめそやす、彼ら有力貴族子弟の事が、ヘンドリックにはさっぱり理解できなかった。


(その点、アンジェリク様は凜としていて素晴らしかった)

 ヘンドリックは記憶をたどる。


 有名貴族子弟らに、アリソン男爵令嬢に対するいじめを糾弾されたときも、毅然として、自分の信念に基づきアリソン男爵令嬢に対し貴族かしからぬ行動を諭し、決して、他に責任を転嫁せず、己ひとりがその責めを負った。


 もちろん、アリソン脳になった彼らは、アンジェリクの言う「アリソンの貴族らしからぬ言動」を決して認めず、結果アンジェリクはひとり、罪人として咎を問われ、このような牢に囚われるという恥辱を受けなければならなかった。


 現王夫妻が、友好国の王族の結婚式に呼ばれて出かけていて、不在でなければ、これほどばからしい事態にはならなかったであろう。

 だがタイミング悪く、国境で起こった災害のため途中の道路が寸断され、王夫妻の帰還は遅れている。


 このままでは侯爵令嬢として、蝶よ花よと育てられたアンジェリカの身がもたないことは誰の目にも明らかであった。

元、婚約者である王太子のむごい仕打ちに心も壊れてしまったのか、最近は情緒が不安定になっていたようであると、こっそり様子を探らせたものからの報告があった。


 アンジェリクの行動は、このままでは王太子が道を過ってしまうとの懸念からの事だったため、その肝心の王太子からの仕打ちが一番堪えたようだ。


 もし、


 もし、とヘンドリックは考える。このままアンジェリクを死なせてしまったのならば、王太子はいつか自分の浅慮を酷く後悔することになるだろうし、実家であるロントン侯爵家を廃してしまったら国内の政治は多いに乱れるであろう。このまま激情のままに事を進めてしまっては誰の益にもならないことは火を見る事より明らかだった。


現王が帰還するまでは、王太子と愉快すぎる仲間たちがアンジェリクに危害を加えないようにするのが、宰相の決定であった。

 ヘンドリックは女看守に、他のものには気がつかれないように目配せをした。

 女看守は宰相の家の子飼いの隠密であり、その意を汲んで行動している。それとともに、ヘンドリックは王子のストッパーとしての役割を命じられているが、今回の件ではつくづく自分の力不足を思い知った。


「アンジェリク様・・・どうかご短慮だけはなさいませぬよう」


 祈るように彼女にむけた言葉は果たして届いているのかどうか。


 確かめることもできず、ヘンドリックは唇をかみしめ、ルードリヒの後を追った。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 「バカじゃないの?てかバカ?救いようのない勘違い野郎ね。エセヒロイックシンドロームのエゴイストが!は?何?守りたい?お前はビッチを守る危篤なおめでたヤローだ。てか裸の王様だね!

そんなに保護欲余らせてるんならひよこでも飼って相手してたらいいのに!」


 そのころ、誰もいなくなった牢の中のアンジェリクは一通り、王太子に対する罵りの言葉を吐いていた。


――――日本語で。


 いや、思い出しちゃったんですよ。前世の記憶。

 ちょっぴり毒吐きのアラサー時代の記憶が。


 よくある異世界転生しちゃったらしいと気が付いたのは、自殺未遂で頭を打って、気絶から目が醒めてお医者様と目があった時。

 罪人だからそのまま放置で世の中から抹殺?とか思ってたんだけど、そこまで鬼畜じゃなかったらしい。

 まぁ、世間から抹殺されちゃったようなもんだけどね!

 完全に貴族生活オワタだもの。この事態。



 ここは乙女ゲームに似た世界・・・ではなく、単に中世ファンタジー系な王制とかある世界でした。

 私はこの世界ではさる侯爵家の令嬢、しかも未来の王太子妃ということで、窮屈ながらも真面目に貴族の勤めをこなしていた。

 本当に真面目ちゃんだったわ。


 ほんとアンジェリクちゃんったら嘘も方便、だなんて柔軟な頭してないのー。

 バカ正直に権力(王太子勢力)に挑み、見事に没落コースをひいちゃった。

 このへん、融通の利かない前世の人格をひきずっているのかも。

 もっとちゃらんぽらんな性格してれば人生イージーモードなのにねぇ?


 アンジェリクの記憶を引っ張り出してきても、こんな扱いされるような事はしていない。

 完全に王太子の過剰反応で、やりすぎである。


「とはいえ、勘当くらっちゃったもんなー」


 アリソン男爵令嬢のとりまき化している兄から家から追い出されちゃった。てへぺろ。


「あー詰んだ」


 ベットの上をゴロゴロと転がる。

 だって、兵士さんが持ち場、離れちゃったんだもの。

 前の兵士さん、怒られてたのにねー。規律ゆるいなー。


 とか思ってたら、女看守さんがやってきた。


 ピタ、とゴロゴロをやめ、取り繕う。


「お食事です」

 差し出された食事は毒見済であることが一見でわかった。

 これなら大丈夫かもしれない。

 なにしろナチュラルに、毒殺狙われてたもんなー。


 怖くて食べられなくて8キロは痩せた気がする。

 もう木の棒状態よ!



 合わせてなべの蓋もあれば冒険に出られるわね!


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