《外伝2》イージェンと金の目の老魔導師(下)-3
生まれ故郷の大陸にリアウェンという友だちがいた。盗んだ魔導師の書物を書写したりして売ることを生業としていたが、そのリアウェンが貸してくれた書物で、心引かれたもののほとんどはイメインという魔導師の所蔵だった。イメインが大魔導師であることは後で知った。同じ大魔導師ならば、きっと同じように貴重な書物を所蔵していたに違いない。見てみたいと好奇心が頭をもたげた。
「どうじゃ、行くところがなければ、わしのところに来ないか」
まるで見透かされたように言われて、むっとした。
「だれが、あんたみたいなばばぁのところなんかに」
アランドラは、フンと鼻を鳴らしてパキパキと小枝を折り、焚き火にくべた。
早めに横になった。アランドラは周囲に白い棒を立てて、獣避けの術を掛けて、イージェンの隣に横になった。
翌朝、日が昇ってすぐにイージェンはそっと起き上がった。アランドラはまだ寝ていた。起こさないように大木の下を離れ、泉に行き、水を飲んだ。
まだ、身体がおぼつかない感じだったが、地を蹴った。なんとか浮かび上がることができた。上空から見下ろすと、火山の麓の鋳造所のひとつの近くであることが分かった。あの宿もすぐにわかった。
ゆっくりと飛んで、宿に向かった。裏庭に降り、そっとうかがった。馬小屋に、乗ってきた馬はいなかった。売り飛ばされたかと思っていると、朝飯の仕度に起きてきたおかみがイージェンに気づいて、息を飲んだ。
「お客さん、あんた、よく無事で…」
イージェンが尋ねた。
「俺の馬は…」
おかみが青ざめた。
「あの馬はミザリアが乗って行ったよ」
あの晩すぐに馬に乗って、街の自分の家に戻って行ったから、そこにあるのではと震えた。
「ミザリアの家はどこなんだ」
おかみはうっかり教えてしまってから、まずかったと思いなおしたが、もう遅かった。イージェンは、少し早足で宿の裏庭を出て、飛び上がり、街に向かった。
街の北側にある小さな掘っ立て小屋のような家が何軒も軒を並べている地区はすぐに見つかった。そのひとつの近くの屋根にそっと降りた。そこからミザリアの家と教えられた小屋の裏手が見えた。馬もそこにつながれていた。
木と木の間に渡した綱に女が洗濯物を干していた。
「…ルゥルルルゥ…」
なにか楽しそうに歌を口ずさんでいた。明るく元気な女だったのだと見つめた。背後から小さな影が出てきた。
「かあちゃん、おなかすいたよ」
三つか四つの男の子だった。
「もうすぐ終わるから、まってな」
男の子がにっこりと笑ってうんとうなずいた。とてもかわいかった。子どもがいたのだと眼を和らげた。
この女と子どもを連れて、どこかにいこう。
屋根を降りかけたとき、裏木戸が開いた。
「とうちゃんだぁ」
男の子が駆け寄った。大きな足にしがみついた。
「あんた、でてきちゃだめだよ」
ミザリアが洗濯カゴを置いてあわてて近寄った。
「わかってるって」
大きな手でミザリアの髪に触れた。ブルゴだった。腕は治っていた。おそらく、アランドラが治したのだろう。
「なあ、魔導師さまが言うように、こいつの身体のためにも南の国に引っ越さないか」
ミザリアが子どもを抱き上げた。
「そうだね、少しは貯えもできたし」
ブルゴがうなずいた。
「あいつに言われたからじゃねぇけどさ、もう酒場では働かせないから」
ミザリアが微笑んだ。
まぶしそうに眼を細めてイージェンがすっと屋根から離れた。あの馬が空を見上げていた。イージェンがつぶやいた。
「そいつらに付いて行け」
馬がまるでうなづくように小さくいなないた。
火山とは反対の方に身体を向けると、眼の前に影が降りてきた。
「ばあさん…」
しわの間の金目が静かにイージェンを見つめていた。
「わしのところに来い」
イージェンが顔を逸らして、少し恥ずかしそうに尋ねた。
「あんたのところに大魔導師の蔵書とか、たくさんあるのか」
アランドラがうむとうなずいた。
「じゃあ、いってやる」
「素直に連れて行ってくださいと言わんかい」
イージェンが顔を真っ赤にした。
「だれが言うか!」
アランドラが、かわいげのないと文句を言いつつ、付いて来るようにと顎をしゃくった。西に向かって飛んでいった。しぶしぶの態でイージェンが、その後に付いた。
思い出したようにアランドラが尋ねた。
「そういえば、奪った上納金はどうしたんじゃ」
「来る途中の村とかにばらまいた」
アランドラが呆れた。
「義賊気取りか、まあ、今回だけだぞ」
まっすぐに前を見据えた老魔導師の金目は、柔らかな光を宿していた。