魔王様の幼馴染み
読みづらかったらごめんなさい
魔王の側近。といえば聞こえはいいが、その実態は世話係に等しい。その原因の一つに自分が幼馴染みだからということもあるに違いない。
ある日、失踪した魔王様が娘を抱えて帰ってきた。顔をよくよく見れば、あの変わり者で有名なランツベルク子爵の娘だった。たしかに最近、妃をめとるよう周りも五月蝿かったかもしれないが、本当に連れて帰ってくるなど、誰が想像できようか。
「おい、ジーク。まさか」
「この娘を妃とする。この通り眠っているし、対の間に行くことにする」
魔王改めジークフリートは娘を連れて、目的地へ向かった。喜ばしいことではあるけども、女官や家庭教師の手配をせねば。女官長と要相談だ。 かれこれ悩んでいると、執務室の扉が勢いよく開け放たれた。
「あっれ? ジークの気配がしたんだが」
同じく幼馴染みのレオンハルトが現れた。非常に面倒だ。
「レオ、もっと静かに入れないのか」
「だってよ、俺も探してたんだぜ。誰かさんが失踪したからよ」
「そんなことより、ジークが娘を連れて帰ってきた。妃にするそうだ」
レオンハルトは目を丸くした。
「嘘だろ。相手は?」
「ランツベルク子爵の令嬢だ」
「身体が岩みたいにゴツくて、ゴブリンのような顔をしてるっていう?」
一応、二三発お見舞いする。実際に居合わせた自分から言わせれば、あれは彼女しか目に入らないといった様子だった。ともすれば、レオンハルトの言動は彼の命が危ない。
「普通の令嬢だ。少なくとも見た目はな。強いて言うなら、ジーク好みの」
そこまで言ってレオンハルトは理解したようだ。
「マジかよ。俺の方が先に出会ってれば」
ジークフリートとレオンハルトの好みはだいたい同じだ。お忍びで町に出たとき、大抵は同じ娘を取り合うそんな二人だ。二人とも振られて終わりなのだが。
「次はレオの番だな」
私の一言に機嫌を損ねたか、レオンハルトが睨む。
「そうだよな。ヴォルフラムは可愛い奥さんと娘が家で待ってるんだもんな。腹が立つ」
これでも苦労した方で、妻を手に入れるために何十年と思い続けたことだ。妻が成人するまで待った甲斐があったと言うものだ。
「ランツベルク卿にはほかに娘はいないようだし、残念だな」
レオンハルトの視線が鋭くなった気がしたが気にしない。呼び鈴で女官長を呼ぶよう指示し、あと三時間は出てこないだろう、ジークフリートが放り投げた仕事の半分をレオンハルトに渡し、片付けることにする。レオンハルトは文句は言っていたが、それでもやってくれるので助かる。
「ランツベルク子爵の令嬢って社交界に全く出てなかったよな」
顔を売って地位を確立しようとする貴族の中ではやはり奇人変人呼ばわりされるランツベルク卿の娘とあって、社交界にもデビューしたてに数回、現れただけで存在を一切消していた。当時はその美しさと意匠を凝らしたドレスで一際目を引き、“社交界の華”となっていた。元々肌に合わなかったのだろう。それもこれからの生活では通用しない。
「いましたよ。随分、昔の話ですが」
言い終わったくらいに、扉を叩く音がした。女官長だ。入室を許可すると、彼女はほかに何人かの女官を連れていた。
「ハイデルベルク侯、ヴィスバーデン侯、相応しい者を何人か連れて参りました」
さすが、先代からのベテランだ。既に当人らと彼女らにまつわる一切が記された資料まで用意してある。
「おそらく、身の回りも自分でこなしてらしたようだし、数は要らない。資料を見る限り目立って悪い者もいないようだ」
文句ない。
「ヴォルフラム、勝手に決めていいのか? ジークに話とか」
「それは必要ない」
突然、現れたジークフリートに驚いたレオンハルトが椅子から落ちる。
