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《外伝2》イージェンと金の目の老魔導師(下)-1

みんな息を飲んだ。イージェンが立ち上がり、呆然と立ち尽くしている男たちにヒトならぬ速さで駆け寄って、次々に顔や胸、腹に拳を叩きつけた。

「ぐわっ!」「わぁぁぁ!」

 みんな、顔は潰れ、胸や腹からは内臓が飛び出した。あわてて逃げようと背を向けたディッリの頭を掴んで、床に顔を何度も激しく叩きつけた。

「せっかく殺さないでやったのに、ばかなやつだ!」

 ディッリの顔がぐちゃぐちゃになって、動かなくなった。ルセギンが怒りに震えた。

「よくも弟を!」

 鉄棒を振り上げ、頭の上から叩きつけようとした。その突起がたくさんついている鉄棒を手のひらで受け止めた。手のひらが赤く光った。

「な、なんだ!」

 鉄棒に熱が伝わってきて、ルセギンがあちっと手を離した。ヴラド・ヴ・ラシスの男が青ざめ、怒鳴った。

「そ、そいつ、魔導師だっ!」

 ルセギンが逃げ出した。魔導師では歯が立つわけがない。イージェンが真っ赤になった鉄棒をルセギンの背中に投げつけた。

「ギャァアアアッ!」

 鉄棒はルセギンの腹に突き破るように刺さって、パッと光った。ルセギンの身体が火柱となって燃えた。ひとり残った男が恐ろしさに腰を抜かして動くこともできずにいた。

「た、助けてくれ、輸送馬車のことは、学院には黙っててやるから、金もやるから」

 イージェンが、その男が殴るのに使った鉄棒を拾って近づき、鉄棒を赤々と熱した。男が止めるように手を振った。

「た、頼む、なんでも言うこと聞くから、たのむうぅぅ」

 恐ろしさのあまり、失禁し、がたがたと震えた。

「俺を死ぬほど殴っておいて、よくも命乞いなんかできるな、恥知らずが」

 男の頭の上に鉄棒をかざした。鉄棒がどろどろに溶けてそのしずくが落ちていく。

「ギャ、ギャアアアッ!」

 溶けた鉄のしずくが男に降りかかり、肉を焼き、骨を溶かしていった。その様子をじっと見つめていたイージェンがぶつぶつとつぶやいた。

「しね…しね…みんな…」

 イージェンの身体が火がついたように光った。

「死ねぇーっ!」

ドオーンと音がして、イージェンの身体から灼熱の溶岩が吹き出た。溶岩のしぶきが弾のように飛び散り、壁や天井、古い炉や道具に当たり、火が点き、燃え広がっていく。

 足元がゴゴコオッと唸り出した。

「こんな、こんな力あったって!」

 なんの意味がある!なにひとつ、思うとおりにならないじゃないかっ!

 唸りが大きくなって、土がボコボコと沸騰したようにあわ立ってくる。刺激された地下の岩漿(がんしょう)が動き出した。ズズーンという地鳴りがして、地が揺れ始めた。

「災厄を起こす気か、このばかもんが」

 頭の上から声がした。イージェンが見上げると、灰緑の外套を着て、茶色の杖を持った小柄なものが浮いていた。眼が金色に見え、不気味に光っている。

 かつて殺したイェルヴィールの学院長ザブリスを思い出した。

「魔導師…」

 イージェンが険しい眼でにらみつけた。魔導師がゆっくりと降りてきた。

「あちこちで騒ぎを起こしおって」

 しわがれた声、しわの深い顔の眉間にさらにしわを刻んだ。

「サーヴァンスの酒場で暴れ、ヴラド・ヴ・ラシスの馬車を襲い、ここの酒場でもヒトを傷つけて、いくら悪党連中とはいえこんな酷い殺し方をして、ついには乱火脈を起こそうとするとは」

 老いた魔導師がため息をついた。イージェンの身体が真っ赤に輝いた。

「どうせ忌まわしい存在、現し世にいてはならない存在といいたいんだろう!」

 老魔導師がゆっくりと降りて来た。

「いくら飲んでも酔えないようじゃな」

 イージェンが翠の眼を見開いた。老魔導師が怒鳴った。

「わしが酔わせてやろう!」

 口からブッと何かを吐き出して、イージェンの顔に吹き付けた。

「なっ!」

 あまりに意外なことにイージェンが驚き、身体の輝きが消えた。顔に掛かったしずくがつうっと流れて口の中に入った。そのとたん、身体がしびれて動かなくなった。

「な、んだ…これ…は…」

イージェンがなんとか動こうとしてぶるぶると身震いした。

「それは、シリスをわしの身体の中で精錬したものじゃ、心が飛ぶ」

 シリスは幻覚作用のある猛毒だ。老魔導師が手を伸ばしてイージェンの顎を掴み、口を開かせた。

「存分に酔え」

 口からシリスをイージェンの口の中に吐き出した。口を塞ぎ飲み込ませた。

「おごおっ!」

 イージェンがのけぞって、倒れた。全身を刺されたような痛みが走った。

「ぐぁあぁっ!」

 喉元を押さえて、びくびくと痙攣し、意識を失った。


 イージェンは、暗闇の中を手探りで歩いていた。何も見えず、何も聞こえない。

 身体の感覚はあいまいで、足元もふわふわと心もとない感じだった。ただ、不安で恐ろしく、子どものように震えながら歩いていた。

…暗い、暗い、暗い…

 そして、とても寒かった。

…寒い、寒い、寒い…

 脚が重い。なにか、ぬるぬるとした触手のようなものが、脚にまとわり付いて、引き止めていた。

…離せ、離せ、離せ…

 だが、触手は何本もまとわりついてくる。どこかに引きずり込もうとしているようだった。ぬるぬるとした感覚に浸っていく。

 脚から腹、胸、顔、頭とぬるぬるとした中に引きずり込まれていく。暗く澱んだ泥の中に溶け込んでいくようだった。

だが、泥の中で小さな光が見えた。懸命に手を伸ばした。

 目の前が急に明るくなった。顔を上げた先に銀色の月の光のような美しい女が立っていた。

 よろけながら近寄った。

「ティセア、俺と一緒に逃げよう」

 ティセアがくるっと背を向けた。

「陛下が妃にしてくださるって、キリオスを王太子にしてくださるって」

ティセアの声。

「陛下が妃にしてくださるって、キリオスを王太子にしてくださるって」

 ティセアの声。

「陛下が妃にしてくださるって、キリオスを王太子にしてくださるって」

 ティセアの声。

「やめろ、やめろっ!」

 叫んだ。

「消えろ、消えろっ!」

 叫ぶたびに、眼から鼻から口から、そしてあらゆる穴から、あらゆるものが噴き出した。

「どうして、俺と一緒に生きてくれないんだ!どうして俺じゃだめなんだ!」

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