その親父、妙な刺青を身に宿す
「へ?」
まぁよくもこんなマヌケな声が出たもんだと自分でも思う……いや、案外それが当然の反応なのかもしれない。目の前にそびえ立つ「竜」が、口を開けて、その喉奥に火花が見えて、何かが光ったのが見えて、あまりにも非現実的だ……そう、非現実的すぎるのだ。
「ぐ、ああああああああああああ!!!?」
しかし、しかしだ。この熱さは酷く現実的だ。馬鹿でかい蜥蜴の放った火球は目の前で爆ぜ、俺を取り囲むように燃え上がり視界を灼熱の色に焦がす。その熱は焚き火に当たるものとは大違いで、文字通りやけるような熱さだ。
「熱い!!熱い!!!!死ぬ!!!!」
恥も外聞もなく叫ぶ。ほんとに死ぬかと思うほど熱いのだ。きっと俺の躯は火ぶくれやら火傷やらで見るも無残な姿になっているのだろう。ああ、なんだよ終わりかよ、ちょっとでもドラゴンとか異世界とか、そんなものに胸がときめいた俺がバカだった。現実に一般人がそんな事態に巻き込まれたって結局はこうなるのがオチ……そこまで考えてふと気づく。 あれ? 死ぬまでってこんな余裕があるもんなのか?
いや、熱い。たしかにめちゃくちゃ熱い。でもまだ意識はあるというか……ゆっくりと目を開ける。目の前に広がるのは燃え盛る炎、次に手を見る。特にこれといって火傷なし……ん?右手の袖から何か模様のようなものが見えるが……
「……あああああ!?なんだこりゃあああ!!!??」
本日何度目かのシャウト。袖をまくると何やら複雑な模様が腕に描かれているではないか。
「ふむ、まさかとは思ったが……うまくいくものだな」
と、炎の向こう側から件の竜が話しかけてきた。そういやこいつの存在を忘れていた。
「おま、いきなり何してくれてんだよ!! てかなんだこれ!! というより、まさかってなんだまさかって!? 確率的なあれだったのか!?」
「いや冗談だ、万が一のことが起これば消し炭だったかもしれんが…なに、今生きているのだから問題はない」
いつのまにやら炎は消え去り、後に残るのは一部が焼け焦げた野原のみ。よくもまぁあんな火力で俺の経ってた部分しか焼けなかったもんだ……むしろよく生きてたな俺。
「こ、コウタ! 大丈夫……ですか?」
どっか怪我していないかあちこち確かめていると、アリシアが近くによってきた。なるべくドラゴンの方を見ないようにしながらだったが……。
「おう、なんか腕に刺青いれられただけで他はなんとも無しだ。めっちゃクソ熱かったけどな」
「い、刺青!?」
「おう、ほら」
そう言い俺は腕の模様を見せる。と、アリシアはとても興味深げにそれを眺めはじめた。
「こ、これって……」
まじまじと模様を眺めるアリシア、あー、なんかあれか。実は模様に見えるのがなんかの文字で、ひっでえスラングだったりするとか言うオチかなんかなのか。
「それは魔術紋だ」
と、竜はそんな単語を発した。魔術紋?
「その紋章は、それを身に宿したものに常人ならざる力、魔力を与えるものだ。その紋章の形は様々なものがあり、強さはその紋章の大きさによって異なる」
「はー……そりゃあまぁなんともファンタジカルなもんだな……で、これで俺は何ができるんだ?」
「何ができるか、はお主次第だ。 だが、お主には2つの力が備わっている、ちょっとばかり奮発しすぎた気もするがまぁいいだろう」
「2つの力? おいおい出し惜しみかよ」
「あとは自分で試すが良い。ここから道を作るも閉ざすも、全てはお主の行動次第だ」
そう言うが否や、竜はその両翼を大きく広げる。いやさっきもでけえと思ったけど、この竜、まじめにでかい。
「それではさらばだ……何、お主が道を開くというのならば、またいずれ逢うことになるだろう」
そんな言葉を残し、ものすごい風を巻き上げながら竜は空高く飛翔していき、やがて見えなくなる。
「……はー……」
暫く空を眺めていた俺達だったが、ふとした拍子に同時にへたり込む。そりゃあそうだ。あんなファンタジカルなものに出会って、なんか刺青彫られて、疲れないほうがおかしい。
これがゲーム的に言う【勇者】とか言われる連中だったらこうはならなかったかもしれんが生憎俺はただのサラリーマンだ。そんな度胸もクソもない。
「……で、当初の目的ってなんだったっけ」
「あ、はい。私の村に向かう予定でした……コウタ、大丈夫ですか?」
まじまじと腕を眺める俺にアリシアが心配そうに声をかけてくる。それに生返事で返しながら、俺はまくった袖を元に戻す。 この刺青……魔術紋が、後々に俺の命や、周りの連中を救うものだったとは、今の俺には知る由もなかった。