「大切な妃だ。心して励め」
女官らはお辞儀をして退出した。女官長は幼い頃のジークフリートの世話をしていただけあって涙を流して喜んでいる。
「おちびさんだった陛下が妃をお迎えになるなんて、アンナは嬉しい限りでございます。毎日、いつこの時が訪れても良いように準備してきた甲斐がありました」
女官長はそう言って満面の笑みで部屋を出た。じきにジークフリートの子供の顔も見れるだろうと考えているに違いない。可哀想だが、ざまあみろ。
「ジークが投げた書類を私とレオで処理してたんだ。きちんと終わらすまで、愛しい妃の元へは行かさんぞ。私にも妻と娘がいる」
そう言って、ジークフリートの手首に拘束具をつける。これをしておけばこの部屋からは出られないし、お得意の時空移動もできない。私にしか外せないので、極めて便利だ。技術者を集めて作らせた甲斐がある。
「残念だったな。今日は魔力が十分なんだ」
「は?」
逃げられてしまった。なぜだ? 考えてみるが、わからない。常に魔力が枯渇していたはずなのに、決して私の魔力が上回るはずがないのに。
「ヴォルフラム、ジークに逃げられてやんの」
笑うレオンハルトに一発お見舞いして、対の間に向かう。
「ジーク、説明を求める」
レオンハルトを連れて対の間を訪れたが、ジークフリートは令嬢に膝枕をされた状態で私たちを出迎えた。やはりレオンハルトの好みでもあるようで、彼女にの魅力にやられたらしい。
「彼女には魔力の枯渇を補う力がある」
ジークフリートの言葉を疑うわけではないが、そんな力があるなど。実際目の当たりにしてしまえば否定することもできない。ただ、歴代最強と謳われる初代魔王と並ぶほどの力を持つジークフリートの魔力が戻れば、均衡が崩れる可能性もある。
「ジーク、わかってるな」
念のために尋ねる。ジークフリートが頷いたのを確認して、暫し蚊帳の外になっていた令嬢に視線を向ける。彼女はどこか不安げだ。
状況の確認と今後の計画を伝えて、相手が納得したのを見てレオンハルトを引きずって部屋を出る。普通、対の間に王や親類の男性が長居するのは好まれない。
レオンハルトはどこか残念そうに肩を落としていたが仕方あるまい。もう彼女はジークフリートのものであるし、いづれにしろレオンハルトの手の届かぬ存在になってしまった。
「なんでジークのやつなんだ。もっと早くに出会ってれば」
「そうだな。大人しく諦めて新たな出会いを見つけろ。何なら、紹介してやる」
「やだよ、お前の紹介する相手って……ロリ」
これ以上レオンハルトの言葉は続かなかった。
失神した彼を引きずって執務室に向かう。やることは山ほどある。敵対勢力に新しく妃を迎えることを伝えたり、式典の準備も然り。かといって急いては事を仕損じるのは目に見えているので慎重に。
やっと魔王と令嬢の結婚式が終わった。彼女は全く実感のないような顔を始終していたが、ジークフリートの暑苦しい想いに漸くといったところだろう。
「俺のエレオノーラ嬢が……」
「お前のじゃないだろ。ジークに消されるぞ。それに、彼女はもう“王妃陛下”だ」
いつもなら殴って済ますが今日ぐらいはレオンハルトを見逃してやる。あとでジークフリートに何をされるかは知らないが。
今宵は披露宴だ。娘を両親に預けて愛しの妻と出席しようと思う。妻のことだから、すぐに王妃と仲良くなるだろう。レオンハルトはきっといつものごとく、母親を連れてくるのだろう。いつになったら相手を見つけるのかと嫌みを言われるのは目に見えている。
クラーゲンフルト家の娘は側室こそはと言うだろうし、元老院のシュヴァンドルフ卿は娘を側室に推してくるはずだ。仕事をさぼってばかりのジークフリートには苦労してもらおう。