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《外伝2》イージェンと金の目の老魔導師(下)-2

…生きる道が違うんじゃ、求めるものが違うんじゃ

「こんなに大切に想っているのに!」

…どんなに想っても相手に通じぬこともある。それがヒトの世じゃ

「忘れたい、忘れたいっ!」

…忘れることはできないんじゃから、乗り越えるしかないぞ。

 倒れ伏して、子どものように声を上げて泣きじゃくった。物心ついたときから、声を上げて泣くことはなかった。どんなに辛くても、悲しくても、いつも堪えていた。泣いたら『壊れる』ようで怖かった。

涙がたくさん出た。まるで、心の澱が流れ落ちるようだった。

 身体の回りから触手のようなものがたくさん伸びてきて、イージェンの身体を包み込んだ。さきほどの暗闇から伸びてきたものと違って、白く輝いていて、暖かい光に満ちていた。

…あったかい…

 その触手が放つ光の粒がイージェンの身体に入りこんでくる。まるで癒そうとするかのように、優しく入ってきた。その光の粒ひとつひとつが、身体の中を動いていた。暖かく、だが力強く、そして、なによりも厳かだった。

光の粒は、身体の隅々にまで駆け巡っていく。頭の中の血の道に、身体の筋の中に、心臓や内臓に、骨の表面に、広がっていく。

…これは…

 光の粒は弾け、血となり、肉となり、筋となり、骨となり、身体の力となり、イージェンとなった。

…この光は…

 身体を包み込んでいる触手からドクンドクンと波打つ鼓動を感じた。命の音。自分を造る命の源。大地の脈動だった。

 ウルヴやティセアやキリオス、誰かを抱きしめたとき、感じる鼓動と同じだった。

イージェンが守りたいと思う気持ちの根源。その鼓動は心の奥底に届き、身体の奥底に染み込んだ。

イトオシイ…。

 イージェンは大地に抱きしめられ、大地を抱きしめた。


 口の中がひやりとした。心地よい冷たさで、ごくんと飲み込んだ。まだ眼が重たくて開かなかった。何度か口の中に水が注がれ、ようやく眼が開いた。

「あっ…?」

 光がまぶしくて眼を細めた。大きな木の根元に寝ていた。光は大木の枝葉の間から降り注がれていた。

「眼が覚めたか」

しわがれた声がした。あの『飛んだ』ときに聞こえてきた声だった。

身体がまだ動かなかった。ようやく頭だけ声のする方に向けた。灰緑の衣を来た老婆だった。匙をもっていた。さきほどから水を注いでくれていたのだ。外套が腰の辺りに掛けられていた。

「シリスの毒はどうじゃった、存分に酔えたじゃろ?」

 くくっと笑った。イージェンがむっとして顔を逸らした。

「酔うどころじゃない、死ぬところだった」

「ふむ、これで死んだら、それまでの魔力ということじゃ」

なんなんだ、このばばあ。

 ますます不愉快になったが、まだ水が欲しかった。口元をもそもそと動かすと、匙を口に近づけてくれた。そちらを見ないようにして匙から水をもらった。

起き上がろうとしたが、力が入らない。老魔導師がたしなめた。

「いくら魔力が強くても、あれだけ食わずに酒だけ飲んで、女を抱いていたら、身体の力がなくなるわい」

 まだ動けんぞと薬湯を飲ませてくれた。

「なんで俺を助けるんだ。俺は『現し世にいてはならない存在』だぞ」

 学院としては、始末したいだろうと言うと、老魔導師は肩をすくめた。

「気まぐれじゃな、わしはもう隠居した身だし。まあ、ときどき手が足りなくて借り出されるがな」

 薬湯は腹の中で力となり、身体中に広がっていった。どんな作り方をしているのか、気になった。それにシリスの毒を身体の中で精錬すると言っていた。そんなやり方があるとは。まだまだ術や調薬も奥が深いのだと改めて思った。

「気まぐれって…。回復したら、あんたを殺すかもしれないぞ」

 わざと憎々しげに言うと、老魔導師は笑って皺を深めた。

「それもよかろう」

 薬湯を二杯ほど飲ませた後、薄いスープを冷まして寄こした。ゆっくりと身体を起こして受け取って飲み始めた。

老魔導師が側で焚き火に鍋を掛けていた。

「おまえ、どこの大陸から来たんじゃ」

 イージェンが飲みかけの匙を止めた。

「トゥル=ナチヤだ」

 イェルヴィールの学院長や魔導師、王族たちを殺して、逃げてきたと話した。

「俺と兄貴を拾って育ててくれた男に殺してくれと頼まれた連中だった。その男は、王位を狙ったらしくて、その時、学院長たちにだまされたらしい」

 その復讐だったと言うと、老魔導師が皺の間の金色の眼をしきりに動かした。

「去年、イェルヴィールの学院長は死んで代替わりしたという伝書が来ていたが、そんな騒動のことは書かれていなかった」

 他の大陸のことは互いにあまり係わらないようにしているからなとため息をついた。スープのおかわりをもらった。

「言っとくが、俺は学院で育っていない。ミスティリオン(誓い)も唱えていない。だから魔導師じゃない」

 老魔導師が鼻先で笑った。

「学院で育ってなくても、ミスティリオンを唱えていなくても、魔力を持っていれば魔導師じゃよ」

 少し下ったところに泉が湧いているから、そこで身体を洗って着替えろと、どこから持ってきたのか、手ぬぐいと、下穿きから外套まで着替えを寄こし、掛けてあった灰緑の外套を掴んだ。イージェンが顔を赤くしてあわててひったくった。

「洗って返す!」

 ばっと立ち上がって駆け出そうとした。

「うわっ!」

 まだ力が入らなくて身体がぐらぐらとしひっくり返った。老魔導師が舞い上がる木の葉や土ぼこりを払うような仕草をした。

「ほこりたてるな」

 よろよろとしながら、イージェンは泉にたどりついた。灰緑の外套の裏を見て、はあと肩で息をした。裏側がなにかいろいろなもので汚れていた。

 泉の水につけて洗い、側の木の枝にひっかけた。それからゆっくりと手ぬぐいで身体を拭った。

 『耳』を澄ますと、小鳥のさえずりや獣の声が聞こえてくる。静かな山の中だった。

 さっぱりとして服を着るとようやく落ち着いた。人心地が着くと急に思い出した。

 そういえば、あの女はどうしたんだろうか。あの連中に乱暴などされなかっただろうか。

 宿で拉致されたときからどれくらい時間がたっているのか。

 大木に戻り、外套を返した。

「まだ濡れとるじゃないか」

 干しておけといわれ、近くの枝に引っ掛けた。鍋にはさきほどのスープより濃いめのスープが煮込まれていた。堅パンをひたしながら食べた。

 老魔導師はアランドラと名乗った。ガーランド王国の前の学院長だったが、五年前に大魔導師シャダインが隠居していた小屋に隠居したのだという。

「大魔導師の隠居所か」

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